支配の手
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人は眠りに就くと、ナイトディメンションという異次元世界へと旅立つ。そして、そこには二つの世界が存在している。
ナイトピアとナイトメア……。
二つの世界は対となり、人々に幸福な夢や悪夢をもたらした。
ビジターと呼ばれる夢の訪問者たちは、イデアという光を持っている。
純粋、成長、知性、希望、勇気というものがイデアの本質である。
そのイデアの光が造り出した空間がナイトピアなのである。
---
夢の世界に一人のビジターが迷い込んだ。
彼女の名前は夢子。
茶色の髪と緑の瞳。手足はほっそりと長いが、胸や腰は女性らしく丸みを帯びていた。
夢子の年齢は少女を通り過ぎようとしていた。
夢子が持つイデアの光によって造り出された夢の世界は、とても優しく美しい場所だった。
夢子はさらさらと流れる水に手を浸したり、あちこちで飛び回っては歌ったり演奏したりするピアンたちに声を掛けた。
どこにいても柔らかな光が照らし、心地よいそよ風が吹く。
あちこちで花の蜜を求めて飛ぶ蜂の羽音が賑やに鳴り響く。
鉄アーチの門には赤い薔薇のつるが絡んで垂れ下がり、足元にはスミレやスイセンやライラックが咲いていた。
春の訪れを感じさせる可愛らしい庭の小道を歩いて行くと、緑は濃い色に変化し花の香りはより芳烈なものとなった。
歩けば歩くほど庭の様子は変化し続けた。春の花から夏の花へと変化していき、夏の花から秋の花へと変化していった。
夢子はいくつか花を摘んでは庭を愛でた。
あてもなくぶらぶらと歩きまわり、ナイトピアという空間を楽しんだ。
ナイトピアにいる間、夢子は自由でいられた。
幼い少女のように庭の中を駆け回り、大声で歌ったりできた。
*
賑やかなナイトピアを一頻り満喫した後、大きな木が作る木陰の下で夢子は座って休憩していた。
葉の間に青い空がちらちらと見える。
ただそうしているだけでも心は幸福感で満たされるのだった。
悲しみや苦痛から解放されて、幸福の波に溶けてしまいそうな夢子の意識を揺り戻すように強い風が吹いて、夢子の茶色の髪をすくい上げた。
「まるで、おとぎ話のお姫様みたいだね」
低い声が手ぐしで髪の乱れを直す夢子に向けて話しかけた。
声に驚いたピアンたちは、蜘蛛の子を散らすように一斉に夢子の周りから飛び去った。
羽根のない夢子は空へ逃げる事もできず、不安げにきょろきょろと視線を動かして辺りを伺った。
「上だよ」
夢子が顔を空へ向けると、木の枝に足を組んで座る人物の姿が目に入った。
「初めまして、夢子。私はリアラ。君を迎えに来たんだ」
リアラは枝の上から降りて、戸惑う夢子の顔を覗き込んだ。
赤と黒の帽子とブーツ。肌の色は青白い。
ナイトメアンであるリアラの顔立ちはどこか恐ろしく、唇を吊り上げる笑い方は優しさや温かみを一つも感じさせない。
夢子は身を引いてリアラと距離を取った。
リアラは目の前の少女に恐怖を与えないように出来る限りの友好的な態度を取って話しかけた。
「私の姿が恐ろしいのか?私はナイトメアンだから、仕方がない事かもしれないが。だが安心してくれ!私は決して君に危害は加えないと約束できる」
そう言ってリアラは夢子の手を取った。
「大丈夫、そのまま……私に身を預けるんだ」
夢子はこくりと頷いた。
リアラは唇を吊り上げると、夢子の体を容易く抱き上げた。
細身の体に不釣り合いなほど、その腕は逞しかった。
リアラが力強く地面を蹴り、空へと飛び上がった。
木陰を作っていた大きな木も、四季を詰め込んだ大きな庭も直ぐに小さくなって、やがて見えなくなった。
夢子はリアラの首に手を回して、ぴったりと体を寄せた。
勿論リアラは夢子を落とさないように丁寧に扱ったが、それは愛しい乙女を抱えるなどというロマンティックなものでは無く、頼まれた『荷物』を運ぶようなものだった。
*
リアラが夢子を迎えに来たのは、リアラを生み出した存在……ナイトメアの支配者であるワイズマンの元へと運ぶためだった。
夢子を抱えたリアラは、柔らかな光の届くナイトピアを抜けて、薄暗いナイトメアへと飛んだ。
幾つもの扉を潜りぬけ、毒々しい色遣いの壁に囲まれた長い廊下を通り過ぎてゆく。
その間夢子は落ち着かない気分でいた。
多くのビジターはナイトメアという空間を悪夢の世界だと感じるのだ。
夢子は早く到着する事を願っている内に、ただ暗闇が広がる空間へと入り込んでいる事に気がついた。
そこには巨大な体を持つ存在が居た。
青いマントをはおってはいるが、そのマントの中は何も存在しなかった。
本来顔がある部分には銀色の兜があり、その兜には枝のように折れ曲がった角が幾本も生えていた。
その体を囲うように6つの手が空中に浮いていて、それぞれの手の平には目がついていた。
彼こそがナイトメアの支配者ワイズマンだった。
リアラはワイズマンの手の上に夢子を降ろした。
リアラは跪き、主人に挨拶をすると直ぐに飛び立ってしまった。
ワイズマンは6つの手で夢子の体をすくい上げ、6つの目で夢子の体を調べた。
余すところなく念入りに……まるで捕らえた罪人を尋問するかのように6つの手は絶えず動き回り、夢子の体に触れ、そして見つめた。
ワイズマンと向かい合った夢子は直ぐに悟った。
夢の世界には、想像を絶するほどの大きな力を持つものが存在しているのだと……。
夢子は、ナイトメアの世界やワイズマンという存在を否定するのは馬鹿げた事だと感じていた。
夢子は勇気のイデアを持っていなかった。
受け入れる他は無いのだ。
「我はお前に興味を抱いた。何故なら夢の世界に対するお前の望みは、支配だからだ」
ワイズマンの声が夢子の頭の中に響く。
夢子は返事をしなかった。
返事をしなくとも、ワイズマンは夢子の考えを読み取る事ができるのだ。
夢子は支配を望んでいた。
幼い頃から支配を受けて育った彼女は、それ以外の他者との関わり方を学ぶことが出来なかった。
そして夢子は、支配と同時に、許しや愛情を求めていた。
*
ナイトメアの創造主であるワイズマンの愛を求めたビジターなど、夢子の他に誰もいなかった。
夢子はワイズマンの支配を望んでいた。
大きな存在による支配を。絶対的な存在による支配を。
そしてワイズマンも、この不幸な少女を愛していた。
大人へと変化しつつある自身を否定し、幼子のように無邪気に笑いワイズマンの手に頬を寄せる夢子を、6つの手が優しく包み込んだ。
まるで彼女を脅かす現実の世界から守るような優しい手つきだった。
ワイズマンは、夢子が今まで得られなかった存在だった。
夢子は一人ぼっちだった。
それなのにどうして初めて得た愛や庇護の手を拒むことが出来るだろうか?
ナイトメアの支配者の手の中に居ても、夢子が見ているのは幸福な夢だった。
最早ナイトメアにおいても悪夢は存在しなかったのだ。
ワイズマンは夢子を愛した。
6つの手は平等に夢子の体を撫で、6つの目は隅々まで夢子の体を見つめた。
夢子はワイズマンの手の中で目を閉じて、与えられる愛を受け入れた。
ワイズマンが造り出した空間には、彼と彼が愛する少女しか存在しなかった。
その静寂と暗闇が支配する空間に幾つもの優しい光が生まれ、眩い光の粒がきらきらと輝きを放つ。
ワイズマンの青いマントの衣擦れが穏やかな音の波となって夢子を包み込み、愛と喜びを語るワイズマンの低い声は夢子の耳をくすぐった。
ヒトが生まれた時代……ヒトが夢というもう一つの世界を理解した頃に出現したワイズマンという存在。
ワイズマンは自身の全てを小さな少女の体に注ぎ込んだ。
数十万年という時間を経たワイズマンの膨大な量の記憶や感情は夢子という存在を押し流してしまうほどに止めどなく頭の中に流れ込んだ。
今や夢子の魂はワイズマンと一体となっていた。
夢子はワイズマンを手に入れたのだ。
*
自分の体の中に意識が戻った夢子は、自分を見つめる6つの目を見つめ返した。
そしてその指先にキスをして小さく微笑んだ。
「貴方の愛が私の中に満ちているのを感じます。今、私はとても幸せです……」
夢子はワイズマンの指に抱きついて、頬を寄せた。
頬を上気させ、瞳を潤ませて甘い吐息をもらす夢子の姿を6つの目は見つめていた。
「お前は大人になった。それは目覚める時が来たという兆しでもある。我はワイズマン……ナイトメアの支配者……所詮、夢の中でしか存在できぬ身だ」
ワイズマンはそう言って自嘲するように笑った。
長い時間と計り知れぬ力を持つワイズマンであっても、彼が現実世界に存在する事は出来なかった。
ビジターだけが、現実世界とナイトディメンションを行き来できる唯一の存在だった。
そしてビジターは大人へと成長するにつれ、その能力を失ってしまう。
「私は貴方と一緒にいたい……夢から覚めたくはない」
夢子はそう言いながらも、自分は目覚めることを受け入れざるを得ないのだと気付いていた。
それでも名残惜しさが夢子の心を締め付けて、どうしてもワイズマンの指に絡ませた腕の力を緩めることが出来ないでいた。
ワイズマンは6つの手で夢子を包み込むようにして抱きしめた。
「最後にもう一度キスをしてほしい」
ワイズマンは優しい声で夢子に囁いた。
夢子は目を閉じてワイズマンの指先に唇を寄せた。
そして次に目を開けると、そこはもうワイズマンの手の上ではなく、自分の部屋のベッドの上だった。
---
夢子は見慣れた天井を見つめながら、夢から醒めたのだと気付いた。
彼女は大きく成長していた。もう子供ではなかった。
支配から抜け出すことが出来るのだ。
この家を出て、一人で歩いて行ける。
夢子はそう確信した。
そして子供のときは随分と重く感じた扉を軽々と開いて、色鮮やかな世界へと歩き始めた。
おわり
ナイトピアとナイトメア……。
二つの世界は対となり、人々に幸福な夢や悪夢をもたらした。
ビジターと呼ばれる夢の訪問者たちは、イデアという光を持っている。
純粋、成長、知性、希望、勇気というものがイデアの本質である。
そのイデアの光が造り出した空間がナイトピアなのである。
---
夢の世界に一人のビジターが迷い込んだ。
彼女の名前は夢子。
茶色の髪と緑の瞳。手足はほっそりと長いが、胸や腰は女性らしく丸みを帯びていた。
夢子の年齢は少女を通り過ぎようとしていた。
夢子が持つイデアの光によって造り出された夢の世界は、とても優しく美しい場所だった。
夢子はさらさらと流れる水に手を浸したり、あちこちで飛び回っては歌ったり演奏したりするピアンたちに声を掛けた。
どこにいても柔らかな光が照らし、心地よいそよ風が吹く。
あちこちで花の蜜を求めて飛ぶ蜂の羽音が賑やに鳴り響く。
鉄アーチの門には赤い薔薇のつるが絡んで垂れ下がり、足元にはスミレやスイセンやライラックが咲いていた。
春の訪れを感じさせる可愛らしい庭の小道を歩いて行くと、緑は濃い色に変化し花の香りはより芳烈なものとなった。
歩けば歩くほど庭の様子は変化し続けた。春の花から夏の花へと変化していき、夏の花から秋の花へと変化していった。
夢子はいくつか花を摘んでは庭を愛でた。
あてもなくぶらぶらと歩きまわり、ナイトピアという空間を楽しんだ。
ナイトピアにいる間、夢子は自由でいられた。
幼い少女のように庭の中を駆け回り、大声で歌ったりできた。
*
賑やかなナイトピアを一頻り満喫した後、大きな木が作る木陰の下で夢子は座って休憩していた。
葉の間に青い空がちらちらと見える。
ただそうしているだけでも心は幸福感で満たされるのだった。
悲しみや苦痛から解放されて、幸福の波に溶けてしまいそうな夢子の意識を揺り戻すように強い風が吹いて、夢子の茶色の髪をすくい上げた。
「まるで、おとぎ話のお姫様みたいだね」
低い声が手ぐしで髪の乱れを直す夢子に向けて話しかけた。
声に驚いたピアンたちは、蜘蛛の子を散らすように一斉に夢子の周りから飛び去った。
羽根のない夢子は空へ逃げる事もできず、不安げにきょろきょろと視線を動かして辺りを伺った。
「上だよ」
夢子が顔を空へ向けると、木の枝に足を組んで座る人物の姿が目に入った。
「初めまして、夢子。私はリアラ。君を迎えに来たんだ」
リアラは枝の上から降りて、戸惑う夢子の顔を覗き込んだ。
赤と黒の帽子とブーツ。肌の色は青白い。
ナイトメアンであるリアラの顔立ちはどこか恐ろしく、唇を吊り上げる笑い方は優しさや温かみを一つも感じさせない。
夢子は身を引いてリアラと距離を取った。
リアラは目の前の少女に恐怖を与えないように出来る限りの友好的な態度を取って話しかけた。
「私の姿が恐ろしいのか?私はナイトメアンだから、仕方がない事かもしれないが。だが安心してくれ!私は決して君に危害は加えないと約束できる」
そう言ってリアラは夢子の手を取った。
「大丈夫、そのまま……私に身を預けるんだ」
夢子はこくりと頷いた。
リアラは唇を吊り上げると、夢子の体を容易く抱き上げた。
細身の体に不釣り合いなほど、その腕は逞しかった。
リアラが力強く地面を蹴り、空へと飛び上がった。
木陰を作っていた大きな木も、四季を詰め込んだ大きな庭も直ぐに小さくなって、やがて見えなくなった。
夢子はリアラの首に手を回して、ぴったりと体を寄せた。
勿論リアラは夢子を落とさないように丁寧に扱ったが、それは愛しい乙女を抱えるなどというロマンティックなものでは無く、頼まれた『荷物』を運ぶようなものだった。
*
リアラが夢子を迎えに来たのは、リアラを生み出した存在……ナイトメアの支配者であるワイズマンの元へと運ぶためだった。
夢子を抱えたリアラは、柔らかな光の届くナイトピアを抜けて、薄暗いナイトメアへと飛んだ。
幾つもの扉を潜りぬけ、毒々しい色遣いの壁に囲まれた長い廊下を通り過ぎてゆく。
その間夢子は落ち着かない気分でいた。
多くのビジターはナイトメアという空間を悪夢の世界だと感じるのだ。
夢子は早く到着する事を願っている内に、ただ暗闇が広がる空間へと入り込んでいる事に気がついた。
そこには巨大な体を持つ存在が居た。
青いマントをはおってはいるが、そのマントの中は何も存在しなかった。
本来顔がある部分には銀色の兜があり、その兜には枝のように折れ曲がった角が幾本も生えていた。
その体を囲うように6つの手が空中に浮いていて、それぞれの手の平には目がついていた。
彼こそがナイトメアの支配者ワイズマンだった。
リアラはワイズマンの手の上に夢子を降ろした。
リアラは跪き、主人に挨拶をすると直ぐに飛び立ってしまった。
ワイズマンは6つの手で夢子の体をすくい上げ、6つの目で夢子の体を調べた。
余すところなく念入りに……まるで捕らえた罪人を尋問するかのように6つの手は絶えず動き回り、夢子の体に触れ、そして見つめた。
ワイズマンと向かい合った夢子は直ぐに悟った。
夢の世界には、想像を絶するほどの大きな力を持つものが存在しているのだと……。
夢子は、ナイトメアの世界やワイズマンという存在を否定するのは馬鹿げた事だと感じていた。
夢子は勇気のイデアを持っていなかった。
受け入れる他は無いのだ。
「我はお前に興味を抱いた。何故なら夢の世界に対するお前の望みは、支配だからだ」
ワイズマンの声が夢子の頭の中に響く。
夢子は返事をしなかった。
返事をしなくとも、ワイズマンは夢子の考えを読み取る事ができるのだ。
夢子は支配を望んでいた。
幼い頃から支配を受けて育った彼女は、それ以外の他者との関わり方を学ぶことが出来なかった。
そして夢子は、支配と同時に、許しや愛情を求めていた。
*
ナイトメアの創造主であるワイズマンの愛を求めたビジターなど、夢子の他に誰もいなかった。
夢子はワイズマンの支配を望んでいた。
大きな存在による支配を。絶対的な存在による支配を。
そしてワイズマンも、この不幸な少女を愛していた。
大人へと変化しつつある自身を否定し、幼子のように無邪気に笑いワイズマンの手に頬を寄せる夢子を、6つの手が優しく包み込んだ。
まるで彼女を脅かす現実の世界から守るような優しい手つきだった。
ワイズマンは、夢子が今まで得られなかった存在だった。
夢子は一人ぼっちだった。
それなのにどうして初めて得た愛や庇護の手を拒むことが出来るだろうか?
ナイトメアの支配者の手の中に居ても、夢子が見ているのは幸福な夢だった。
最早ナイトメアにおいても悪夢は存在しなかったのだ。
ワイズマンは夢子を愛した。
6つの手は平等に夢子の体を撫で、6つの目は隅々まで夢子の体を見つめた。
夢子はワイズマンの手の中で目を閉じて、与えられる愛を受け入れた。
ワイズマンが造り出した空間には、彼と彼が愛する少女しか存在しなかった。
その静寂と暗闇が支配する空間に幾つもの優しい光が生まれ、眩い光の粒がきらきらと輝きを放つ。
ワイズマンの青いマントの衣擦れが穏やかな音の波となって夢子を包み込み、愛と喜びを語るワイズマンの低い声は夢子の耳をくすぐった。
ヒトが生まれた時代……ヒトが夢というもう一つの世界を理解した頃に出現したワイズマンという存在。
ワイズマンは自身の全てを小さな少女の体に注ぎ込んだ。
数十万年という時間を経たワイズマンの膨大な量の記憶や感情は夢子という存在を押し流してしまうほどに止めどなく頭の中に流れ込んだ。
今や夢子の魂はワイズマンと一体となっていた。
夢子はワイズマンを手に入れたのだ。
*
自分の体の中に意識が戻った夢子は、自分を見つめる6つの目を見つめ返した。
そしてその指先にキスをして小さく微笑んだ。
「貴方の愛が私の中に満ちているのを感じます。今、私はとても幸せです……」
夢子はワイズマンの指に抱きついて、頬を寄せた。
頬を上気させ、瞳を潤ませて甘い吐息をもらす夢子の姿を6つの目は見つめていた。
「お前は大人になった。それは目覚める時が来たという兆しでもある。我はワイズマン……ナイトメアの支配者……所詮、夢の中でしか存在できぬ身だ」
ワイズマンはそう言って自嘲するように笑った。
長い時間と計り知れぬ力を持つワイズマンであっても、彼が現実世界に存在する事は出来なかった。
ビジターだけが、現実世界とナイトディメンションを行き来できる唯一の存在だった。
そしてビジターは大人へと成長するにつれ、その能力を失ってしまう。
「私は貴方と一緒にいたい……夢から覚めたくはない」
夢子はそう言いながらも、自分は目覚めることを受け入れざるを得ないのだと気付いていた。
それでも名残惜しさが夢子の心を締め付けて、どうしてもワイズマンの指に絡ませた腕の力を緩めることが出来ないでいた。
ワイズマンは6つの手で夢子を包み込むようにして抱きしめた。
「最後にもう一度キスをしてほしい」
ワイズマンは優しい声で夢子に囁いた。
夢子は目を閉じてワイズマンの指先に唇を寄せた。
そして次に目を開けると、そこはもうワイズマンの手の上ではなく、自分の部屋のベッドの上だった。
---
夢子は見慣れた天井を見つめながら、夢から醒めたのだと気付いた。
彼女は大きく成長していた。もう子供ではなかった。
支配から抜け出すことが出来るのだ。
この家を出て、一人で歩いて行ける。
夢子はそう確信した。
そして子供のときは随分と重く感じた扉を軽々と開いて、色鮮やかな世界へと歩き始めた。
おわり
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