第十四章
名前変換
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安政五年文月上旬。
暑さが続く最中、私は一君と道場で打ち合いをしていた。
一言も話さず、木刀を合わせる音だけが響き渡る。遠くで蝉が鳴いているのも忘れるくらいにお互い集中している。
「凄い熱気だなぁ」
流石に近藤さんが来たら一旦打ち合いを止めなければいけない。
私たちはそこで漸く緊張の糸が切れた。
「む、続けて良いぞ?」
そう言われ、再び構えるもさっきのような集中力は戻らなかった。
「うい、来い」
「そういう一君こそ、お先にどうぞ」
今度は会話を交わしながらの稽古となった。
ちなみに、私たちは少し前からお互いの名で呼び合うようになった。
一君に謝ったあの件以降、徐々に彼と接する機会も増えた。
きっかけは総司と平助だった。四人で談笑していたのだけれど、総司と平助が「一君」って呼ぶもんだから、何となく私も呼びたくなった。
勿論、了承を得てから呼び始めたけど。一君も、それを機に私のことも名前で呼んでくれるようになったのだ。
「では、俺から……」
彼との稽古は色々学ぶ者がある。
左構えだからやりにくいけど、慣れればどんな戦いにも対応が出来るはずだ。
しかも居合に関しては達人級。彼と余裕でいい勝負が出来るようになれば、きっと私の剣術も上達するに違いない!
そう信じて、私は一君との稽古に勤しんだ。
――……‥‥
「暑い」
着物の上から水を思いっきり被る。
いつもならそんなことせず、脱がずに拭くという方法をとる。
しかし今はとにかく暑い。体が燃えるように暑い。
こういう時は女の身体なのが嫌である。
男共は上を脱いで水を被ることが出来るのに、私は駄目だと言われる。
「私も脱ぎたい!」
思わずそう叫ぶと、隣にいた一君が驚きの声をあげた。
「なっ……!? それは止めた方が良い」
「一君もやっぱり怒るよねー。皆そう言うから分かってるけど、やっぱり暑いもん」
「怒りはしないが……その……目のやり場に……」
最後の方は小さくて聞き取れなかったが、まぁ大体言いたいことは分かる。
顔を赤らめて顔を背ける一君に、ちょっと笑ってしまった。
「ういさん!」
その時、平助が私を呼ぶ声が響いた。
振り返ると、廊下の曲がり角から出てくる平助の姿。
少し急いでいる様子だった。
「どうしたの?」
「あのさ――って、なんでそんなびしょ濡れなんだよ!」
「これ? 稽古してたら暑くて……水被った!」
着物は割と分厚いから、透けはしない。だから、大丈夫なはずなんだけど。
「今すぐ着替えて来いって。ちょっとまずいことになってるからさ」
「まずいこと?」
「前にさ、ういさんに婚姻を申し込んだ男いるじゃん? 覚えてるだろ?」
「あー……うん。吉田さん?」
「そうそう。そいつがさ今来てるんだ」
もう一年か一年ちょっと前になる。
土方さんと石田散薬を売りに行った先の家の息子。彼が私に「嫁に来て下さい」と求婚してきたことがあった。
嫌だったから、皆が色々解決策を考えてくれて――私は自分より強い男が好きっていう設定になり、吉田さんと戦うことになったのだ。
結果、私は勝ち吉田さんは「強い人がういさんを襲ったら私はきっと護れない」とかなんとか言って諦めてくれた。
が、どういうわけか原田さんが「護れないから諦める。その程度の気持ちなのか」等と彼を鼓舞しだした。
すると吉田さんは再び情熱を持ち出し「貴女を諦めない」と言い残して去って行った。
今思えば、原田さん余計な事をと思う。
しかし、あれからずっと音沙汰なしで私も正直忘れかけていた。
「……嘘でしょ?」
「嘘じゃないって! んで、それでちょっと面倒なことになってて。とにかく着替えて来てくれよ! 道場にいるからさ!」
面倒な事とはなんだろうか。
夏の陽射しで着物も乾きそうだが、まだ少し濡れているから着替えて来るしかない。
私は分かったと返事をした。
「……聞いても良いだろうか」
平助が立ち去って行って、私も着替えようと部屋に行こうとした時だ。
一君が尋ねてきた。
暑さが続く最中、私は一君と道場で打ち合いをしていた。
一言も話さず、木刀を合わせる音だけが響き渡る。遠くで蝉が鳴いているのも忘れるくらいにお互い集中している。
「凄い熱気だなぁ」
流石に近藤さんが来たら一旦打ち合いを止めなければいけない。
私たちはそこで漸く緊張の糸が切れた。
「む、続けて良いぞ?」
そう言われ、再び構えるもさっきのような集中力は戻らなかった。
「うい、来い」
「そういう一君こそ、お先にどうぞ」
今度は会話を交わしながらの稽古となった。
ちなみに、私たちは少し前からお互いの名で呼び合うようになった。
一君に謝ったあの件以降、徐々に彼と接する機会も増えた。
きっかけは総司と平助だった。四人で談笑していたのだけれど、総司と平助が「一君」って呼ぶもんだから、何となく私も呼びたくなった。
勿論、了承を得てから呼び始めたけど。一君も、それを機に私のことも名前で呼んでくれるようになったのだ。
「では、俺から……」
彼との稽古は色々学ぶ者がある。
左構えだからやりにくいけど、慣れればどんな戦いにも対応が出来るはずだ。
しかも居合に関しては達人級。彼と余裕でいい勝負が出来るようになれば、きっと私の剣術も上達するに違いない!
そう信じて、私は一君との稽古に勤しんだ。
――……‥‥
「暑い」
着物の上から水を思いっきり被る。
いつもならそんなことせず、脱がずに拭くという方法をとる。
しかし今はとにかく暑い。体が燃えるように暑い。
こういう時は女の身体なのが嫌である。
男共は上を脱いで水を被ることが出来るのに、私は駄目だと言われる。
「私も脱ぎたい!」
思わずそう叫ぶと、隣にいた一君が驚きの声をあげた。
「なっ……!? それは止めた方が良い」
「一君もやっぱり怒るよねー。皆そう言うから分かってるけど、やっぱり暑いもん」
「怒りはしないが……その……目のやり場に……」
最後の方は小さくて聞き取れなかったが、まぁ大体言いたいことは分かる。
顔を赤らめて顔を背ける一君に、ちょっと笑ってしまった。
「ういさん!」
その時、平助が私を呼ぶ声が響いた。
振り返ると、廊下の曲がり角から出てくる平助の姿。
少し急いでいる様子だった。
「どうしたの?」
「あのさ――って、なんでそんなびしょ濡れなんだよ!」
「これ? 稽古してたら暑くて……水被った!」
着物は割と分厚いから、透けはしない。だから、大丈夫なはずなんだけど。
「今すぐ着替えて来いって。ちょっとまずいことになってるからさ」
「まずいこと?」
「前にさ、ういさんに婚姻を申し込んだ男いるじゃん? 覚えてるだろ?」
「あー……うん。吉田さん?」
「そうそう。そいつがさ今来てるんだ」
もう一年か一年ちょっと前になる。
土方さんと石田散薬を売りに行った先の家の息子。彼が私に「嫁に来て下さい」と求婚してきたことがあった。
嫌だったから、皆が色々解決策を考えてくれて――私は自分より強い男が好きっていう設定になり、吉田さんと戦うことになったのだ。
結果、私は勝ち吉田さんは「強い人がういさんを襲ったら私はきっと護れない」とかなんとか言って諦めてくれた。
が、どういうわけか原田さんが「護れないから諦める。その程度の気持ちなのか」等と彼を鼓舞しだした。
すると吉田さんは再び情熱を持ち出し「貴女を諦めない」と言い残して去って行った。
今思えば、原田さん余計な事をと思う。
しかし、あれからずっと音沙汰なしで私も正直忘れかけていた。
「……嘘でしょ?」
「嘘じゃないって! んで、それでちょっと面倒なことになってて。とにかく着替えて来てくれよ! 道場にいるからさ!」
面倒な事とはなんだろうか。
夏の陽射しで着物も乾きそうだが、まだ少し濡れているから着替えて来るしかない。
私は分かったと返事をした。
「……聞いても良いだろうか」
平助が立ち去って行って、私も着替えようと部屋に行こうとした時だ。
一君が尋ねてきた。