目撃者
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1
ジェド・オルセンはテーブルの上に乗せたテープレコーダーのスイッチを押した。
テープが回っているのを確認して、正面に座る夢子に頷いた。
「それじゃあ始めよう。」
そこは新聞社の一室だった。
小さな地元の新聞社だから、建物は少し年季が入り、窓の建て付けや床材のざらつきが古さを感じさせた。
部屋にはソファとコーヒーテーブルが置かれ、飾りは壁にかけられた花の絵画と、ガラス製の灰皿だけだった。
部屋の外ではタイピングの音と電話の音が鳴り響き、人の話し声が絶える事はなかった。
ジェドは、ごく普通の青年だった。
穏やかで真面目そうで、見るからに誠実そうな青年。
彼は自身を記者だと名乗り、そして夢子に取材を申し込んだ。
ジェドはこの町で起きている連続殺人事件を追っていたのだ。
*
「今日は1993年○月○日。時刻は14時丁度。まずは名前を教えてくれる?」
ジェドは夢子に視線を向けて、返事をするように合図をした。
「夢子です……。」
「そう、夢子。事件の夜について話してくれるかい?」
夢子は頷いた。
「あの日は……そう、丁度一週間前でした。いつもより忙しくて残業したんです。たしか夜の9時を過ぎていた……そう記憶しています。」
「続けて。」
「えっと、帰り道だったんです。職場のカフェを出て、家に帰る途中でした。歩いて10分くらいの所に家があるんです……。」
夢子は事件の日の事を思い出しながら話し続けた。
*
事件の夜、夢子は民家を横切る人影を見た。
その人物は黒い服を着て頭にはフードをかぶり、まるで夜の闇の中に隠れるようにして静かに動いていた。
夢子何となく違和感を覚えた。
あの民家の住人では無い。すぐにそう思った。
夢子の肌が粟立ち、心臓はどくどくと音を立てた。
夢子は不安でいっぱいになった。それでもこの場所に留まり、何が起こるのか見届けなければならない。不思議とそんな義務感に駆られた。
夢子は物陰に身を潜めて様子を伺う事にした。
最近、この町には殺人事件が立て続けに起こっていた。
どの事件も共通して、場所は被害者の自宅だった。そしてどの被害者も刃物で滅多刺しにされ、その命を奪われていた。
黒づくめの衣装と白いお化けのマスクを付けた犯人の姿が撮られてからは、この事件はゴースト事件と呼ばれるようになった。
犯人はゴーストが闇の中に消えてしまうかのように、痕跡を残さない。
被害者たちには繋がりも接点も無い。年齢、性別、職業。どれもバラバラだった。そしてそれが犯人の特定を難しくしていた。
民家の窓から見えるのは、部屋の明かりと壁紙くらいだが、時折チラチラとした影が部屋の明かりを遮った。
何も起こらないかもしれない。
それならそれで良かった。だがもし、あの人物がゴースト事件の犯人だとしたら……。
夢子が息を潜めて見張っていると、何かが割れる音が響いた。
怒声。大きな物音。ひとつの悲鳴。
その悲鳴を最後に、何も聴こえなくなった。
夢子は恐怖でその場に立ち竦んだ。
周囲を見渡しても、どの家も静まり返っていた。
夜の闇と静けさが辺りを包み、まるで何事も無かったかのように、普段と変わらないひっそりとした静かな街並みしかなかった。
夢子は心臓を落ち着かせようと、胸に手を当てた。
この静かな町の中で、事件が起きている。たった今。目の前で。
夢子は恐怖で身動きが取れなくなった。息をするのでさえ気を使うくらいに、辺りは静まり返っていた。
衣擦れの音や足元の芝生を踏みつける音なんかが、やけに煩く響いた。
夢子は意を決してその場から走り電話ボックスへ駆け込んだ。そして震える指で受話器を取り、三桁の緊急番号をコールした。
*
通報から程なくして、警察が事件を確認した。
被害者は若い男性で、まるで犯人はこの日を選んだかのように、他の家族は全員出掛けていた。
死因は刃物による失血死だった。
"また"だ。
駆けつけた警官はひと目見てそう思った。また、ゴーストフェイスだ。
残された傷は何箇所にも及び、そのどれもが深く鋭かった。
*
夢子は警察署で、見た事や聴いた事。その日の出来事を全て話した。
一通りの事情聴取を終えて、取調室から待合室に出ると、一人の男が近寄って来た。
ジャケットとスラックスを身につけた、まだ年若い男だった。
彼は中肉中背で目立つ特徴も無いが、穏やかな物腰や、親しみやすい雰囲気を持ち合わせていた。
「はじめまして。俺はジェド・オルセン。記者なんだ。」
そう言って男は夢子に名刺を差し出した。
名刺にはジェド・オルセンという男の名前と、地元の新聞社の社名が記されていた。
「俺はゴースト事件を追っていてね。君は目撃者なんだろう?」
夢子は首を左右に振った。
「ごめんなさい。疲れていて……。」
夢子の顔はまっ青で、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
ジェドは心配そうに夢子の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?もしよければ車で送っていこうか?」
「大丈夫です。恋人を呼びますから。」
「そうか。それが良いね。じゃあ、落ち着いたら連絡してくれる?」
夢子は曖昧に返事をした。
それきり夢子は何も言わず、ジェドもその場から立ち去った。
*
夢子が何度か電話を掛けても、恋人とは連絡が取れなかった。
最近連絡が取れない事が多かったが、
このタイミングで連絡が取れない事に悲しみを感じた。
代わりに女友達が迎えに来てくれる事になったので、夢子は待合室に戻った。
迎えが来るまでの間、薄寒い待合室で夢子が一人で座っていると、あの新聞記者の男が再び姿を現した。
彼、ジェドは紙のカップに入った熱いホットチョコレートを夢子に差し出した。
「ホットチョコレートで良かった?コーヒーもあるけど。」
カップの温もりと甘い香りに誘われて、夢子はカップを受け取った。
「ありがとう。」
夢子はジェドの善意を有り難く受け取った。
ホットチョコレートは熱くて、とろけるように甘かった。それは張り詰めた緊張を溶かすような甘さだった。
「少しは落ち着いた?」
ジェドは夢子に微笑みかけた。その微笑みもまた、温かくて甘かった。
「迎えが来るまで一緒にいて良い?」
夢子は頷く。
彼は他人だが、今は誰かに隣にいて欲しかった。それに彼は夢子に事件の事をひとつも聞かなかった。
ただ、不安と悲しみに震える夢子の隣にいて、熱いコーヒーを啜るだけだった。
やがて女友達の車が来て、夢子はジェドと別れの挨拶をした。
「ありがとうございました。」
「どういたしまして。それじゃ、気が向いたらいつでも連絡してね。」
ジェドは小さく手を振って、夢子を見送った。
ジェドは夢子を見ていた。その姿が小さくなって見えなくなっても、車が走り去った後も。
彼女は友達から夢子と呼ばれていた。
ジェドは手帳を取り出して、夢子の名前を書き込んだ。彼女を調べなければならない。
ジェドは小さく微笑んだ。彼の楽しみがまた一つ増えたのだった。
2
『ゴースト事件、これで5人目』『止まらない恐怖。戸締りは厳重に!』『またしても手掛かり無し』
『目撃者はカフェの店員』『犯人は身近に潜む?』
一夜明けて、様々な新しい情報が街中に溢れた。新聞やテレビはこぞってゴースト事件を報道した。
夢子は家にこもって、テレビのニュース番組を見続けた。昨夜に目撃した人影は、やはり犯人だったのだ。
*
電話のコール音が、部屋の中でけたたましく鳴り響いた。夢子は電話に視線を向けたが、一瞬、受話器を取るのに躊躇した。
恋人からの連絡かもしれない。昨夜か
ら連絡が取れず、そのままだった。
夢子は深呼吸をして、受話器に手を伸ばした。
「ハロー。夢子。」
その声は低くて滑らかで、そして知らない声だった。
「誰?」そう夢子は問いかける。「誰なの?」
声の主は小さく笑う。
「誰かな?君の知ってる人だ。当ててごらんよ。」
「分からないわよ。イタズラはやめて。」
夢子は電話を切って受話器を置いた。
あり得ないと思いながらも、頭の片隅に、電話の主は殺人事件の犯人ではないかという考えが過った。
もう一度電話のコール音が鳴る。
夢子はびくっと体を震わせて、もう一度受話器を取った。
「もう、やめてよ!」そう大声で叫ぶと、戸惑ったような声が受話器の奥から聞こえた。
「夢子?どうしたの?一体……。」
それは恋人の声で、夢子ははっとした。「ごめん。さっきイタズラ電話があって……。」
夢子は泣きたい気分だった。この恋愛関係はそろそろ終わるだろう。
ジェド・オルセンはテーブルの上に乗せたテープレコーダーのスイッチを押した。
テープが回っているのを確認して、正面に座る夢子に頷いた。
「それじゃあ始めよう。」
そこは新聞社の一室だった。
小さな地元の新聞社だから、建物は少し年季が入り、窓の建て付けや床材のざらつきが古さを感じさせた。
部屋にはソファとコーヒーテーブルが置かれ、飾りは壁にかけられた花の絵画と、ガラス製の灰皿だけだった。
部屋の外ではタイピングの音と電話の音が鳴り響き、人の話し声が絶える事はなかった。
ジェドは、ごく普通の青年だった。
穏やかで真面目そうで、見るからに誠実そうな青年。
彼は自身を記者だと名乗り、そして夢子に取材を申し込んだ。
ジェドはこの町で起きている連続殺人事件を追っていたのだ。
*
「今日は1993年○月○日。時刻は14時丁度。まずは名前を教えてくれる?」
ジェドは夢子に視線を向けて、返事をするように合図をした。
「夢子です……。」
「そう、夢子。事件の夜について話してくれるかい?」
夢子は頷いた。
「あの日は……そう、丁度一週間前でした。いつもより忙しくて残業したんです。たしか夜の9時を過ぎていた……そう記憶しています。」
「続けて。」
「えっと、帰り道だったんです。職場のカフェを出て、家に帰る途中でした。歩いて10分くらいの所に家があるんです……。」
夢子は事件の日の事を思い出しながら話し続けた。
*
事件の夜、夢子は民家を横切る人影を見た。
その人物は黒い服を着て頭にはフードをかぶり、まるで夜の闇の中に隠れるようにして静かに動いていた。
夢子何となく違和感を覚えた。
あの民家の住人では無い。すぐにそう思った。
夢子の肌が粟立ち、心臓はどくどくと音を立てた。
夢子は不安でいっぱいになった。それでもこの場所に留まり、何が起こるのか見届けなければならない。不思議とそんな義務感に駆られた。
夢子は物陰に身を潜めて様子を伺う事にした。
最近、この町には殺人事件が立て続けに起こっていた。
どの事件も共通して、場所は被害者の自宅だった。そしてどの被害者も刃物で滅多刺しにされ、その命を奪われていた。
黒づくめの衣装と白いお化けのマスクを付けた犯人の姿が撮られてからは、この事件はゴースト事件と呼ばれるようになった。
犯人はゴーストが闇の中に消えてしまうかのように、痕跡を残さない。
被害者たちには繋がりも接点も無い。年齢、性別、職業。どれもバラバラだった。そしてそれが犯人の特定を難しくしていた。
民家の窓から見えるのは、部屋の明かりと壁紙くらいだが、時折チラチラとした影が部屋の明かりを遮った。
何も起こらないかもしれない。
それならそれで良かった。だがもし、あの人物がゴースト事件の犯人だとしたら……。
夢子が息を潜めて見張っていると、何かが割れる音が響いた。
怒声。大きな物音。ひとつの悲鳴。
その悲鳴を最後に、何も聴こえなくなった。
夢子は恐怖でその場に立ち竦んだ。
周囲を見渡しても、どの家も静まり返っていた。
夜の闇と静けさが辺りを包み、まるで何事も無かったかのように、普段と変わらないひっそりとした静かな街並みしかなかった。
夢子は心臓を落ち着かせようと、胸に手を当てた。
この静かな町の中で、事件が起きている。たった今。目の前で。
夢子は恐怖で身動きが取れなくなった。息をするのでさえ気を使うくらいに、辺りは静まり返っていた。
衣擦れの音や足元の芝生を踏みつける音なんかが、やけに煩く響いた。
夢子は意を決してその場から走り電話ボックスへ駆け込んだ。そして震える指で受話器を取り、三桁の緊急番号をコールした。
*
通報から程なくして、警察が事件を確認した。
被害者は若い男性で、まるで犯人はこの日を選んだかのように、他の家族は全員出掛けていた。
死因は刃物による失血死だった。
"また"だ。
駆けつけた警官はひと目見てそう思った。また、ゴーストフェイスだ。
残された傷は何箇所にも及び、そのどれもが深く鋭かった。
*
夢子は警察署で、見た事や聴いた事。その日の出来事を全て話した。
一通りの事情聴取を終えて、取調室から待合室に出ると、一人の男が近寄って来た。
ジャケットとスラックスを身につけた、まだ年若い男だった。
彼は中肉中背で目立つ特徴も無いが、穏やかな物腰や、親しみやすい雰囲気を持ち合わせていた。
「はじめまして。俺はジェド・オルセン。記者なんだ。」
そう言って男は夢子に名刺を差し出した。
名刺にはジェド・オルセンという男の名前と、地元の新聞社の社名が記されていた。
「俺はゴースト事件を追っていてね。君は目撃者なんだろう?」
夢子は首を左右に振った。
「ごめんなさい。疲れていて……。」
夢子の顔はまっ青で、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
ジェドは心配そうに夢子の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?もしよければ車で送っていこうか?」
「大丈夫です。恋人を呼びますから。」
「そうか。それが良いね。じゃあ、落ち着いたら連絡してくれる?」
夢子は曖昧に返事をした。
それきり夢子は何も言わず、ジェドもその場から立ち去った。
*
夢子が何度か電話を掛けても、恋人とは連絡が取れなかった。
最近連絡が取れない事が多かったが、
このタイミングで連絡が取れない事に悲しみを感じた。
代わりに女友達が迎えに来てくれる事になったので、夢子は待合室に戻った。
迎えが来るまでの間、薄寒い待合室で夢子が一人で座っていると、あの新聞記者の男が再び姿を現した。
彼、ジェドは紙のカップに入った熱いホットチョコレートを夢子に差し出した。
「ホットチョコレートで良かった?コーヒーもあるけど。」
カップの温もりと甘い香りに誘われて、夢子はカップを受け取った。
「ありがとう。」
夢子はジェドの善意を有り難く受け取った。
ホットチョコレートは熱くて、とろけるように甘かった。それは張り詰めた緊張を溶かすような甘さだった。
「少しは落ち着いた?」
ジェドは夢子に微笑みかけた。その微笑みもまた、温かくて甘かった。
「迎えが来るまで一緒にいて良い?」
夢子は頷く。
彼は他人だが、今は誰かに隣にいて欲しかった。それに彼は夢子に事件の事をひとつも聞かなかった。
ただ、不安と悲しみに震える夢子の隣にいて、熱いコーヒーを啜るだけだった。
やがて女友達の車が来て、夢子はジェドと別れの挨拶をした。
「ありがとうございました。」
「どういたしまして。それじゃ、気が向いたらいつでも連絡してね。」
ジェドは小さく手を振って、夢子を見送った。
ジェドは夢子を見ていた。その姿が小さくなって見えなくなっても、車が走り去った後も。
彼女は友達から夢子と呼ばれていた。
ジェドは手帳を取り出して、夢子の名前を書き込んだ。彼女を調べなければならない。
ジェドは小さく微笑んだ。彼の楽しみがまた一つ増えたのだった。
2
『ゴースト事件、これで5人目』『止まらない恐怖。戸締りは厳重に!』『またしても手掛かり無し』
『目撃者はカフェの店員』『犯人は身近に潜む?』
一夜明けて、様々な新しい情報が街中に溢れた。新聞やテレビはこぞってゴースト事件を報道した。
夢子は家にこもって、テレビのニュース番組を見続けた。昨夜に目撃した人影は、やはり犯人だったのだ。
*
電話のコール音が、部屋の中でけたたましく鳴り響いた。夢子は電話に視線を向けたが、一瞬、受話器を取るのに躊躇した。
恋人からの連絡かもしれない。昨夜か
ら連絡が取れず、そのままだった。
夢子は深呼吸をして、受話器に手を伸ばした。
「ハロー。夢子。」
その声は低くて滑らかで、そして知らない声だった。
「誰?」そう夢子は問いかける。「誰なの?」
声の主は小さく笑う。
「誰かな?君の知ってる人だ。当ててごらんよ。」
「分からないわよ。イタズラはやめて。」
夢子は電話を切って受話器を置いた。
あり得ないと思いながらも、頭の片隅に、電話の主は殺人事件の犯人ではないかという考えが過った。
もう一度電話のコール音が鳴る。
夢子はびくっと体を震わせて、もう一度受話器を取った。
「もう、やめてよ!」そう大声で叫ぶと、戸惑ったような声が受話器の奥から聞こえた。
「夢子?どうしたの?一体……。」
それは恋人の声で、夢子ははっとした。「ごめん。さっきイタズラ電話があって……。」
夢子は泣きたい気分だった。この恋愛関係はそろそろ終わるだろう。