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『黄昏時の境界線』


 珍しくアカネと出掛けた。
 理由も目的もとくにない、ただなんとなく、それだけ。
 日が傾きかけ暑さが和らぐ頃に店を出て、赤く染まった日が建物群の向こう側へと消えていく頃には店へと帰る足を進めた。

「夕日が沈んで、夕焼けの名残の色が残る時間を黄昏って言うんだって」

 ふいにアカネがそんなことを口にし出した。

「暗くなって人の顔がわからなくなって、誰ですかあなたは?って尋ねる頃合いだから、"誰そ彼"で黄昏」

 知ってる。けど口には出さなかった。

「この時間はきっといろんなものの境界線が曖昧になっちゃうんだね」

 どういうことだ?
 前を歩く小さな背中に目をやると、ほどなくしてその背はくるりと振り返った。

「夕焼けに紛れて姿も存在も境目もみんな曖昧になって、夜の暗闇が曖昧になったものを全部隠しちゃうの」

 そんなことを口にするアカネはどこか楽しそうで、心なしか歩みも弾んで見える。

「でも、朝になったら――」

 そこでアカネは止まった。
 「朝になったら?」と声をかけると何か言おうと口を開いたが、言葉が見つからなかったのか、言い躊躇ったのか、アカネはただ「ううん」と小さく首を振った。

「早く帰ろう、暗くなっちゃう」

 急かすようにアカネが手を足を早める。空はもう赤みが失せ藍色の闇が広がり出していた。
 ふと、何の気なしに振り返る。
 その先では背丈の違うふたつの影がじわりじわりと薄暗い逢魔時に溶けていった。
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