第十六章
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安政五年葉月。
暑さの最高潮を乗り越えた気もするが、まだ汗ばむ日々が続いていた。
近頃、近藤さんと土方さんは難しい顔をして二人で政の噂話などに関して話をしている。伊井なんとかって人がどーたらこーたらみたいな……よくわからないけど、真剣な面持ちで話し合っているせいで二人の間に入っていく勇気はなく。総司や新八さんはずかずか入り込んでいって、一緒になって話しているけど私には難しい。
だから最近は、平助と仲が良かったりする。平助も政の話はあんまり興味がないようで……余り物同士と言ったら言葉が悪いけど、そういう縁で結構仲良くなった。
そして本日も平助と一緒に街へ繰り出していた。
「ちょっとお腹減ったかも」
ブラブラ歩いているだけなのだけど、やっぱり減るものは減る。茶屋の前を通ると尚更そこの匂いにつられてしまうものだ。
「確かに、少し腹減ったかも」
「……入る?」
茶屋の前で足を止めて指を差した。
しかし平助は腕を組み、うーんと唸る。
「入りてぇのは山々なんだけど、俺金ねぇし」
「私が奢ってあげるよ」
「えーでもそれってういさんが近藤さんから貰ったお小遣いだろ? そんなに使ったらなくなっちまうくね?」
確かに近藤さんから貰ってるお小遣いは少ない。
貧乏道場なのに昔から総司や私にくれる。今では抱える食客も増えて大変だろうに……今もちょこちょこくれるのは申し訳なくなる。
多分土方さんの薬売りだけじゃやっていけてない。それに売り上げのいくらかは実家に納めているのだろうから……。
近藤さん、借金してたり自分の生まれた実家から援助を受けているんじゃないかと思う。でも、私たちにはそういうとこ一切見せてこないしお小遣いもくれる。
だから出来るだけ使わず、贅沢もしなければ良いのだが……どうしても今団子が食べたかった。
「じゃあ、一本を二人で分けようよ」
「は!? いや、それは……色々とまずい気もするんだけど……」
「何で?」
私が首を傾げると、平助はブツブツと「そういうのは男女の仲になったやつじゃないと……」とか言っている。
「それかお饅頭みたいなの買って半分こする?」
私がそう提案した時だった。
少し離れたところで一際大きな声で「出しゃばってんじゃねぇぞこのクソアマ!」という野太い声がした。
ざわざわと周りが落ち着かなくなる気配が広がり、私も平助と「何だろうね」と顔を見合わせる。
二人で騒ぎの真ん中に歩みを進めると、そこには中年の女性が男に睨みをきかせて立っていた。中年女性は、私と同じくらいか少し下くらいの少女を庇うように腕を広げている。少し怯えた様子の少女は、何か男に言われたのだろうと想像出来た。
何だ何だと私達と同じように野次馬が集まってくる。
男はそんな周りの様子も気にせずに、再び声を荒らげた。
「俺はその女に用あるんだよ! ババアは引っ込んでろ!」
ざわつきが一層強くなった。特に周囲の女性の目が鋭い。
そして、中年の女性も負けじと声を張り上げる。
「ババアで悪かったわね! でもあんただって酷いじゃないか、まだ年端もいかないような女の子に怒鳴って……この子はちゃんと謝ったじゃないか!」
そうだそうだと野次馬から声が上がった。男は舌打ちをして、再び突っかかる。
「声が小さいんだよ! 聞こえるような声で喋れ! これだからガキの女は……」
「この子の声は小さくなかったよ! あれが聞こえないなんてあんたの耳おかしいんじゃないの!?」
「ンだと! このクソババア! いい気になりやがって! これだから江戸の女はクソだ。まるで品がない。常識もない!」
大きな声で女を卑下する声に、周りから批判的な声が上がった。
当然、私もいい気分にはならず眉間にしわが寄ってしまう。
「うっせーな! 女共は黙ってろ!」
周りの人は女性だけでなく男性たちも、男の態度にありえないという反応を見せている。
平助も「ひでぇな、あの男」と呟いていた。
「平助。私は見過ごせない」
「え?」
「行ってくる」
躊躇なく私は男の方へと向かった。平助が焦ったような声をあげているけど知るもんか。
……少し前までは、こんなこと聞いたら必ず怒りが湧いてきていた。でも今は不思議と冷静だ。
いい気はしないし、不快に思うけれど自分でも落ち着いてると思う。
これも原田さんのお陰かな。
「ねぇ、おじさん」
男の後ろから声をかけた。
「おじっ……ンだとゴラ…………あ」
「ん? あ!」
その男が振り返り、目がった瞬間だった。
男は私を見るなり目を丸くし、私はその顔に見覚えがあって声を上げた。
「おじさん、まだ懲りてないのね」
「て、テメェは……あの時のクソ女……!」
数ヶ月前にみつさんと買い物に出かけた時に遭遇した男だ。
あの時は、まだまだ心が未熟だったせいもあって抜刀してしまい土方さんに怒られた。
結局あの後、土方さんから「刀を持って出るの禁止だ!」と言い渡され……近藤さんからも従いなさいと言われ……以降、私は街に出る時は刀を持っていない。
苦い記憶が蘇る。
「おじさんさ、いい加減その思想止めなよ。女ってだけでそんなこと言われる筋合いないんだけど」
うんうんと頷いてる周囲の人達。
男は真っ赤に顔を染め上げて怒りに震えている。
「女が口答えするとは言い度胸じゃねぇか! 大体、江戸の女は皆そうだ! 京女みたいに男を立てることを知らねぇ! 品がない女ばかりで礼儀がない。クソ女の集まりだ。その癖、困ったらすぐ男に頼りやがって……女は弱いんだから最初から下手に出てりゃいいんだ! なぁ、お前らもそう思うだろ!?」
周りの江戸っ子に問いかけているが、皆微妙な顔をして首を傾げている。
「何だよ、江戸の男は随分腑抜けになったのかよ!」
「おじさん……」
私は静かに口を開いた。
「私、前に行ったよね? 次に同じこと言ったら、その首落としてやるって」
「!」
男は思い出したのか一瞬だけ息を呑んだ。
「……そ、そんなこと出来るわけねぇだろ、ふざけんじゃねぇ!」
「まぁ、正直。今の私はあの時より随分大人になったと思うの。おじさんが勝手にイキってるだけってのが分かるから」
「は!? ンだと!?」
そこでクスクスと笑う江戸の女性たち。男は自分がバカにされてると感じたらしく、私を睨んでくる。
「テメェ……良い度胸だ! 弱いくせに! 俺とやろうってのか!?」
「良いよ。おじさんの言うことが正しければ、おじさんは男だから私に勝てるよね?」
素手でこれから闘いますという体勢を取れば、男も拳を握った。
流石にマズイと思った人は多いだろう。ザワザワとした空気がその場に沸き起こった。
「ちょ、ういさん!」
平助の声が聞こえたが、私は男に向かっていったのだった。
暑さの最高潮を乗り越えた気もするが、まだ汗ばむ日々が続いていた。
近頃、近藤さんと土方さんは難しい顔をして二人で政の噂話などに関して話をしている。伊井なんとかって人がどーたらこーたらみたいな……よくわからないけど、真剣な面持ちで話し合っているせいで二人の間に入っていく勇気はなく。総司や新八さんはずかずか入り込んでいって、一緒になって話しているけど私には難しい。
だから最近は、平助と仲が良かったりする。平助も政の話はあんまり興味がないようで……余り物同士と言ったら言葉が悪いけど、そういう縁で結構仲良くなった。
そして本日も平助と一緒に街へ繰り出していた。
「ちょっとお腹減ったかも」
ブラブラ歩いているだけなのだけど、やっぱり減るものは減る。茶屋の前を通ると尚更そこの匂いにつられてしまうものだ。
「確かに、少し腹減ったかも」
「……入る?」
茶屋の前で足を止めて指を差した。
しかし平助は腕を組み、うーんと唸る。
「入りてぇのは山々なんだけど、俺金ねぇし」
「私が奢ってあげるよ」
「えーでもそれってういさんが近藤さんから貰ったお小遣いだろ? そんなに使ったらなくなっちまうくね?」
確かに近藤さんから貰ってるお小遣いは少ない。
貧乏道場なのに昔から総司や私にくれる。今では抱える食客も増えて大変だろうに……今もちょこちょこくれるのは申し訳なくなる。
多分土方さんの薬売りだけじゃやっていけてない。それに売り上げのいくらかは実家に納めているのだろうから……。
近藤さん、借金してたり自分の生まれた実家から援助を受けているんじゃないかと思う。でも、私たちにはそういうとこ一切見せてこないしお小遣いもくれる。
だから出来るだけ使わず、贅沢もしなければ良いのだが……どうしても今団子が食べたかった。
「じゃあ、一本を二人で分けようよ」
「は!? いや、それは……色々とまずい気もするんだけど……」
「何で?」
私が首を傾げると、平助はブツブツと「そういうのは男女の仲になったやつじゃないと……」とか言っている。
「それかお饅頭みたいなの買って半分こする?」
私がそう提案した時だった。
少し離れたところで一際大きな声で「出しゃばってんじゃねぇぞこのクソアマ!」という野太い声がした。
ざわざわと周りが落ち着かなくなる気配が広がり、私も平助と「何だろうね」と顔を見合わせる。
二人で騒ぎの真ん中に歩みを進めると、そこには中年の女性が男に睨みをきかせて立っていた。中年女性は、私と同じくらいか少し下くらいの少女を庇うように腕を広げている。少し怯えた様子の少女は、何か男に言われたのだろうと想像出来た。
何だ何だと私達と同じように野次馬が集まってくる。
男はそんな周りの様子も気にせずに、再び声を荒らげた。
「俺はその女に用あるんだよ! ババアは引っ込んでろ!」
ざわつきが一層強くなった。特に周囲の女性の目が鋭い。
そして、中年の女性も負けじと声を張り上げる。
「ババアで悪かったわね! でもあんただって酷いじゃないか、まだ年端もいかないような女の子に怒鳴って……この子はちゃんと謝ったじゃないか!」
そうだそうだと野次馬から声が上がった。男は舌打ちをして、再び突っかかる。
「声が小さいんだよ! 聞こえるような声で喋れ! これだからガキの女は……」
「この子の声は小さくなかったよ! あれが聞こえないなんてあんたの耳おかしいんじゃないの!?」
「ンだと! このクソババア! いい気になりやがって! これだから江戸の女はクソだ。まるで品がない。常識もない!」
大きな声で女を卑下する声に、周りから批判的な声が上がった。
当然、私もいい気分にはならず眉間にしわが寄ってしまう。
「うっせーな! 女共は黙ってろ!」
周りの人は女性だけでなく男性たちも、男の態度にありえないという反応を見せている。
平助も「ひでぇな、あの男」と呟いていた。
「平助。私は見過ごせない」
「え?」
「行ってくる」
躊躇なく私は男の方へと向かった。平助が焦ったような声をあげているけど知るもんか。
……少し前までは、こんなこと聞いたら必ず怒りが湧いてきていた。でも今は不思議と冷静だ。
いい気はしないし、不快に思うけれど自分でも落ち着いてると思う。
これも原田さんのお陰かな。
「ねぇ、おじさん」
男の後ろから声をかけた。
「おじっ……ンだとゴラ…………あ」
「ん? あ!」
その男が振り返り、目がった瞬間だった。
男は私を見るなり目を丸くし、私はその顔に見覚えがあって声を上げた。
「おじさん、まだ懲りてないのね」
「て、テメェは……あの時のクソ女……!」
数ヶ月前にみつさんと買い物に出かけた時に遭遇した男だ。
あの時は、まだまだ心が未熟だったせいもあって抜刀してしまい土方さんに怒られた。
結局あの後、土方さんから「刀を持って出るの禁止だ!」と言い渡され……近藤さんからも従いなさいと言われ……以降、私は街に出る時は刀を持っていない。
苦い記憶が蘇る。
「おじさんさ、いい加減その思想止めなよ。女ってだけでそんなこと言われる筋合いないんだけど」
うんうんと頷いてる周囲の人達。
男は真っ赤に顔を染め上げて怒りに震えている。
「女が口答えするとは言い度胸じゃねぇか! 大体、江戸の女は皆そうだ! 京女みたいに男を立てることを知らねぇ! 品がない女ばかりで礼儀がない。クソ女の集まりだ。その癖、困ったらすぐ男に頼りやがって……女は弱いんだから最初から下手に出てりゃいいんだ! なぁ、お前らもそう思うだろ!?」
周りの江戸っ子に問いかけているが、皆微妙な顔をして首を傾げている。
「何だよ、江戸の男は随分腑抜けになったのかよ!」
「おじさん……」
私は静かに口を開いた。
「私、前に行ったよね? 次に同じこと言ったら、その首落としてやるって」
「!」
男は思い出したのか一瞬だけ息を呑んだ。
「……そ、そんなこと出来るわけねぇだろ、ふざけんじゃねぇ!」
「まぁ、正直。今の私はあの時より随分大人になったと思うの。おじさんが勝手にイキってるだけってのが分かるから」
「は!? ンだと!?」
そこでクスクスと笑う江戸の女性たち。男は自分がバカにされてると感じたらしく、私を睨んでくる。
「テメェ……良い度胸だ! 弱いくせに! 俺とやろうってのか!?」
「良いよ。おじさんの言うことが正しければ、おじさんは男だから私に勝てるよね?」
素手でこれから闘いますという体勢を取れば、男も拳を握った。
流石にマズイと思った人は多いだろう。ザワザワとした空気がその場に沸き起こった。
「ちょ、ういさん!」
平助の声が聞こえたが、私は男に向かっていったのだった。
