死神の忘れ物
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ミストバーンには肉体が無かった。
その名前が示す通りの、霧のような不確かな存在。
それでもミストバーンには意識があったし、この場所にも確かに存在していた。
耳や口という物は無くても言葉を話すことが出来たし、音を聴くことも出来た。
ミストバーンは廃墟に響く笛の音色に意識を向けた。それは悲しげな音色だった。黒い道化服に身を包んだ、仮面の男がよく好んだ曲だ。
その曲は地獄へと誘う笛の音色だと、誰かが言っていた。
地底魔城でも、バーンパレスでも、彼はよくこの曲を演奏していた。だが、この悲しげな音色は廃墟のほうがよく似合う……ミストバーンはそう思った。
そしてかつての白い鳥のような美しい建物の姿を思い出し、何故だかとても懐かしく感じてミストバーンは小さく笑った。
ミストバーンが今まで何かを懐かしく感じたり、昔を思い返す事は無かった。
それは彼が存在するために、思い出や懐かしさやは必要なかったからである。
ミストバーンの存在する理由はただ一つだけだった。主人のために働くこと。それ以外は何も必要無かったのである。
つまりは道化師との奇妙な友情も必要無かったのである。
主人への忠誠と、いつ壊れるか分からない友情を天秤にかけるとすれば、どちらを選ぶのかは明白だった。
それでも最後になって、こうしてまた悲しげな笛の音色を聴いているのだ。
何千年分の忠誠は霧のように掻き消えてしまった。思い出となってしまったのだ。
形の無いものは何処かへ消えてしまうのだと、ミストバーンは思った。そして死を逃れようとした主人の姿を思い返した。
彼は以前と変わらぬ姿で現れた。
黒い道化服を身に纏い、顔には笑いの仮面を付けている。大振りの鎌を手に持ち、気取った足取りで歩く。
仮面から覗く目元は、何の感情も見いだせない。赤い瞳は冷酷だった。
それでもミストバーンのほうは喜びを感じていた。彼の変わらぬ姿が嬉しかった。
「迎えに来たよ」
「地獄にか?」
「ウッフッフ。そうかもねェ……」
死神の鎌にもたれ掛かるようにして、キルバーンは笑う。
冗談めかした受け答えや、飄々として掴みどころのない態度を、ミストバーンはとても懐かしく感じた。
二人の奇妙な友情は未だ続いているらしい。キルバーンは以前と一つも変わらなかった。
「それにしてもミストってば、しばらく見ないうちに随分と雰囲気が変わったよねェ」
「お前は変わらないな、キル」
キルバーンの背中で小さな使い魔がケタケタと笑い声をあげた。
キルバーンは持っていた死神の笛を口元に当てて、ゆっくりと歩き出した。
その後をミストバーンは追った。どこへ行くのかは知らずとも、不安も疑問も無かった。
キルバーンは迎えに来た。だからミストは彼の後を付いて行くのだ。借り物の姿では無く、本来の姿で……。
廃墟に響いてた死神の笛の音色は何時しか聴こえなくなった。死神は地獄へ帰ったのだ。
地上に残した忘れ物を、死神は無事に取り戻したらしい。
おわり
その名前が示す通りの、霧のような不確かな存在。
それでもミストバーンには意識があったし、この場所にも確かに存在していた。
耳や口という物は無くても言葉を話すことが出来たし、音を聴くことも出来た。
ミストバーンは廃墟に響く笛の音色に意識を向けた。それは悲しげな音色だった。黒い道化服に身を包んだ、仮面の男がよく好んだ曲だ。
その曲は地獄へと誘う笛の音色だと、誰かが言っていた。
地底魔城でも、バーンパレスでも、彼はよくこの曲を演奏していた。だが、この悲しげな音色は廃墟のほうがよく似合う……ミストバーンはそう思った。
そしてかつての白い鳥のような美しい建物の姿を思い出し、何故だかとても懐かしく感じてミストバーンは小さく笑った。
ミストバーンが今まで何かを懐かしく感じたり、昔を思い返す事は無かった。
それは彼が存在するために、思い出や懐かしさやは必要なかったからである。
ミストバーンの存在する理由はただ一つだけだった。主人のために働くこと。それ以外は何も必要無かったのである。
つまりは道化師との奇妙な友情も必要無かったのである。
主人への忠誠と、いつ壊れるか分からない友情を天秤にかけるとすれば、どちらを選ぶのかは明白だった。
それでも最後になって、こうしてまた悲しげな笛の音色を聴いているのだ。
何千年分の忠誠は霧のように掻き消えてしまった。思い出となってしまったのだ。
形の無いものは何処かへ消えてしまうのだと、ミストバーンは思った。そして死を逃れようとした主人の姿を思い返した。
彼は以前と変わらぬ姿で現れた。
黒い道化服を身に纏い、顔には笑いの仮面を付けている。大振りの鎌を手に持ち、気取った足取りで歩く。
仮面から覗く目元は、何の感情も見いだせない。赤い瞳は冷酷だった。
それでもミストバーンのほうは喜びを感じていた。彼の変わらぬ姿が嬉しかった。
「迎えに来たよ」
「地獄にか?」
「ウッフッフ。そうかもねェ……」
死神の鎌にもたれ掛かるようにして、キルバーンは笑う。
冗談めかした受け答えや、飄々として掴みどころのない態度を、ミストバーンはとても懐かしく感じた。
二人の奇妙な友情は未だ続いているらしい。キルバーンは以前と一つも変わらなかった。
「それにしてもミストってば、しばらく見ないうちに随分と雰囲気が変わったよねェ」
「お前は変わらないな、キル」
キルバーンの背中で小さな使い魔がケタケタと笑い声をあげた。
キルバーンは持っていた死神の笛を口元に当てて、ゆっくりと歩き出した。
その後をミストバーンは追った。どこへ行くのかは知らずとも、不安も疑問も無かった。
キルバーンは迎えに来た。だからミストは彼の後を付いて行くのだ。借り物の姿では無く、本来の姿で……。
廃墟に響いてた死神の笛の音色は何時しか聴こえなくなった。死神は地獄へ帰ったのだ。
地上に残した忘れ物を、死神は無事に取り戻したらしい。
おわり
1/1ページ