星明かりの影
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素晴らしい夜だった。
幾つもの星が道を照らし、風も無い。人の姿も、獣の姿もない。あるのは静寂だけだった。
森は夏を迎える準備をしていた。肥えた土の匂いが肺いっぱいに満ちる。
夢子は約束の場所に向かって歩いていた。
普通であれば恐ろしいはずの暗闇も気にならなかった。約束の日の夜はいつもこうなのだ。
この日だけは、夜の静けさが好ましいものになる。安らぎをもたらす贈り物のようにさえ感じるのだ。
森の奥から歌う声が聴こえる。歌声を頼りに足を進めれば、愛しい女性の元へと辿りついた。
長い黒髪は艶やかに波打ち、白い肌は夜の闇に浮かび上がる星の明かりのようだった。
あまりの美しさに夢子は息を飲んだ。
彼女の瞳は、雲のない夜のような色をしている。まるで今夜の空のような明るい灰色だった。
歌い終わった彼女は、微笑みを浮かべて夢子を見つめた。
---
二人が初めて約束を交わしたのは、今から数か月も前の事だった。
夢子は美しいエルフの夕星を一目見た瞬間に、彼女の虜になった。
何人もの男達がそうしたように、夢子はアルウェンを呼び止めて愛を囁いた。
今までと違うのは、夢子が人間であり、女であるということだけ。
物珍しい存在に好奇心を抱くのは、悪戯に編まれた運命の網に絡め取られたのと同じことだった。
夢子とアルウェンはすぐに恋に落ちた。
それから二人は、約束を取り付けては愛を交わす、秘密の関係になったのだ。
二人はお互いの存在を確かめるように抱き合った。
こうして会える機会は少ない。その少ない機会を、二人は大切にしていた。
夢子はアルウェンの頬に手を添えて、小さく口づけをした。
逸る気持ちとは裏腹に、優しく触れるだけの口づけだった。
そして指を滑らせて、赤くふっくらとした唇に触れれば、指の動きに誘われるようにアルウェンの唇が薄く開いた。
夢子は開いた唇に舌を差し入れ、逃げる獲物を追うように舌を絡めた。
より深く、より濃厚に。互いの粘膜が擦れ合う感触に背筋がぞくぞくと震える。
入り込んだ他人の舌の感触に、はじめは違和感を感じていたアルウェンも、次第にその心地よさの虜となっていた。
アルウェンがエルフの夕星と呼ばれる美しい女性ならば、夢子は彼女を覆う影だった。
褐色人特有の浅黒い肌は、眩しいほどに白いアルウェンの肌を覆い隠してしまうだろう。
夢子は指先でアルウェンの白い肌に触れる。擦り傷だらけの自分の指では傷付けてしまわないだろうかと恐れながら。
アルウェンは目を閉じて、夢子の手のぬくもりを受け入れた。
「愛している。貴女を愛しているの」
エルフの尖った耳に唇を寄せて、夢子は優しい声で囁いた。
アルウェンは返事をしなかったが、彼女の潤んだ瞳と赤く染まった頬が、その気持ちを物語っていた。
今、エルフの夕星は自分の腕の中にある!夢子は興奮と緊張で、小さく息をついた。
黒い睫毛に縁取られた灰色の瞳を覗きこめば、浅黒い肌をした女の姿が映っているのが見える。
女の顔には不安と恐れが浮かび上がり、愛する女性を前にして、身動き一つ取れずに立ちすくんでいる様子が映っているのだ。
何という臆病者だろう。釣り合わないのは承知していたじゃないか!
アルウェンは夢子の名前を呼んだ。恐れを捨てて、手を伸ばしなさいと彼女は言っているのだ。
夜が明けるまで、時間はまだある。
エルフの時間は長い。後悔する時間もまた、たっぷりとあるのだ。
おわり
2014.3.17
幾つもの星が道を照らし、風も無い。人の姿も、獣の姿もない。あるのは静寂だけだった。
森は夏を迎える準備をしていた。肥えた土の匂いが肺いっぱいに満ちる。
夢子は約束の場所に向かって歩いていた。
普通であれば恐ろしいはずの暗闇も気にならなかった。約束の日の夜はいつもこうなのだ。
この日だけは、夜の静けさが好ましいものになる。安らぎをもたらす贈り物のようにさえ感じるのだ。
森の奥から歌う声が聴こえる。歌声を頼りに足を進めれば、愛しい女性の元へと辿りついた。
長い黒髪は艶やかに波打ち、白い肌は夜の闇に浮かび上がる星の明かりのようだった。
あまりの美しさに夢子は息を飲んだ。
彼女の瞳は、雲のない夜のような色をしている。まるで今夜の空のような明るい灰色だった。
歌い終わった彼女は、微笑みを浮かべて夢子を見つめた。
---
二人が初めて約束を交わしたのは、今から数か月も前の事だった。
夢子は美しいエルフの夕星を一目見た瞬間に、彼女の虜になった。
何人もの男達がそうしたように、夢子はアルウェンを呼び止めて愛を囁いた。
今までと違うのは、夢子が人間であり、女であるということだけ。
物珍しい存在に好奇心を抱くのは、悪戯に編まれた運命の網に絡め取られたのと同じことだった。
夢子とアルウェンはすぐに恋に落ちた。
それから二人は、約束を取り付けては愛を交わす、秘密の関係になったのだ。
二人はお互いの存在を確かめるように抱き合った。
こうして会える機会は少ない。その少ない機会を、二人は大切にしていた。
夢子はアルウェンの頬に手を添えて、小さく口づけをした。
逸る気持ちとは裏腹に、優しく触れるだけの口づけだった。
そして指を滑らせて、赤くふっくらとした唇に触れれば、指の動きに誘われるようにアルウェンの唇が薄く開いた。
夢子は開いた唇に舌を差し入れ、逃げる獲物を追うように舌を絡めた。
より深く、より濃厚に。互いの粘膜が擦れ合う感触に背筋がぞくぞくと震える。
入り込んだ他人の舌の感触に、はじめは違和感を感じていたアルウェンも、次第にその心地よさの虜となっていた。
アルウェンがエルフの夕星と呼ばれる美しい女性ならば、夢子は彼女を覆う影だった。
褐色人特有の浅黒い肌は、眩しいほどに白いアルウェンの肌を覆い隠してしまうだろう。
夢子は指先でアルウェンの白い肌に触れる。擦り傷だらけの自分の指では傷付けてしまわないだろうかと恐れながら。
アルウェンは目を閉じて、夢子の手のぬくもりを受け入れた。
「愛している。貴女を愛しているの」
エルフの尖った耳に唇を寄せて、夢子は優しい声で囁いた。
アルウェンは返事をしなかったが、彼女の潤んだ瞳と赤く染まった頬が、その気持ちを物語っていた。
今、エルフの夕星は自分の腕の中にある!夢子は興奮と緊張で、小さく息をついた。
黒い睫毛に縁取られた灰色の瞳を覗きこめば、浅黒い肌をした女の姿が映っているのが見える。
女の顔には不安と恐れが浮かび上がり、愛する女性を前にして、身動き一つ取れずに立ちすくんでいる様子が映っているのだ。
何という臆病者だろう。釣り合わないのは承知していたじゃないか!
アルウェンは夢子の名前を呼んだ。恐れを捨てて、手を伸ばしなさいと彼女は言っているのだ。
夜が明けるまで、時間はまだある。
エルフの時間は長い。後悔する時間もまた、たっぷりとあるのだ。
おわり
2014.3.17
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