目撃者
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4
ジェドとのデートは健全なものだった。
映画館で話題のホラー映画を観て、カフェでコーヒーを飲み、暗くなる前に家まで彼女を送る。
学生時代に戻ったかのようなデートだった。
ジェドは夢子の事を酷く心配していて、あまり遅くまで外に連れ出したくないと言った。
そして手を繋いだり、体に触れようともしなかった。
ジェドはどこまでも真面目で誠実だった。
夢子は大切に扱われる喜びと、少しの物足りなさを感じた。
帰り際に、ジェドは今日の朝刊を夢子に渡した。
「君の記事が採用されたんだ。名前は伏せてるから安心して。」
夢子は黙り込んでジェドを見つめた。
きっと犯人もこの朝刊を読んでいるはずだ。
そして目撃者である夢子の存在を知って、恨んだり何か行動を起こすかもしれない。
ジェドは不安げに揺れる夢子の目を見つめ返した。
「大丈夫だよ。夢子」
ジェドは少し躊躇ったように、落ち着きなく辺りを伺った。
そして少し背を屈めて夢子に軽くキスをした。
唇が触れ合って、お互いの息が混ざり合った。
「またね。」
ジェドは照れ臭そうに微笑んで、小さく手を振って車に乗り込んだ。
ジェドの車を見送る間も夢子の心臓はどくどくと音を立てていた。
家に入り、ドアを背にして夢子は唇に手を当てた。
まだ、ジェドの唇の感触が残っていた。
*
夢子は映画の半券や飲みかけのペットボトルを鞄から出した。
映画は怖くて面白かった。驚かすシーンで夢子が悲鳴を上げると、そんな夢子をジェドは優しく見つめた。
カフェで食べたチーズケーキの甘さ。コーヒーカップから立ち上る香り。
デートの間中ジェドはよく微笑んでいた。
一日を振り返りながら、夢子は自然と微笑んでいた。
優しいジェド。彼との平和で穏やかなデート。
もし、またデートする機会があれば……きっと付き合う事になるだろう。夢子はそう思った。
夢子はジェドに惹かれつつあった。
激しく燃えるような恋愛ではなくて、穏やかで温かな感じだった。
きっと彼と付き合えば、幸せな恋愛が出来るはずだ。
鞄を整理し終わってから夢子はジェドに貰った新聞を広げた。
『勇気ある証言』
見出しの大きな文字が目に飛び込んだ。一面に、夢子のインタビューが載っていた。
目撃された犯人の容貌、事件の状況……。今までに起きたゴースト事件と絡めて、犯人の行動や特徴を炙り出そうという試みの記事だった。
『犯人は身近に潜み、被害者の隙を狙って犯行を重ねている。だが、犯人の姿は既に撮影されている。目撃者も出てきた。犯人は少しずつ確実に追い込まれているだろう。』
記事はそう締め括られていた。
……本当に?夢子は新聞を閉じた。
撮影された犯人の顔はマスクで覆われていて、容姿も年齢も性別も分からないのに?
きっと犯人はどこからか事件の記事や報道を見て嘲笑っているのだ。
だから未だにこの町で犯行を繰り返している。
新聞を机の上に置いた夢子はテレビのスイッチをオンにしてぼんやりと眺めた。
画面ではコメディアンが軽快なトークで観客を笑わせていた。
テレビの向こうはいつも明るく賑やかで、一人暮らしの夢子の部屋とは違う世界のようだった。
電話のコール音が大きな音を鳴らし、夢子は受話器を取った。
女友達がデートの感想でも聞こうと電話してきたのだろう。
……それに、もしかするとジェドかもしれない。
"家に着いたよ。今日は楽しかったね。"そんな電話をするような真面目な男だ。
「ハロー?」
夢子は受話器の向こうに声をかけた。
「ハロー夢子。」
夢子はぞっとした。
その声は低くて滑らかで、そして不気味だった。
「また、あなたね?」
「そう、まただ。」
男はくっくと笑う。
「君は最近、何人も違う男とデートしているだろう?ビリー、スチュアート、ローマン、ジェド……。」
夢子は息を飲んだ。全員がデートの相手の名前だった。
「見ていたの?」
男は返事をせず笑うだけだ。
「ストーカーね?通報するわよ。」
夢子は恐怖や不安を出さない様に、毅然とした態度でそう言った。
「通報?……まぁ、慌てるなよ。警察が来る前にちゃんと戸締りはしておいた方が良いな……そう、キッチンにある勝手口とか。」
血の気が引いた。まるで心臓が凍り付くようだった。
夢子は受話器を持ったまま、小走りにキッチンに向かった。
勝手口のドアは少しだけ開いていて、風でカーテンが揺れていた。
外は真っ暗で、人影も何も見えなかった。
夢子はドアを閉めて鍵をかけた。
棚から包丁を取り出して手に構える。
「家に来たの ?」
「ノーコメントだ。」
「あなた、ゴーストフェイスでしょう?あの事件の犯人の。それともただの愉快犯?」
「どうかな?」
「何が目的なの?」
「君と話をしたいだけさ。」
男は笑った。電話越しの笑い声はくぐもって、不気味に響いた。
「なぁ、俺ともデートしてくれよ。場所は……そうだな、映画館でホラー映画でも観に行かないか?それとも……。」
夢子はごくりと唾を飲み込んだ。
壁に背中をつけて包丁を構える。
別の部屋からガシャンと窓が割れる音が響いた。
恐怖で全身から血の気が引いて、呼吸をする度に心臓が口から飛び出しそうな感じだった。
廊下を歩く音が響く。足音はだんだんとキッチンへ近づいて来た。
勝手口から逃げ出して近所に助けを求めたら良いのに、何故だか足が動かなかった。
夢子はホラー映画の登場人物のように、愚かにもその場に留まって犯人が現れるのを待ち構えていた。
*
ゴーストフェイスは、監視カメラに撮影されたそのままの姿だった。
全身黒っぽい服を身に付けていて、顔を隠すマスクだけが白い。
ゴーストフェイスは夢子に近寄った。
「近寄ったら刺すわよ。」
夢子はゴーストフェイスに向けて包丁を構えた。汗で手が滑り、その刃先は震えていた。
「危ないだろう?」
ゴーストフェイスはさらに近付いた。慎重に、夢子の出方を伺いながら。
夢子がナイフを振りかぶり、ゴーストフェイスは咄嗟に身を引いた。そしてその腕を掴んで捻り上げた。
夢子は痛みで顔をしかめた。
男の力で強く捻られて、骨がみしみしと音を立てた。包丁は既にゴーストフェイスに奪い去られたが、それでも掴まれた手の力が弱まる事は無かった。
痛みで歪んだ夢子の顔を、ゴーストフェイスは見下ろした。
「離して!」
夢子は大声で叫ぶが、ゴーストフェイスは更に力を込めて夢子の腕を掴んだ。
その視線は夢子を捉えたままで、まるで夢子が苦痛を感じる様子を楽しんでいるかの様だった。
夢子はゴーストフェイスの体を拳で叩き、足で蹴った。
ゴーストフェイスはナイフを夢子に向けた。
「暴れるな。」
ナイフの刃が夢子の首筋に当てられた。
ヒヤリとした刃の感触に、夢子は慄いた。もがくのをやめて、その刃が食い込まないように身を固くした。
「良い子だ。動くと肌が切れるぜ。」
ゴーストフェイスはナイフを持つ手を動かした。
首筋から胸へ。胸から腰へ。
服に隠された女の肉体を浮かび上がらせるように、体のラインに沿ってナイフを滑らせた。
夢子は顔を動かさずに視線だけでゴーストフェイスを見た。
不気味だがどこか滑稽な白いマスク。
マスクは夢子の顔に向いていて、夢子はその視線を感じた。
ゴーストフェイスはマスクの奥で唇を舐めた。
そして体の奥から迫り上がってくる興奮と喜びに目を細めた。
「可愛い夢子。明日のトップニュースになるよ。君の写真はさぞ新聞に映えるだろうね。」
夢子の心臓が跳ねた。直接聞くゴーストフェイスの声は低くて滑らかで、そして夢子はこの声を知っている。
「見出しはどうする?『目撃者、死す』?『ゴーストフェイスの復讐』?」
マスクの奥から笑い声が漏れた。
夢子の目から涙が溢れる。
どうして?なぜ、あなたが?
「ジェド……。」
夢子はその名前を呼んだ。
「ジェド。ジェド・オルセン。新聞記者の?」
ゴーストフェイスは夢子に問い掛けた。
「奴は本当に存在するのか?ゴーストじゃないのか?」
ゴーストフェイスの言葉に、夢子は今になってジェド・オルセンについて何も知らない事に気が付いた。
職場や、名刺に書かれた名前。それを証明するものは何も無い。
彼の過去……フリーの記者として各地を転々としていたと彼は話すが、それは真実なのか、誰も知らなかった。
ゴーストフェイスは乱暴に夢子の衣服に手をかけた。
ナイフで生地に切れ目をつけて、引き裂いてゆく。
あらわになった肌にナイフの刃を滑らせると、血が浮かび上がった。
「映画、楽しかったね?」
ゴーストフェイスは親しげにそう言った。ジェドのように。
ナイフの刃が皮膚を突き破り、血が吹き出した。
何度も突き刺さるナイフは、夢子の未来を奪い去った。
夢子の目が最後に映したのは、白いマスクの殺人鬼の姿だった。
5
夢子が目覚めると、そこは霧に包まれた世界だった。
霧と木と焚き火。辺りを見渡すが誰もいなかった。
夢子は自分の胸や腹に手を当てた。肌は滑らかで傷はなかった。
あの出来事は夢では無い。
確かにナイフが突き刺さる感覚があった。
それでも夢子は生きていて、怪我も無くこの場で佇んでいる。
遠くで悲鳴が聞こえた。
誰かが走る音や、何かの機械の音も。
夢子が戸惑っていると、音もなくその人物は姿を現した。
暗闇に溶け込むような黒っぽい衣装。顔を隠すマスクだけが白かった。
「夢子。」
ゴーストフェイスは一歩ずつ夢子に近付いた。
彼の黒い衣装は血と泥に汚れているが、手に持つナイフの刃は良く手入れされてピカピカだった。
「また会えた。殺しても、もう一度会えるなんてね。俺たちは運命の相手かもしれないね?」
ゴーストフェイスの声は滑らかだった。まるで彼の持つよく手入れされたナイフの刃のように。
「この世界には少し飽きていたんだ。だから夢子が参加してくれて嬉しいよ。」
ゴーストフェイスの言葉の意味が分からなくて、夢子は戸惑った。
「儀式を繰り返せば、そのうち分かるさ。でも、夢子には特別に俺が教えてあげるよ。」
ゴーストフェイスは馴れ馴れしく夢子の肩を抱いた。
ナイフの刃が脇腹に当てられていて、抵抗は許されなかった。
「ただの鬼ごっこさ。君たちは発電機を修理して、ゲートから脱出する。それだけだよ。」
ゴーストフェイスはナイフで大きな鉄のフックを指した。
「俺は、あのフックに君たちを吊るす。俺が鬼の役で君たちは逃げる役割。俺たちはこれを何度も繰り返してるんだよ。」
夢子は不審そうにゴーストフェイスを見つめた。
この世界でのルールが全く飲み込めていなかった。
「その内慣れるよ。君たちは嫌でもこの儀式を繰り返さなければならないんだから。」
ゴーストフェイスは笑う。
その笑い声はどこか狂気じみていて、夢子を怯えさせた。
「大丈夫。君はもう死なない。何度でも蘇るんだ。君はエンティティの大事な駒だからね。」
「エンティティって?」
「この世界の支配者ってところかな?さぁ、もう儀式を再開しろって煩くなってきた。」
夢子はゴーストフェイスが狂っているのだと思った。
だが、脇腹にナイフが突き刺さり、鉄のフックに吊られた瞬間に全てを理解した。
ゴーストフェイスは、夢子の魂がエンティティに連れ去られるのを最後まで見続けた。
「夢子。」
ゴーストフェイスは夢子の名前を呼んだ。夢子は元の世界の唯一の繋がりだった。
「夢子。君もこの世界に呼ばれてしまったんだね。」
ゴーストフェイスは夢子を哀れに思った。それは彼らしくない感情だった。
この時になって、ゴーストフェイスは夢子への好意に気が付いた。
しかし彼は殺人鬼で、夢子の脱出を阻止しなければならなかった。
そしてこの儀式を永遠に繰り返さなければならない。
この馬鹿げた儀式を。
ゴーストフェイスのナイフは夢子の血で汚れたままだった。
おわり