運命の日。

雪野は、父と母、祖母に見守られ家を出た。


「死ぬでないぞ」


父の言葉が静かに伝えられた。


「雪奈の仇を討ち、庄太郎の思いを遂げるのだ。頼んだぞ」

「はい。では、行って参ります」

「あぁ」

「雪野、身体には気を付けるのよ」


雪野は京へと旅立ったのである。




――……‥‥

「……あなた、これでよかったんでしょうか」


雪野を見送り、家に入ろうとする夫に妻は尋ねた。


「……」

「あの子は、女です」

「分かっている」

「ならば――！」

「俺だって、反対だったさ。だけどな、雪野の意思は固かった。それに俺の意思が負けた。俺の中で、雪野を失いたくないという思いと雪奈を失い、庄太郎も失った悲しさと悔しさが……葛藤しあっていたのが事実だ。その不安定な意思と、雪野の強い意思ならばどっちが勝つ？」


妻に投げかけると同時に、己にも問い掛ける。雪野を送り出した今でも、自身の中では葛藤が続いていた。




――……‥‥

「……」

「……」


雪野は、今目の前の男と視線を交えていた。決して逸らしてはいけない。そんな気がしたのだ。
相手は新選組の副長、土方歳三だった。

京についた雪野は早々に新選組の居場所を町民から聞きだし、向かった。最初は平隊士が相手をしてくれたが門前払い。それでも粘っていると、一人の男が登場し（平隊士はその人を沖田さんと呼んでいた）事情を説明すると通してくれた。
道中、「皆ばったばったと死んでいくから、新人が来てくれると嬉しいよ」とか言っていたが。

案内されたところで待っていると、この土方歳三と新選組局長である近藤勇がやってきたのだ。


「トシ、そんなに睨んでは可哀想だろう」


しばらく土方に無言で睨まれていたが、とうとう近藤が間に入る。それを受けてやっと土方の視線が逸らされた。


「それで……えー、君は新選組に入りたいと？」

「はい」


すると土方が一言。


「駄目だ」

「え？」

「ト、トシ！」


何で駄目なのか。雪野は聞き返した。


「まず、今は隊士募集してねぇ」

「でもさっき、沖田さん？が“皆ばったばったと死んでいくから、新人が来てくれると嬉しい”と仰ってました」

「総司がそんなことを言っていたのか！？」

「近藤さん、黙っててくれ」

「いや、しかしだな――」


狼狽する近藤とは違い、土方は至って冷静だった。


「それに、てめぇは小柄すぎる。剣握れんのか？」

「なっ、出来なければこうして志願してません！」

「……その志願した動機はなんだ？」


答えられなかった。

土方の質問に詰まった雪野に、土方は「帰れ」と言い放ち立ち上がった。
それに慌てた雪野。ここで引き下がってしまえば、全てが終わるのだ。


「待ってください！」

「時間の無駄だ」


全く取り合おうとしない土方であったが、近藤がここで口を開く。


「トシ、もう少し話を聞いてみないか？」

「はぁ！？　近藤さん正気か？　このガキは、新選組に入隊したい理由も言えねぇ、体格も平助より小さいんだぜ！？　んな奴、使えるかよ」

「なっ……決めつけないで下さい！　け、剣には自信があります！」


思わずそう口走った。


「ほぅ……んじゃあ試してやるよ。総司に勝てたら入隊を認めてやる」

「そ、総司！？　トシ、それはいくらなんでも――」

「い、良いでしょう！　絶対勝って見せます」


この時、雪野は沖田総司という人物を全く理解していなかった。