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1
夢子がこの世界に迷い込んでから、もうどのくらいの月日が経ったのだろう。
夢子はキラーでもサバイバーでも無い。
彼女には何の役割も無かった。
バグ。不具合。彼女はそう呼ばれていた。
夢子はエンティティの手違いによってこの世界に迷い込んでしまっただけの存在だった。
サバイバー達は夢子と必要以上に関わろうとしなかった。
何故なら夢子はキラー達と共に過ごす事が多いからだ。
キラー達にとっても、夢子は不思議な存在だった。
夢子は彼らの暴力や殺人の衝動を呼び起こさなかった。
夢子はこの世界に馴染みつつあった。まるで霧が空気と混ざり合って見えなくなるかの様に……。
*
「ハロー、夢子。」
白いマスクの男が勝手に部屋の中に入ってきて、背後から夢子に抱き付いた。
夢子は大きく悲鳴をあげて、持っていたスポンジから洗剤の泡が跳ねた。危うく皿を落とすところだった。
「ちょっと、やめてよ!」
腕の中でもがく夢子を気にする様子も無く、ゴーストフェイスは笑った。
「悪かったよ。でも、あんまり驚いてくれるから嬉しくなっちゃうなぁ。」
ゴーストフェイスは夢子に抱き付いたままで、その肩に頭を預けた。
夢子の手は忙しく動き、洗った食器は積み上げられて山を作ってゆく。
洗い物が済んだかと思うと次はその食器を布巾で磨く。
「見てるだけじゃなくて手伝ってくれる?」
ゴーストフェイスは笑うだけだ。
その手は夢子の体に絡んだままで動かなかった。
「トラッパーに言い付けて、もう家に入れてあげないよ。」
夢子がそう言うと、ゴーストフェイスは慌てて積まれた食器を棚にしまい始めた。
「それにしても、どうしてこんなに食器だらけなんだ?パーティーでもしたみたいに。」
「パーティーっていうか、みんなで集まったんだよね。ご飯とか持ち寄って。」
「えっ!なにそれ!俺は呼ばれてないけど!」
「招待する人は、トラッパーが決めたから……。」
ごめんね、と夢子は謝った。しかしゴーストフェイスは納得いかない。
ゴーストフェイスはトラッパーと仲が悪かった。
元々の性格が違いすぎるのもあるが、夢子の存在が一番の原因だった。
ゴーストフェイスはトラッパーが普段使う大きめのマグカップを一瞥した。
「どうしてあいつと一緒に暮らしてるの?」
「私を拾ってくれたからだよ。」
夢子は初めてトラッパーと出会った時の事を思い出した。
*
初めてこの世界へ来てから、夢子は途方に暮れた。
キラーでもサバイバーでもない夢子は儀式に呼ばれる事もなかった。
何かの間違いでこの世界に迷い込んでしまったこの女をエンティティは放置した。
エンティティは儀式に影響のない夢子をわざわざ元の世界へ戻すような優しい存在ではなかった。
そもそも、夢子の存在に気付いてすらいないのかもしれない。
エンティティにとって夢子は、家の中に迷い込んだ小さな虫のように、目に付かなければ放っておかれるような……なんの価値も無い存在だった。
夢子は当てもなく歩き続けた。
道は永遠に続くように思われた。古びたガスステーションや、壁や床が壊れた教会もあった。
夢子はこの世界へ来てから食事も睡眠も必要無くなったが、疲労は感じた。
歩き疲れた夢子は、朽ちた建物の隅に隠れるようにして座り込んだ。
しばらくそうしていると、遠くのほうで足音が響く事に気が付いた。
夢子は顔を上げた。足音はだんだんと大きくなっている。
夢子はこの世界で初めて他人の存在を感じた。
「誰?」夢子の声は小さかったが、建物の中でよく響いた。
その声に気付いたのか、足音は真っ直ぐに夢子に向かってくる。その足音は夢子のすぐ側で止まった。
夢子は座ったままで、目の前の大男を見上げた。
「あなたは誰?」
夢子が問いかけても、男は何も答えなかった。
男は風変わりな格好をしていた。腕から飛び出た鉄のフック。顔を覆う不気味なマスク。
手に持った大きな肉包丁は汚れていた。黒っぽい汚れは……血だ。
ホラー映画から飛び出してきたかのようなその男は、夢子を見下ろした。
怯え切った夢子の姿を見た男は、その体を抱えて自分の住処まで連れ帰った。
男の住処は古びてはいたが、人の手が入り、住み心地は悪くなさそうだった。
夢子は男がトラッパーと呼ばれている事と、この世界での男の役割を知った。
はじめの内、トラッパーは夢子を怖がらせないように慎重に接した。
今思い返すと、あのトラッパーが恐る恐る自分に接していた事が夢子は面白く感じた。
もちろん、はじめの頃はそんな余裕は無かったが……トラッパーは見るからに恐ろしい大男だったから。
「行くところが無ければ、ここに居ればいい。」
トラッパーはそう言って、夢子を家に置いた。夢子はこの世界に来てから初めて居場所を与えられた。
二人はそれからずっと一緒に暮らしている。
トラッパーがキラーでも、その手が血と暴力で汚れていても、夢子は構わなかった。
夢子の居場所はトラッパーの側にしかなかった。
*
食器を片付け終わって、夢子はケトルに火をかけた。
コーヒーの準備をして、余り物のクッキーを何枚か皿に用意した。
「食べる?」
「もちろん。夢子の手作り?美味しそうだね。」
ゴーストフェイスは普段トラッパーが座る大きな肘掛け椅子に腰掛けて、すっかり寛いでいる。
ゴーストフェイスはずらしたマスクの隙間から器用にコーヒーを啜った。
「トラッパーが羨ましいよ。こうやってコーヒーを用意してくれる子がいてさ。」
マスクから覗くゴーストフェイスの口元はにっこりと弧を描いていた。その口元は整っていて、魅力的だ。
「もし、俺が夢子を勝手に連れて帰ったら、トラッパーは怒るだろうね。」
そう言われた夢子は、自分がこの家から出て行く事を想像してみた。
けれどもトラッパーが怒ったり悲しんだりする様には思わなかった。
トラッパーは、きっと何とも思わない。夢子が来る前の生活に戻るだけだ。
夢子は悲しげに微笑んだ。
「トラッパーは私が出て行っても気にしないと思う。」
夢子はスプーンでコーヒーをぐるぐるとかき回し続けた。不安を紛らわそうと無意識に手を動かしていたのだ。
「だって、ここに居ても良いとしか言われてないもの。」
だからいなくなっても構わない筈だと夢子は付け足した。
「じゃあ試してみる?」
ゴーストフェイスは椅子から身を乗り出して、夢子の手を取った。
ゴーストフェイスの手は、指が長くすっきりとした印象で、トラッパーのごつごつした大きな手とはまるで違った。
普段その手は黒い革手袋に隠されているので、夢子は直接触れたゴーストフェイスの手の感触や体温に緊張した。そして、この手が器用にナイフを操り、サバイバー達を切り付ける様子を想像した。
怖くなった夢子は、ゴーストフェイスの手から自分の手を引き抜いた。
「私はトラッパーと一緒に居る。」
「そっか。残念だなぁ……。じゃあ、少しだけ俺の家に遊びに来ない?トラッパーが戻るまで。」
「あなたの家に?」
「女の子が喜ぶ物は無いかもしれないけど……そういえばエンティティから貰ったケーキがまだ残ってたな。」
夢子はくすくすと笑う。
なぜならトラッパーもよく、夢子の為に『脱出だ!ケーキ』を持ち帰ってくれるのだ。
それは本来であればサバイバー用のケーキなのに、トラッパーはわざわざエンティティに頼み込んでいるのだった。
そしてゴーストフェイスは、トラッパーが儀式で貯めたポイントとケーキを交換している事を知っていた。
「ケーキ、好きだろう?」
夢子は頷いた。
「大好きよ。」
「じゃあ決まり。今から俺の家に行こう。」
ゴーストフェイスは手を差し出した。
夢子は少しだけ躊躇ったが、その手を取った。
ケーキはもちろん嬉しいが、夢子はそれよりもゴーストフェイスの家に興味があった。
彼は自分のテリトリーに他人が入り込むのを嫌がった。だから夢子が初めての客人だった。
*
ゴーストフェイスの家は、ごちゃごちゃとしていた。散らかっている訳では無く、物が多かった。
カメラは目に入るだけでもいくつかあった。昔ながらのフィルムカメラ。手の中に収まる小さなデジタルカメラ。
カメラに取り付けるための望遠レンズ。充電のためのコード。
机の上には筆記用具が散らばり、書類が積み重なっていた。
壁には何枚もの写真が飾られ、机の正面には彼の手製であろう儀式の場所の地図が貼られていた。
その地図には細かいメモがびっしりと書き込まれ、徹底的な下調べの上で儀式に臨む、彼の用意周到さが垣間見えた。
夢子は壁に飾られた写真の中に、自分の写真もある事に気がついた。
いつ撮られたのだろう、その姿は無防備で、カメラを意識していない。
「この写真……。」
ゴーストフェイスは夢子が指差す写真を眺めて、嬉しそうに笑った。
「良く撮れてるだろう?」
ゴーストフェイスは手を伸ばして、夢子の写真に指先で触れた。その手つきは酷く優しげだった。
夢子は背筋がぞくっとして震えた。
部屋の中を良く見ると、カメラやガラクタの他にも幾つものナイフが散らばっている事に気がついた。
夢子はゴーストフェイスの家に来た事を後悔した。
「私、やっぱり帰るよ。トラッパーに罠の手入れを頼まれてたの思い出したの。」
夢子はそう言いながら、だんだんと自分の声が小さく震えてくるのを感じた。
「どうして?まだケーキも食べてないのに。」
ゴーストフェイスは夢子の腕を掴んで、無理やり椅子に座らせた。
「ゆっくりしていきなよ。」
ゴーストフェイスは後ろから夢子の肩に手を乗せて、顔を近づけた。男物の安っぽいコロンの香りがツンと主張した。
夢子の肩が震えた。ゴーストフェイスの手が、肩から首筋に上がってきていた。その指は喉に当てられて、ゆっくりと力が込められてゆく。
「手を離して。」
夢子が強くそう言うと、ゴーストフェイスは笑って夢子から離れた。
夢子は息をついて、首筋に手を当てた。指の感触がまだ残っていた。
夢子がこの世界に迷い込んでから、もうどのくらいの月日が経ったのだろう。
夢子はキラーでもサバイバーでも無い。
彼女には何の役割も無かった。
バグ。不具合。彼女はそう呼ばれていた。
夢子はエンティティの手違いによってこの世界に迷い込んでしまっただけの存在だった。
サバイバー達は夢子と必要以上に関わろうとしなかった。
何故なら夢子はキラー達と共に過ごす事が多いからだ。
キラー達にとっても、夢子は不思議な存在だった。
夢子は彼らの暴力や殺人の衝動を呼び起こさなかった。
夢子はこの世界に馴染みつつあった。まるで霧が空気と混ざり合って見えなくなるかの様に……。
*
「ハロー、夢子。」
白いマスクの男が勝手に部屋の中に入ってきて、背後から夢子に抱き付いた。
夢子は大きく悲鳴をあげて、持っていたスポンジから洗剤の泡が跳ねた。危うく皿を落とすところだった。
「ちょっと、やめてよ!」
腕の中でもがく夢子を気にする様子も無く、ゴーストフェイスは笑った。
「悪かったよ。でも、あんまり驚いてくれるから嬉しくなっちゃうなぁ。」
ゴーストフェイスは夢子に抱き付いたままで、その肩に頭を預けた。
夢子の手は忙しく動き、洗った食器は積み上げられて山を作ってゆく。
洗い物が済んだかと思うと次はその食器を布巾で磨く。
「見てるだけじゃなくて手伝ってくれる?」
ゴーストフェイスは笑うだけだ。
その手は夢子の体に絡んだままで動かなかった。
「トラッパーに言い付けて、もう家に入れてあげないよ。」
夢子がそう言うと、ゴーストフェイスは慌てて積まれた食器を棚にしまい始めた。
「それにしても、どうしてこんなに食器だらけなんだ?パーティーでもしたみたいに。」
「パーティーっていうか、みんなで集まったんだよね。ご飯とか持ち寄って。」
「えっ!なにそれ!俺は呼ばれてないけど!」
「招待する人は、トラッパーが決めたから……。」
ごめんね、と夢子は謝った。しかしゴーストフェイスは納得いかない。
ゴーストフェイスはトラッパーと仲が悪かった。
元々の性格が違いすぎるのもあるが、夢子の存在が一番の原因だった。
ゴーストフェイスはトラッパーが普段使う大きめのマグカップを一瞥した。
「どうしてあいつと一緒に暮らしてるの?」
「私を拾ってくれたからだよ。」
夢子は初めてトラッパーと出会った時の事を思い出した。
*
初めてこの世界へ来てから、夢子は途方に暮れた。
キラーでもサバイバーでもない夢子は儀式に呼ばれる事もなかった。
何かの間違いでこの世界に迷い込んでしまったこの女をエンティティは放置した。
エンティティは儀式に影響のない夢子をわざわざ元の世界へ戻すような優しい存在ではなかった。
そもそも、夢子の存在に気付いてすらいないのかもしれない。
エンティティにとって夢子は、家の中に迷い込んだ小さな虫のように、目に付かなければ放っておかれるような……なんの価値も無い存在だった。
夢子は当てもなく歩き続けた。
道は永遠に続くように思われた。古びたガスステーションや、壁や床が壊れた教会もあった。
夢子はこの世界へ来てから食事も睡眠も必要無くなったが、疲労は感じた。
歩き疲れた夢子は、朽ちた建物の隅に隠れるようにして座り込んだ。
しばらくそうしていると、遠くのほうで足音が響く事に気が付いた。
夢子は顔を上げた。足音はだんだんと大きくなっている。
夢子はこの世界で初めて他人の存在を感じた。
「誰?」夢子の声は小さかったが、建物の中でよく響いた。
その声に気付いたのか、足音は真っ直ぐに夢子に向かってくる。その足音は夢子のすぐ側で止まった。
夢子は座ったままで、目の前の大男を見上げた。
「あなたは誰?」
夢子が問いかけても、男は何も答えなかった。
男は風変わりな格好をしていた。腕から飛び出た鉄のフック。顔を覆う不気味なマスク。
手に持った大きな肉包丁は汚れていた。黒っぽい汚れは……血だ。
ホラー映画から飛び出してきたかのようなその男は、夢子を見下ろした。
怯え切った夢子の姿を見た男は、その体を抱えて自分の住処まで連れ帰った。
男の住処は古びてはいたが、人の手が入り、住み心地は悪くなさそうだった。
夢子は男がトラッパーと呼ばれている事と、この世界での男の役割を知った。
はじめの内、トラッパーは夢子を怖がらせないように慎重に接した。
今思い返すと、あのトラッパーが恐る恐る自分に接していた事が夢子は面白く感じた。
もちろん、はじめの頃はそんな余裕は無かったが……トラッパーは見るからに恐ろしい大男だったから。
「行くところが無ければ、ここに居ればいい。」
トラッパーはそう言って、夢子を家に置いた。夢子はこの世界に来てから初めて居場所を与えられた。
二人はそれからずっと一緒に暮らしている。
トラッパーがキラーでも、その手が血と暴力で汚れていても、夢子は構わなかった。
夢子の居場所はトラッパーの側にしかなかった。
*
食器を片付け終わって、夢子はケトルに火をかけた。
コーヒーの準備をして、余り物のクッキーを何枚か皿に用意した。
「食べる?」
「もちろん。夢子の手作り?美味しそうだね。」
ゴーストフェイスは普段トラッパーが座る大きな肘掛け椅子に腰掛けて、すっかり寛いでいる。
ゴーストフェイスはずらしたマスクの隙間から器用にコーヒーを啜った。
「トラッパーが羨ましいよ。こうやってコーヒーを用意してくれる子がいてさ。」
マスクから覗くゴーストフェイスの口元はにっこりと弧を描いていた。その口元は整っていて、魅力的だ。
「もし、俺が夢子を勝手に連れて帰ったら、トラッパーは怒るだろうね。」
そう言われた夢子は、自分がこの家から出て行く事を想像してみた。
けれどもトラッパーが怒ったり悲しんだりする様には思わなかった。
トラッパーは、きっと何とも思わない。夢子が来る前の生活に戻るだけだ。
夢子は悲しげに微笑んだ。
「トラッパーは私が出て行っても気にしないと思う。」
夢子はスプーンでコーヒーをぐるぐるとかき回し続けた。不安を紛らわそうと無意識に手を動かしていたのだ。
「だって、ここに居ても良いとしか言われてないもの。」
だからいなくなっても構わない筈だと夢子は付け足した。
「じゃあ試してみる?」
ゴーストフェイスは椅子から身を乗り出して、夢子の手を取った。
ゴーストフェイスの手は、指が長くすっきりとした印象で、トラッパーのごつごつした大きな手とはまるで違った。
普段その手は黒い革手袋に隠されているので、夢子は直接触れたゴーストフェイスの手の感触や体温に緊張した。そして、この手が器用にナイフを操り、サバイバー達を切り付ける様子を想像した。
怖くなった夢子は、ゴーストフェイスの手から自分の手を引き抜いた。
「私はトラッパーと一緒に居る。」
「そっか。残念だなぁ……。じゃあ、少しだけ俺の家に遊びに来ない?トラッパーが戻るまで。」
「あなたの家に?」
「女の子が喜ぶ物は無いかもしれないけど……そういえばエンティティから貰ったケーキがまだ残ってたな。」
夢子はくすくすと笑う。
なぜならトラッパーもよく、夢子の為に『脱出だ!ケーキ』を持ち帰ってくれるのだ。
それは本来であればサバイバー用のケーキなのに、トラッパーはわざわざエンティティに頼み込んでいるのだった。
そしてゴーストフェイスは、トラッパーが儀式で貯めたポイントとケーキを交換している事を知っていた。
「ケーキ、好きだろう?」
夢子は頷いた。
「大好きよ。」
「じゃあ決まり。今から俺の家に行こう。」
ゴーストフェイスは手を差し出した。
夢子は少しだけ躊躇ったが、その手を取った。
ケーキはもちろん嬉しいが、夢子はそれよりもゴーストフェイスの家に興味があった。
彼は自分のテリトリーに他人が入り込むのを嫌がった。だから夢子が初めての客人だった。
*
ゴーストフェイスの家は、ごちゃごちゃとしていた。散らかっている訳では無く、物が多かった。
カメラは目に入るだけでもいくつかあった。昔ながらのフィルムカメラ。手の中に収まる小さなデジタルカメラ。
カメラに取り付けるための望遠レンズ。充電のためのコード。
机の上には筆記用具が散らばり、書類が積み重なっていた。
壁には何枚もの写真が飾られ、机の正面には彼の手製であろう儀式の場所の地図が貼られていた。
その地図には細かいメモがびっしりと書き込まれ、徹底的な下調べの上で儀式に臨む、彼の用意周到さが垣間見えた。
夢子は壁に飾られた写真の中に、自分の写真もある事に気がついた。
いつ撮られたのだろう、その姿は無防備で、カメラを意識していない。
「この写真……。」
ゴーストフェイスは夢子が指差す写真を眺めて、嬉しそうに笑った。
「良く撮れてるだろう?」
ゴーストフェイスは手を伸ばして、夢子の写真に指先で触れた。その手つきは酷く優しげだった。
夢子は背筋がぞくっとして震えた。
部屋の中を良く見ると、カメラやガラクタの他にも幾つものナイフが散らばっている事に気がついた。
夢子はゴーストフェイスの家に来た事を後悔した。
「私、やっぱり帰るよ。トラッパーに罠の手入れを頼まれてたの思い出したの。」
夢子はそう言いながら、だんだんと自分の声が小さく震えてくるのを感じた。
「どうして?まだケーキも食べてないのに。」
ゴーストフェイスは夢子の腕を掴んで、無理やり椅子に座らせた。
「ゆっくりしていきなよ。」
ゴーストフェイスは後ろから夢子の肩に手を乗せて、顔を近づけた。男物の安っぽいコロンの香りがツンと主張した。
夢子の肩が震えた。ゴーストフェイスの手が、肩から首筋に上がってきていた。その指は喉に当てられて、ゆっくりと力が込められてゆく。
「手を離して。」
夢子が強くそう言うと、ゴーストフェイスは笑って夢子から離れた。
夢子は息をついて、首筋に手を当てた。指の感触がまだ残っていた。