第八章
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「花見しよーぜ!」
弥生の月に入り、江戸のあちこちでも桜が咲くという頃。
いつものように皆で夕餉を食べている時だ。
平助が突然そう声をあげた。
「どうしたの? いきなり」
総司がすかさず問う。
「だって、そろそろ桜が咲きそうじゃん? 俺、ここに来てあんまり花見をした覚えがないと思って」
確かに平助の言う通りだ。桜を少し眺めることはあっても、わざわざ木の下で騒いだ記憶はあまりない。
数年前に一回だけあったような気がする。
――っていうか、平助ここに来てまだ一年くらいじゃん。
それを指摘しようとすると、
「良いな、それ!」
新八さんが先に発言をした。
平助の意見に賛同するその声に、他の面々も頷いた。
完全に指摘の機会を逃した。まぁいいか。
すると
「金がねぇ」
その空気を切るように土方さんが呟いた。
「そこは土方さんが頑張るんですよ。あの似非薬で」
「はぁ!? 俺が稼いでるのは道場の資金と、実家へ納めるための金だ。それに石田散薬は似非薬じゃねぇよ。……飲んでも飲まなくても同じなだけだ」
それやっぱり似非薬なんでは……。
「んじゃ、どうするよー」
平助は少しがっかりしたようだったが、諦めていなかった。案を皆に求める。
すると山南さんが口を開いた。
「町の人のお手伝いをして何か貰う、というのはどうでしょう」
「でも、それじゃ手伝いをするから何かくれっていうのか? ちょっと図々しくねぇか?」
原田さんの心配は尤もだ。
「それは言いません。しかし、何か手伝ってもったら何かお礼をする……人というのはそういうものです」
「じゃあ、貰えなかったら?」
身を乗り出しって聞く平助に、山南さんは微笑んだ。
「その時はその時です。仕方ありませんよ」
結局、それ以外の案はなく私たちは翌日からそれぞれ町に出た。
――……‥‥
今まであまり気が付かなかったが、意外と町には問題が溢れていた。
夫婦喧嘩、無銭飲食、泥棒、口論からの殴り合い。同心らが対応する事案もあれば誰も対応しない事案もある。同心たちだってこの広い町で居合わせなかったいざこざは山ほどある。
そういうのに私は首を突っ込んでみることにした。
最初は人助けで物が貰えるなんてそう上手くはいかない、と思っていた。しかし、実際は山南さんの言うことが面白いくらいに当たっていた。
茶屋で起こっていた殴り合いの喧嘩を止めてみれば、迷惑していた店の人からお茶と団子を貰った。これはお花見まで持たないのでその場で食べた。
「泥棒!」と聞こえて振り返ってみれば、人々の間をすり抜けて走ってくる男。そいつを止めて倒したら、泥棒された人からお礼に野菜を貰った。
大切な簪を落として困っていた女性がいて、一緒にその簪を探して見つけてあげたら酒屋の嫁だったらしく、御主人からお礼にお酒を貰った。
そこで日が暮れそうだったので、試衛館に帰ると皆もう揃っていた。
「うい、遅かったな」
原田さんに優しく迎えられ、顔が変に緩みそうなのに耐えて私は持って帰ったものを出した。
「こんなに野菜……ういちゃんどういう手を使ったの?」
「どういう手って失礼な! 泥棒捕まえたら八百屋さんから貰ったの」
「これ酒じゃん!」
平助が持って帰った酒壺の蓋を開けて匂っている。
「酒がこれだけあるなんてすげぇな!」
よく見たら、私の他にもお酒をもらった人がいたようだ。新八さんが嬉しそう。
私は皆が持ち帰った分を見ていく。
「結構あるけど、これ鴨!? どしたのこれ」
死んだ鴨が横たわっている。
「それ僕が持って帰ったの」
「総司が? まさか川で獲ったの?」
川に入って鴨を獲る総司なんて想像がつかない。
すると総司は「まさか」と笑った。違うらしい。
「それを獲ったのは近所の子供とその父親だったよ。子供が途中で飽きちゃったっていうから、遊んであげたの。そしたらお父さんからお礼にって」
「へぇ……」
総司は子供好きだ。子供と遊ぶなんてお手の物だろう。
「鮎まであるし」
「それは、源さんが釣ったんだよね?」
総司が源さんを見る。
「釣った!?」
「いや、漁師の方に話を伺っていたら流れで釣らせてもらうことになったんだよ」
どうやったらそういう流れになるのか。
皆から「流石源さん」とか「すげぇな」とか言われて、ちょっと嬉しそうだ。
するとそこへ土方さんと近藤さんが顔を出した。
「お、割と集まってるな。鴨とか鮎とかこれまたすげぇもんを……」
「あれ? 土方さん今日何してたんですか? まさか苦労して集めて来た食材を何もしていない土方さんが食べる気ですか?」
「ぁあ!? 何もしてねぇわけねぇだろ! 俺は今日一日商売してたんだ!」
そう言って土方さんは着物の袖をさぐって袋を取り出した。
それを置いた時、中にお金が入っていることが分かった。
「なぁんだ。土方さんもちゃんと働いてたんですね」
「てめぇが言うからだろ」
なんだかんだ、土方さんもお花見がしたいんだな。
そしていつも衝突している総司のことも好きなんだなぁ……本人に言ったら全力で否定しそうだけど。
「すまんなぁ。俺は何もしてない……」
「近藤さんは良いんですよ。僕たちがこうして生活出来ているのも近藤さんのお陰なんですから」
「いや、それはトシがお金を――」
その時だった。左肩にポンと手を置かれた感触。
振り返るとそこに真剣な表情の原田さんがいた。一瞬ドキッとしてしまう。
弥生の月に入り、江戸のあちこちでも桜が咲くという頃。
いつものように皆で夕餉を食べている時だ。
平助が突然そう声をあげた。
「どうしたの? いきなり」
総司がすかさず問う。
「だって、そろそろ桜が咲きそうじゃん? 俺、ここに来てあんまり花見をした覚えがないと思って」
確かに平助の言う通りだ。桜を少し眺めることはあっても、わざわざ木の下で騒いだ記憶はあまりない。
数年前に一回だけあったような気がする。
――っていうか、平助ここに来てまだ一年くらいじゃん。
それを指摘しようとすると、
「良いな、それ!」
新八さんが先に発言をした。
平助の意見に賛同するその声に、他の面々も頷いた。
完全に指摘の機会を逃した。まぁいいか。
すると
「金がねぇ」
その空気を切るように土方さんが呟いた。
「そこは土方さんが頑張るんですよ。あの似非薬で」
「はぁ!? 俺が稼いでるのは道場の資金と、実家へ納めるための金だ。それに石田散薬は似非薬じゃねぇよ。……飲んでも飲まなくても同じなだけだ」
それやっぱり似非薬なんでは……。
「んじゃ、どうするよー」
平助は少しがっかりしたようだったが、諦めていなかった。案を皆に求める。
すると山南さんが口を開いた。
「町の人のお手伝いをして何か貰う、というのはどうでしょう」
「でも、それじゃ手伝いをするから何かくれっていうのか? ちょっと図々しくねぇか?」
原田さんの心配は尤もだ。
「それは言いません。しかし、何か手伝ってもったら何かお礼をする……人というのはそういうものです」
「じゃあ、貰えなかったら?」
身を乗り出しって聞く平助に、山南さんは微笑んだ。
「その時はその時です。仕方ありませんよ」
結局、それ以外の案はなく私たちは翌日からそれぞれ町に出た。
――……‥‥
今まであまり気が付かなかったが、意外と町には問題が溢れていた。
夫婦喧嘩、無銭飲食、泥棒、口論からの殴り合い。同心らが対応する事案もあれば誰も対応しない事案もある。同心たちだってこの広い町で居合わせなかったいざこざは山ほどある。
そういうのに私は首を突っ込んでみることにした。
最初は人助けで物が貰えるなんてそう上手くはいかない、と思っていた。しかし、実際は山南さんの言うことが面白いくらいに当たっていた。
茶屋で起こっていた殴り合いの喧嘩を止めてみれば、迷惑していた店の人からお茶と団子を貰った。これはお花見まで持たないのでその場で食べた。
「泥棒!」と聞こえて振り返ってみれば、人々の間をすり抜けて走ってくる男。そいつを止めて倒したら、泥棒された人からお礼に野菜を貰った。
大切な簪を落として困っていた女性がいて、一緒にその簪を探して見つけてあげたら酒屋の嫁だったらしく、御主人からお礼にお酒を貰った。
そこで日が暮れそうだったので、試衛館に帰ると皆もう揃っていた。
「うい、遅かったな」
原田さんに優しく迎えられ、顔が変に緩みそうなのに耐えて私は持って帰ったものを出した。
「こんなに野菜……ういちゃんどういう手を使ったの?」
「どういう手って失礼な! 泥棒捕まえたら八百屋さんから貰ったの」
「これ酒じゃん!」
平助が持って帰った酒壺の蓋を開けて匂っている。
「酒がこれだけあるなんてすげぇな!」
よく見たら、私の他にもお酒をもらった人がいたようだ。新八さんが嬉しそう。
私は皆が持ち帰った分を見ていく。
「結構あるけど、これ鴨!? どしたのこれ」
死んだ鴨が横たわっている。
「それ僕が持って帰ったの」
「総司が? まさか川で獲ったの?」
川に入って鴨を獲る総司なんて想像がつかない。
すると総司は「まさか」と笑った。違うらしい。
「それを獲ったのは近所の子供とその父親だったよ。子供が途中で飽きちゃったっていうから、遊んであげたの。そしたらお父さんからお礼にって」
「へぇ……」
総司は子供好きだ。子供と遊ぶなんてお手の物だろう。
「鮎まであるし」
「それは、源さんが釣ったんだよね?」
総司が源さんを見る。
「釣った!?」
「いや、漁師の方に話を伺っていたら流れで釣らせてもらうことになったんだよ」
どうやったらそういう流れになるのか。
皆から「流石源さん」とか「すげぇな」とか言われて、ちょっと嬉しそうだ。
するとそこへ土方さんと近藤さんが顔を出した。
「お、割と集まってるな。鴨とか鮎とかこれまたすげぇもんを……」
「あれ? 土方さん今日何してたんですか? まさか苦労して集めて来た食材を何もしていない土方さんが食べる気ですか?」
「ぁあ!? 何もしてねぇわけねぇだろ! 俺は今日一日商売してたんだ!」
そう言って土方さんは着物の袖をさぐって袋を取り出した。
それを置いた時、中にお金が入っていることが分かった。
「なぁんだ。土方さんもちゃんと働いてたんですね」
「てめぇが言うからだろ」
なんだかんだ、土方さんもお花見がしたいんだな。
そしていつも衝突している総司のことも好きなんだなぁ……本人に言ったら全力で否定しそうだけど。
「すまんなぁ。俺は何もしてない……」
「近藤さんは良いんですよ。僕たちがこうして生活出来ているのも近藤さんのお陰なんですから」
「いや、それはトシがお金を――」
その時だった。左肩にポンと手を置かれた感触。
振り返るとそこに真剣な表情の原田さんがいた。一瞬ドキッとしてしまう。