第十章

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「いや、あの顔で純粋に呼ばれてみろ! 違和感しかねぇだろ」

「そうだな、真っ白な心を持った総司っていうのは……やりにくいよな」

「けど、少しは違うだろ。いざそうなってみたら、意外と平気かもしれねぇぞ?」


庭に向かっていると、平助と原田さんと新八さんの話声が聞こえてきた。
真っ白な心を持った総司、とは何の話だろうか。

少し興味を引かれ、庭に行くと真っ先に三人に近付いた。


「何の話してるの?」

「おぉ、ういさんか。って、すっげー汗かいてるけど大丈夫か?」

「え、うん。さっき山南さんと稽古してたから」


山南さんの名前に平助が驚きの声をあげる。
平助にとって山南さんとの稽古は難易度が高いらしい。


「それで、汗流そうと井戸に用があったんだけど……」

「ん? あぁ、すまねぇな」


井戸の縁に座っていた原田さんが避けてくれる。私は水を組み上げながら再度さっきの疑問を尋ねた。
すると新八さんが答える。


「いやな、芳次郎のことだよ」

「芳次郎君?」


総司の甥である芳次郎君は、先月母親のみつさんと共に試衛館に来た。
あの日、この三人は芳次郎君と遊んだらしく仲良くなっていた。


「あいつ、俺達が目の前で総司にやられてもまるで神様のように心配してくれたんだぜ!」

「そうそう。“大丈夫? 痛いの飛んで行けー!”って俺の目に手を当てて必死にやってる姿……童の神様のようだった」


私が不祥事を起こしかけた(起こした?)あの日の夕方、土方さんとみつさんと帰ると平助は顔に新八さんは身体に痣を幾つも作って芳次郎君と遊んでいた。
原田さんは痣を作っていなかったが、疲れ切っている様子だった。
聞けば、総司にこっぴどくやられたらしい。そういや悲鳴をあげてたな、と思い出したものだ。


「何で総司にやられたんだっけ?」


井戸から組み上げた水に手拭いを浸して、絞りながら聞いた。


「それが分かんないんだよな。総司が“芳次郎、稽古しようか。まずお手本を見せるよ”と言って、突然俺の顔面殴って来たんだ。ひでぇよな。理由聞いても、稽古だよって言うばっかだし?」


あの日の痛みを思い出してか、平助が頬を触りながら溜め息を吐いた。


「結局、平助だけじゃなくて俺も左之も同じ目にあったけどな。左之は……痣にならなかったな」

「……まぁ、俺は最後だったからな。お前ら見てたら対策を頭で練るわな」


そういえば、あの日総司が三人を睨んでたような……。


「まぁ、とにかくそんな俺たちに神様のような対応をする芳次郎がさ総司にそっくりだよなって話だったんだ」


平助の言葉を聞き、あぁと納得する。


「確かに、そっくりだよね。だから真っ白な心を持った総司?」

「そういうことだ。そっくりだからよ、芳次郎が成長したらどうなるかって話になったんだ」


原田さんの説明に、永倉さんが頷いて続ける。


「あの顔で真逆の性格だからな、違和感しかねぇだろって話だ。けど、いくらそっくりでも同じ顔ってわけじゃねぇから意外と馴染むんじゃねぇかって俺は思ってる」

「そうだねぇ。総司とみつさんは似てるけど、時々似てる程度でやっぱり違うよね」

「けど、性別が違うだろ」


原田さんの指摘に「あ、そっか」となった。


「つかよ、あの姉弟本当に似てたよな。そんな似るもんなのか?」

「姉弟なんだから似ててもおかしくはねぇだろ。同じ親から生まれて来たんだし」

「俺一人っ子だから分からねぇんだよな。親父とは似てるって言われたことあるが……」


新八さんのお父さんってどんな顔なんだろ。似てるってことはもう一人新八さんがいる感じ?


「総司と目や髪の色本当に一緒だったよな」

「総司ってもう一人お姉さんいるけど、その人は似てなかったと思う」


私の何気ない言葉に、三人は驚いた様子でこっちを見てきた。


「まじかよ、もう一人いるのか!」

「あんまり会ったことないけど、みつさんと総司の間にキンさんって人がいた。確か似てなかったから、もう一方の親に似たんじゃない?」


総司が両親のどちらに似てるかなんて知らないけど。


「ほー、兄弟とかいねぇとわかんねぇもんだな! な!」


平助と原田さんに同意を求める新八さんだったが、平助は何故か微妙な顔をしている。


「いや、俺はいるから分かるが」

「何!? 左之、お前兄弟いんのかよ!」

「まぁ……脱藩してからは一回も会ってねぇから、昔の記憶だけどな。俺んとこは皆似てたぜ」


なるほど、原田さんは兄弟いたのか。
じっとその横顔を見つめていると、不意に原田さんがこちらを向いて目が合った。


「っ」

「ん? 何か付いてるか?」

「い、いや何でもない……」


目を逸らすと、原田さんは首を傾げているようだったがやがて「あぁ」と納得したような声を出した。
まさか私が原田さんを見つめていたこと知られたのか!?

しかしその心配は杞憂であった。


「新八、平助行くぞ」


突然、二人の背を押してどこかへ行こうとしたのだ。


「は? 左之、どうしたんだよ」

「馬鹿、ういがこれから汗を拭こうって時にいちゃまずいだろ」


どうやら原田さんは、私が汗を拭いたいからどこかへ行ってほしいという目で見ていた、と思ったらしい。


「そんなの気にしなくて良いのに」


そう声をかければ、新八さんと平助は「なっ」と顔をほんのり赤くした。


「そういうわけにはいかねぇよ。男の前であんま肌を晒すんじゃねぇぞ」

「いや、肌を晒さずに拭くことくらい出来るし……」


男所帯の試衛館に入った時からその方法は身につけた。尤も、一番最初は男の子と同じようにしようとしたけど近藤さんに全力で止められたけども。


「お前がそれで良くても、新八と平助にはちと刺激が強いんだよ」

「なっ、左之だって同じじゃねぇのか!」

「俺は構わねぇよ」

「なんだと! 女の肌なんて見慣れてるってか!?」

「はは、冗談だ。ほら行くぞ」


そのまま原田さんは二人を連れてどこかへ行ってしまった。

今まで総司と稽古した後に、なんの躊躇いもなく一緒に汗を水で流してたから考えたことなかった。
そういや、昔いた兄弟子たちがチラチラ見てたような……。
それでも今はその兄弟子たちもいないし、総司だって私が隣で汗を拭いてても普通に上半身裸で水被ってたりする。私は肌を晒さず、手ぬぐいで拭くけども……やっぱりまずいのだろうか?

なんだか、原田さんのせいだろうか。
最近、女として扱われることも慣れてきた気がする。それでもやっぱり不快だけども、何でだろう。
今のは全然嫌じゃなかった――。
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