2016.4.4~2018.3.1
『平和が忍社会にもたらすこと~子供の質編~』
「里の教育基準は高いはずなんだけど、その基準についていける子供たちが減っているのよねぇ」
外科の女医は言う。
この女医とは、休憩室でよく顔を合わせるので今や世間話をする仲になった。
「今の忍の子たちは皆ゲーム。外に出てもゲーム。走り回ったり、修行したりする忍をあまり見なくなったわね」
頭を抱える女医に私は口を開く。
「旧市街っていうのかな。昔からある場所。あそこは年寄りには人気だけど、子供たちはあまり見なくなったよね。目新しい物が集まる顔岩の向こう側に集中してるけど……あそこは観光客も集まってて走り回ったらダメって言われてるからねぇ」
「忍なら人の間も抜けられそうだけどね。まぁ、走りに行くのが目的の場所じゃないし仕方ないけどね……。私の所にくる子供の患者さんが、忍なのに貧弱な体だったりするわけよ」
「病気とかじゃなくて?」
「そう。体を鍛えてないから、忍術使ったらあっちこっち痛くなったとか……術に体が耐えきれてないわけ。しかも、一人二人の話じゃないのよ。親も親ですぐ病院に連れて来るし。その度にもっと体を鍛えましょうって言うんだけど、うちの子は努力してるっていうのよ。そしてアドバイスを無視してまた痛くなって病院に来る」
溜め息を盛大に吐く様子から、気苦労が絶えないのがうかがえる。
休憩時間も終わりに近づいたため、そこで女医とは別れた。
――皆が皆、貧弱になってるわけではない。友達が街で遊んでいる中、一人修行している子供はいる。そういう子はやっぱり突出している。
周りの子は、凄いと褒め称えるがそれだけ。自分が修行してまで追いつこうとは思ってないみたい。
心療内科をやっていると、そんな実態が浮き彫りになってくるのだ。
そして思う。いくら平和でも、この先敵が出てこないとは限らない。今はかつて修行に明け暮れた大人がいるからまだ対応が出来るが、今の子供たちが大人になった時……世界を揺るがす敵が出たら――。
考えたくないが、初代火影はうちはマダラと戦争を経て、共に木ノ葉の里を創設した。しかし、マダラは里を抜け敵対した。
それは後世に……先の戦争までに及んだ。
――……‥‥
「どう思います? 先生!」
「どうって……」
午後、診察に訪れた親子は私に子供の行く末を決めさせようとしている。
目の前の男の子はアカデミー入学前なのだが、この両親がアカデミーに入学させるべきかどうかを私に問うのだ。
「うーん、君はどうしたいのかな?」
「僕は――」
「先生! 私たちは先生の意見が聞きたいんです!」
男の子に意見を聞いてみるが、母親が遮ってしまう。はったおすぞ。
「ですから、まずはお子さんの意見を考慮するべきだと……」
「私たちは、この子の未来が心配なんです! ねぇ、アナタ」
「あ、あぁ……。……今の時代、忍だけでは食べてはいけないと聞いて。一流の忍にならないと安定は無理だって聞きまして……私たち夫婦は忍じゃないもんで、実際は分からないですがそういう話を聞く度に不安になるのです」
「そうなんですよ先生! うちの子に苦労はさせたくないんです!」
「息子さんが一流の忍になれないと?」
「えっ……まぁ一人息子ですし、大切に育ててきました。だからか、気弱に育ってしまって。こんな子が、一流になれますか?」
母親の言葉にしゅんとする男の子。泣きそうな顔をしている。それに気付かないこの母親は更に言葉を出す。
「一流の忍になるのはほんの一握りだと聞きました。しかも、ほぼ生まれた時から決まっているというじゃありませんか! 由緒正しい家に生まれた子たちが将来一流になれるんですよね? うちみたいに平凡な家は、きっと駄目ですわ」
「……ですが、私は両親共々忍ではなくて立派になった忍を知っていますよ。この病院の次期病院長とまで言われています」
「えっ、それじゃあ……」
一瞬、父親と男の子が明るい表情になった。しかし、またもや母親が声を荒げる。
「アナタは黙ってて! でも先生、その方はきっと負けん気が強かったりするんじゃないんですか!」
「まぁ、そうですね……」
「ほら、やっぱり! うちの子はすぐ諦めちゃうし、努力しないと思います!」
「あの、そこまで息子さんを貶すような事を――」
「貶してなどいません。事実を言ったまでです」
「いや、しかし子供というのは親の知らない一面を見せるものですよ?」
「でも見せないかもしれないじゃないですか! 見せなかったら、先生自分の発言の責任を取れますか!?」
責任って……。
もう駄目だ、この母親。子供より、母親の治療が必要そうだ。
「先生は忍の仕事についてどうお考えで?」
ここまで食い下がられると延々と続く気がしてならない。
私は正直に話すことにした。本当は嫌だけど。
「……私も忍でしたが、戦後すぐに辞めました」
「!」
詳しく!というように、母親が身を乗り出す。
「戦争にも出てましたが、敵を倒すために一時協力した五大国がその中で絆を結んでいくのが分かりました。戦争中、絆が出来た人たちが戦争が終わってまた敵対しましょうってなるわけがない……。それほど、互いに仲が深まっていたわけです。そうなると平和になるから、忍は必要とされなくなる。術の使い道は生活の中であっても、仕事として使い道が出て来るかどうか……」
興味津々に聞く母親は、今まで以上に静かだ。目が輝いているのが何となく怖い。
「かつて、迷子の飼い猫探しや畑の草むしりは下忍がやる仕事でした。害獣退治も中忍レベルはある下忍や中忍がやっていた仕事ですが、協力すればアカデミーを卒業したばかりの下忍と担当の先生だけでやれます。それらの仕事は、平和になってからでも依頼はくるでしょう。……問題は上忍の仕事です。上忍といえば、かつては敵国に潜入したり、敵に対して工作したり、暗殺だったり――。どれも敵国が存在してることで任される任務です」
「じゃあ、やっぱり仕事がないんですよね!?」
「まぁ……全くないわけじゃないですが。今も抜け忍はいますし、里に属してない人々が悪さをしていますからその処理は上忍の仕事になります」
「でも、それってそんなに人数いらないですよね?」
「そうですね。必要とされる忍の数はそんなにいらないですから皆、忍は続けて他の仕事を持っているって感じですね。適任の仕事があればたまに忍として仕事って感じですかね。私は辞めて、心療内科一本ですが」
それを聞いて嬉しそうに微笑む母親はやっぱり怖い。
「だから、一応息子さんもアカデミーに通わせて忍にして他の仕事もやらせてみるのはどうですか?」
一応提案してみたが、母親は首を横に振った。
「忍一本でやっていけないのなら、そんなのお金の無駄ですよ先生」
「え」
「息子もそんな両立なんて器用な事出来るわけないです。というわけで、ありがとうございました! 帰るわよ!」
「は、え? ちょ――」
母親は息子の手を引っ張って診察室を出た。
父親と目が合うものの、一言「なんか、すみませんでした」と口にし、出て行った。
腑に落ちない診察だったが、他人である私が追いかけて言う問題でもない。
そして、こういう親が最近は増えているのも実態だ。キリがない。
逆に、忍やっても食っていけないから辞めると言う子供に反対する家族もいる。そういった相談も沢山受けているのも事実だ。
「修行? 嫌だよ、今日はよっちゃんとゲームするんだ」
「何言ってんだい! そんなんじゃ一流の忍にはなれないよ!」
「別に一流じゃなくていいし!」
母親と言い争う親子。
「正直、父さん見てたら忍って何だよって思う」
「あー俺も」
「だよな。うちの父さんなんか、忍なのに今日も焼肉屋で肉さばいてんだぜ」
「まだマシだろ。俺んとこは忍じゃねー母さんの方が稼いでる」
公園でそういう会話をする子供たち。
「俺、アカデミー辞めるわ。向いてない」
「はぁ!?」
突然の告白に戸惑う母親。
――街中を歩いていると、よくそういう光景を目にするようになった。
医者仲間は「子供たちの向上心がなくなっている」と警笛を鳴らすが、それは「現実を見ている」ということでもある。
世の中が変わり始めると、それに伴って問題も出てくる。それは仕方のないこと。
新旧二つの事柄が入り混じって生まれる葛藤。
私たち医者の心配事も、変革期特有のものなのかもしれない。
今、それにどう対応していくか。それによって未来がどうなっているか変わってくるだろう。
私は火影の顔岩を見つめた。
――……‥‥
木ノ葉病院の心療内科の責任者である先生はあんたか?)
(? そうですけど)
(火影様が呼んでいる)
(え?)
(一緒に来てもらおう)
□■□■□■□■□■□■
掲載期間:2016/12/6~2017/2/2
「里の教育基準は高いはずなんだけど、その基準についていける子供たちが減っているのよねぇ」
外科の女医は言う。
この女医とは、休憩室でよく顔を合わせるので今や世間話をする仲になった。
「今の忍の子たちは皆ゲーム。外に出てもゲーム。走り回ったり、修行したりする忍をあまり見なくなったわね」
頭を抱える女医に私は口を開く。
「旧市街っていうのかな。昔からある場所。あそこは年寄りには人気だけど、子供たちはあまり見なくなったよね。目新しい物が集まる顔岩の向こう側に集中してるけど……あそこは観光客も集まってて走り回ったらダメって言われてるからねぇ」
「忍なら人の間も抜けられそうだけどね。まぁ、走りに行くのが目的の場所じゃないし仕方ないけどね……。私の所にくる子供の患者さんが、忍なのに貧弱な体だったりするわけよ」
「病気とかじゃなくて?」
「そう。体を鍛えてないから、忍術使ったらあっちこっち痛くなったとか……術に体が耐えきれてないわけ。しかも、一人二人の話じゃないのよ。親も親ですぐ病院に連れて来るし。その度にもっと体を鍛えましょうって言うんだけど、うちの子は努力してるっていうのよ。そしてアドバイスを無視してまた痛くなって病院に来る」
溜め息を盛大に吐く様子から、気苦労が絶えないのがうかがえる。
休憩時間も終わりに近づいたため、そこで女医とは別れた。
――皆が皆、貧弱になってるわけではない。友達が街で遊んでいる中、一人修行している子供はいる。そういう子はやっぱり突出している。
周りの子は、凄いと褒め称えるがそれだけ。自分が修行してまで追いつこうとは思ってないみたい。
心療内科をやっていると、そんな実態が浮き彫りになってくるのだ。
そして思う。いくら平和でも、この先敵が出てこないとは限らない。今はかつて修行に明け暮れた大人がいるからまだ対応が出来るが、今の子供たちが大人になった時……世界を揺るがす敵が出たら――。
考えたくないが、初代火影はうちはマダラと戦争を経て、共に木ノ葉の里を創設した。しかし、マダラは里を抜け敵対した。
それは後世に……先の戦争までに及んだ。
――……‥‥
「どう思います? 先生!」
「どうって……」
午後、診察に訪れた親子は私に子供の行く末を決めさせようとしている。
目の前の男の子はアカデミー入学前なのだが、この両親がアカデミーに入学させるべきかどうかを私に問うのだ。
「うーん、君はどうしたいのかな?」
「僕は――」
「先生! 私たちは先生の意見が聞きたいんです!」
男の子に意見を聞いてみるが、母親が遮ってしまう。はったおすぞ。
「ですから、まずはお子さんの意見を考慮するべきだと……」
「私たちは、この子の未来が心配なんです! ねぇ、アナタ」
「あ、あぁ……。……今の時代、忍だけでは食べてはいけないと聞いて。一流の忍にならないと安定は無理だって聞きまして……私たち夫婦は忍じゃないもんで、実際は分からないですがそういう話を聞く度に不安になるのです」
「そうなんですよ先生! うちの子に苦労はさせたくないんです!」
「息子さんが一流の忍になれないと?」
「えっ……まぁ一人息子ですし、大切に育ててきました。だからか、気弱に育ってしまって。こんな子が、一流になれますか?」
母親の言葉にしゅんとする男の子。泣きそうな顔をしている。それに気付かないこの母親は更に言葉を出す。
「一流の忍になるのはほんの一握りだと聞きました。しかも、ほぼ生まれた時から決まっているというじゃありませんか! 由緒正しい家に生まれた子たちが将来一流になれるんですよね? うちみたいに平凡な家は、きっと駄目ですわ」
「……ですが、私は両親共々忍ではなくて立派になった忍を知っていますよ。この病院の次期病院長とまで言われています」
「えっ、それじゃあ……」
一瞬、父親と男の子が明るい表情になった。しかし、またもや母親が声を荒げる。
「アナタは黙ってて! でも先生、その方はきっと負けん気が強かったりするんじゃないんですか!」
「まぁ、そうですね……」
「ほら、やっぱり! うちの子はすぐ諦めちゃうし、努力しないと思います!」
「あの、そこまで息子さんを貶すような事を――」
「貶してなどいません。事実を言ったまでです」
「いや、しかし子供というのは親の知らない一面を見せるものですよ?」
「でも見せないかもしれないじゃないですか! 見せなかったら、先生自分の発言の責任を取れますか!?」
責任って……。
もう駄目だ、この母親。子供より、母親の治療が必要そうだ。
「先生は忍の仕事についてどうお考えで?」
ここまで食い下がられると延々と続く気がしてならない。
私は正直に話すことにした。本当は嫌だけど。
「……私も忍でしたが、戦後すぐに辞めました」
「!」
詳しく!というように、母親が身を乗り出す。
「戦争にも出てましたが、敵を倒すために一時協力した五大国がその中で絆を結んでいくのが分かりました。戦争中、絆が出来た人たちが戦争が終わってまた敵対しましょうってなるわけがない……。それほど、互いに仲が深まっていたわけです。そうなると平和になるから、忍は必要とされなくなる。術の使い道は生活の中であっても、仕事として使い道が出て来るかどうか……」
興味津々に聞く母親は、今まで以上に静かだ。目が輝いているのが何となく怖い。
「かつて、迷子の飼い猫探しや畑の草むしりは下忍がやる仕事でした。害獣退治も中忍レベルはある下忍や中忍がやっていた仕事ですが、協力すればアカデミーを卒業したばかりの下忍と担当の先生だけでやれます。それらの仕事は、平和になってからでも依頼はくるでしょう。……問題は上忍の仕事です。上忍といえば、かつては敵国に潜入したり、敵に対して工作したり、暗殺だったり――。どれも敵国が存在してることで任される任務です」
「じゃあ、やっぱり仕事がないんですよね!?」
「まぁ……全くないわけじゃないですが。今も抜け忍はいますし、里に属してない人々が悪さをしていますからその処理は上忍の仕事になります」
「でも、それってそんなに人数いらないですよね?」
「そうですね。必要とされる忍の数はそんなにいらないですから皆、忍は続けて他の仕事を持っているって感じですね。適任の仕事があればたまに忍として仕事って感じですかね。私は辞めて、心療内科一本ですが」
それを聞いて嬉しそうに微笑む母親はやっぱり怖い。
「だから、一応息子さんもアカデミーに通わせて忍にして他の仕事もやらせてみるのはどうですか?」
一応提案してみたが、母親は首を横に振った。
「忍一本でやっていけないのなら、そんなのお金の無駄ですよ先生」
「え」
「息子もそんな両立なんて器用な事出来るわけないです。というわけで、ありがとうございました! 帰るわよ!」
「は、え? ちょ――」
母親は息子の手を引っ張って診察室を出た。
父親と目が合うものの、一言「なんか、すみませんでした」と口にし、出て行った。
腑に落ちない診察だったが、他人である私が追いかけて言う問題でもない。
そして、こういう親が最近は増えているのも実態だ。キリがない。
逆に、忍やっても食っていけないから辞めると言う子供に反対する家族もいる。そういった相談も沢山受けているのも事実だ。
「修行? 嫌だよ、今日はよっちゃんとゲームするんだ」
「何言ってんだい! そんなんじゃ一流の忍にはなれないよ!」
「別に一流じゃなくていいし!」
母親と言い争う親子。
「正直、父さん見てたら忍って何だよって思う」
「あー俺も」
「だよな。うちの父さんなんか、忍なのに今日も焼肉屋で肉さばいてんだぜ」
「まだマシだろ。俺んとこは忍じゃねー母さんの方が稼いでる」
公園でそういう会話をする子供たち。
「俺、アカデミー辞めるわ。向いてない」
「はぁ!?」
突然の告白に戸惑う母親。
――街中を歩いていると、よくそういう光景を目にするようになった。
医者仲間は「子供たちの向上心がなくなっている」と警笛を鳴らすが、それは「現実を見ている」ということでもある。
世の中が変わり始めると、それに伴って問題も出てくる。それは仕方のないこと。
新旧二つの事柄が入り混じって生まれる葛藤。
私たち医者の心配事も、変革期特有のものなのかもしれない。
今、それにどう対応していくか。それによって未来がどうなっているか変わってくるだろう。
私は火影の顔岩を見つめた。
――……‥‥
木ノ葉病院の心療内科の責任者である先生はあんたか?)
(? そうですけど)
(火影様が呼んでいる)
(え?)
(一緒に来てもらおう)
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掲載期間:2016/12/6~2017/2/2