二、潜る 黒き巫女 (★)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ここが良い……」
文久から元治に時代が変わって間もない頃。
町娘の格好をした一人の女が、新選組屯所である八木邸の前で呟いた。
左目を眼帯で覆った女は、ひっそり不敵な笑みを浮かべ屯所内に足を踏み入れたのであった。
屯所に入ってすぐに女は止められた。
民家とはいえ、此処は会津藩お預かりの新選組が借りている住まいだ。男ばかりの所帯に足を踏み入れれば、用件を尋ねるべく止められるのは当然のことだ。
八木家の者に用があるのなら、そのまま通す手筈であったが女はこう答えた。
「新選組の方々のお手伝いをしたいです。女中として働きたくて来ました!」
女を止めたのは、新選組三番組組長の斎藤一であった。
本当は「今の新選組には女中は必要ない」と言いたい所であったが、斎藤は隊に関わる事は基本的に何でも上に指示を仰いだ方が良いという考えを持っている。
断る言葉をぐっと抑え、斎藤は女に言った。
「用件は分かった。ただ、俺の一存では決められぬ。局長と副長に判断してもらう故、待ってもらえぬだろうか」
「勿論、待ちます。……会えば良いのですか?」
「いや、まず俺が掛け合おう。会うか会わないかは局長や副長が決めることだ。今から俺が行くから、すまないがいましばらく此処で待っていてほしい」
女は分かりましたと返事をし、頭を下げた。
斎藤は指示を仰ぐべく、局長である近藤勇の部屋に向かった。
――……‥‥
斎藤が戻ると、女は結果が気になるのか自ら駆け寄ってきた。
「待たせた。今から局長と副長の許に案内する。着いて来い」
「それじゃあ……!」
「女中として働けるかまだ分からぬが、会って話をして決めるそうだ」
女はお礼を口にすると、斎藤の後に続いたのであった。
「なぜ新選組 で働きたいと思ったのかね?」
近藤勇と、副長の土方歳三と対面を果たした女は自己紹介で亜久里と名乗った。地方の小さな村で育ったため、苗字はないという。
「昔から、大きな町に憧れていました。父も母も私の憧れを応援してくれて……上京するに当たって、この着物をくれたんです。貧しいのに、私のためにこんな綺麗な良い着物をくれて、どれだけ苦労したのか……。私はそんな父と母に恩返しがしたくて、新選組ならそれが叶うのではないかと思ったんです」
その答えを聞いて、近藤は「そうかそうか」と感動したように何度も頷いた。
しかし、隣の土方には響かなかったようで表情一つ変えず質問を切りだした。
「別に新選組じゃなくったって、町の茶屋でも頑張れば稼げるだろ。その他にも呉服屋や米屋、酒屋……武家だってそうだ。頼めば奉公人として雇ってくれるところいっぱいあるだろう」
「確かにそうなんですが……新選組は会津藩という大きな所から支援を受けていると聞きました」
「会津藩お預かりになってまだ間もない。そんなに期待されても困るんだが」
「……これから、新選組は隊士さんが増えるんですよね? その時、新選組 に慣れた女中がいれば助かりませんか?」
亜久里の言葉に、近藤が確かにと頷いた。
「なぁ、トシ。ここは採ってみても良いと思うんだが……。行く行くはその方が助かるのではないか?」
「だが、あんまり給金は出せねぇよ。こいつが仕送りするって言うなら、満足いく額は出してやれねぇ。それに――」
土方は近藤の耳元に口を近付けて話し出す。
亜久里には聞こえないし、二人の話が終わるまで待った。
やがて近藤が亜久里に向かって告げた。
「うちとしても女中が欲しいところではあるんだが、いかんせんまだ新選組は駆け出しだから金があまりなくてなぁ……。お国のご両親に送る額が出せるかどうか分からんのだ。勿論、これから我々が御公儀に認められることがあれば給金を増やしてやれるだろうが、それもいつになるか目処が立たん。それでも良いと言うというなら、女中として雇っても良いんだが……」
申し訳なさそうな近藤に、亜久里はにっこり笑って「大丈夫です」と答えた。
「い、良いのか!?」
「? え、えぇ……そちらが宜しければですが……」
「他のところの方がまだ給金が出るかもしれんぞ!?」
近藤だけでなく、土方も驚いた顔をしていた。
「大丈夫です。国の両親には、私が村を出る時にゆっくりで良いからと言われましたから」
それを聞いた土方は、また元のきりっとした表情に戻り口を開いた。
「じゃあ、お前を女中にするに当たっていくつか約束事がある。それが守れねぇと即解雇、或いはお前を斬らなくちゃならねぇからそのつもりでいてくれ」
「……分かりました」
「新選組は、幕府側の人間だ。今の時代、幕府の敵になる組織もちらほら出始めているのが現実だ。当然、命も狙われる。表だって斬りかかってくるやつもいれば、裏で暗躍してくるやつもいる。例え女中であっても、命が狙われる危険性があるのは承知の上か?」
「勿論、隊士には女中になった君を守るように言うつもりだ。しかし、いつどこで狙われるかも分からん。常に警戒はしてほしいんだ」
土方と近藤の言葉に、亜久里は毅然と返事をした。
土方は話を続ける。
「敵がどうしかけてくるか、これから情報が手に入ることもある。入らないこともある。それに対して、俺達はあらゆる策を考え講じていく。その過程で偶然でも知り得た情報は、他言無用。知らぬ存ぜぬを突き通せ。お前に出来るか?」
「はい。分かりました」
「それから、隊の規定がある。局中法度として隊士に守らせている内容だ」
文久から元治に時代が変わって間もない頃。
町娘の格好をした一人の女が、新選組屯所である八木邸の前で呟いた。
左目を眼帯で覆った女は、ひっそり不敵な笑みを浮かべ屯所内に足を踏み入れたのであった。
屯所に入ってすぐに女は止められた。
民家とはいえ、此処は会津藩お預かりの新選組が借りている住まいだ。男ばかりの所帯に足を踏み入れれば、用件を尋ねるべく止められるのは当然のことだ。
八木家の者に用があるのなら、そのまま通す手筈であったが女はこう答えた。
「新選組の方々のお手伝いをしたいです。女中として働きたくて来ました!」
女を止めたのは、新選組三番組組長の斎藤一であった。
本当は「今の新選組には女中は必要ない」と言いたい所であったが、斎藤は隊に関わる事は基本的に何でも上に指示を仰いだ方が良いという考えを持っている。
断る言葉をぐっと抑え、斎藤は女に言った。
「用件は分かった。ただ、俺の一存では決められぬ。局長と副長に判断してもらう故、待ってもらえぬだろうか」
「勿論、待ちます。……会えば良いのですか?」
「いや、まず俺が掛け合おう。会うか会わないかは局長や副長が決めることだ。今から俺が行くから、すまないがいましばらく此処で待っていてほしい」
女は分かりましたと返事をし、頭を下げた。
斎藤は指示を仰ぐべく、局長である近藤勇の部屋に向かった。
――……‥‥
斎藤が戻ると、女は結果が気になるのか自ら駆け寄ってきた。
「待たせた。今から局長と副長の許に案内する。着いて来い」
「それじゃあ……!」
「女中として働けるかまだ分からぬが、会って話をして決めるそうだ」
女はお礼を口にすると、斎藤の後に続いたのであった。
「なぜ
近藤勇と、副長の土方歳三と対面を果たした女は自己紹介で亜久里と名乗った。地方の小さな村で育ったため、苗字はないという。
「昔から、大きな町に憧れていました。父も母も私の憧れを応援してくれて……上京するに当たって、この着物をくれたんです。貧しいのに、私のためにこんな綺麗な良い着物をくれて、どれだけ苦労したのか……。私はそんな父と母に恩返しがしたくて、新選組ならそれが叶うのではないかと思ったんです」
その答えを聞いて、近藤は「そうかそうか」と感動したように何度も頷いた。
しかし、隣の土方には響かなかったようで表情一つ変えず質問を切りだした。
「別に新選組じゃなくったって、町の茶屋でも頑張れば稼げるだろ。その他にも呉服屋や米屋、酒屋……武家だってそうだ。頼めば奉公人として雇ってくれるところいっぱいあるだろう」
「確かにそうなんですが……新選組は会津藩という大きな所から支援を受けていると聞きました」
「会津藩お預かりになってまだ間もない。そんなに期待されても困るんだが」
「……これから、新選組は隊士さんが増えるんですよね? その時、
亜久里の言葉に、近藤が確かにと頷いた。
「なぁ、トシ。ここは採ってみても良いと思うんだが……。行く行くはその方が助かるのではないか?」
「だが、あんまり給金は出せねぇよ。こいつが仕送りするって言うなら、満足いく額は出してやれねぇ。それに――」
土方は近藤の耳元に口を近付けて話し出す。
亜久里には聞こえないし、二人の話が終わるまで待った。
やがて近藤が亜久里に向かって告げた。
「うちとしても女中が欲しいところではあるんだが、いかんせんまだ新選組は駆け出しだから金があまりなくてなぁ……。お国のご両親に送る額が出せるかどうか分からんのだ。勿論、これから我々が御公儀に認められることがあれば給金を増やしてやれるだろうが、それもいつになるか目処が立たん。それでも良いと言うというなら、女中として雇っても良いんだが……」
申し訳なさそうな近藤に、亜久里はにっこり笑って「大丈夫です」と答えた。
「い、良いのか!?」
「? え、えぇ……そちらが宜しければですが……」
「他のところの方がまだ給金が出るかもしれんぞ!?」
近藤だけでなく、土方も驚いた顔をしていた。
「大丈夫です。国の両親には、私が村を出る時にゆっくりで良いからと言われましたから」
それを聞いた土方は、また元のきりっとした表情に戻り口を開いた。
「じゃあ、お前を女中にするに当たっていくつか約束事がある。それが守れねぇと即解雇、或いはお前を斬らなくちゃならねぇからそのつもりでいてくれ」
「……分かりました」
「新選組は、幕府側の人間だ。今の時代、幕府の敵になる組織もちらほら出始めているのが現実だ。当然、命も狙われる。表だって斬りかかってくるやつもいれば、裏で暗躍してくるやつもいる。例え女中であっても、命が狙われる危険性があるのは承知の上か?」
「勿論、隊士には女中になった君を守るように言うつもりだ。しかし、いつどこで狙われるかも分からん。常に警戒はしてほしいんだ」
土方と近藤の言葉に、亜久里は毅然と返事をした。
土方は話を続ける。
「敵がどうしかけてくるか、これから情報が手に入ることもある。入らないこともある。それに対して、俺達はあらゆる策を考え講じていく。その過程で偶然でも知り得た情報は、他言無用。知らぬ存ぜぬを突き通せ。お前に出来るか?」
「はい。分かりました」
「それから、隊の規定がある。局中法度として隊士に守らせている内容だ」