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『真夜中の素顔』


 薄暗い部屋の中。
 こっそり忍び込んだそこでは部屋の主の静かな寝息が微かに聞こえる。その部屋の主、ぐっすりと眠っているレイの傍に、ぼくはそっと歩み寄る。
 レイの寝顔は普段のそれとは違い安らかで、せめて夢の中だけでも心を休めてほしいと願う。

「うそだよ」

 夢の中だけでもだなんて、本当にそんなこと思ってるわけがない。
 本当は、いつでもそうあってほしい。
 嬉しい時は心から笑ってほしいし、辛い時は我慢せずに泣いてほしい、いつだって素直に感情を動かしてほしい。
 そんな思いは募るばかりで、ぼくはといえば、こうやってレイの傍にいることしかできない。

「たすけてって言ってよ」

 手を伸ばしてよ。弱音を吐いてよ。そうしたらいくらでも手を差し出すから、傷付いたきみの支えになれるように頑張るから。
 いつの間にかぼくの両目からはぽろりとしずくが零れていた。

「……アカネ?」

 名前を呼ばれて気が付くと、寝ぼけた瞳でぼんやりとレイがぼくを見ていた。
 ぼくは「なに?」と笑いかける。そしてすぐに、涙を引っ込めるのを忘れたままだったなと気付く。

「……泣いてんのか?」

 レイの指先がぼくの濡れた頬に触れる。
 無防備な気持ちが伝わってくる。

「人の心配、してる場合かよ」

 無関心になりきれない、不器用な、レイの優しい手をぎゅっと握りしめる。
 伸ばされた手からは、寝ぼけてるのかぼんやりとしているけれど、いつもより鮮明にレイの気持ちが伝わってくる。

「手を差し出したいのはこっちなんだってば」

 伸ばされた手はきっと無意識で、無意識だからこそ触れてくれたぬくもりで、その優しさが嬉しくて、寂しい。
 普段からこれくらい、自分の気持ちを隠したり誤魔化したりせずに見せてくれたらいいのに。
 そんなことをぼくは思ってるだけで、待ってるだけで。

 ぼくの気持なんて知る由もなく、いつの間にかレイの指先はぼくの頬から離れ、また瞼を閉じていた。
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