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『眠れない夜』


 ベッドに沈む。ひんやりとしたシーツに縮こまるように体を丸める。しばらくすると自身の熱でシーツの中が温まり強張った体も解けていった。身をよじり寝返りを打つ。
 カーテンを閉め切った部屋に何のは明かりもなく、暗がりの中には静寂だけがある。時折聞こえてくるのはシーツの擦れる音とベッドが軋む音くらい。
 何度目かの寝返りを打った後、ひとつ大きな溜息をついた。ああ、まただ。
 ――眠れない。
 日中あれだけ訪れる、なんなら先ほどまですぐそばにあったはずの眠気はベッドに横たわった途端どこかへ飛んでしまったようで、頭も目も嫌に冴えている。目を閉じ続けても暗闇が広がるだけで眠気が訪れる気配を一向に感じない。体勢が悪いのかとあれこれ試してみるもののどうしたところで眠りに落ちることができない。
 夜の中、眠れないでいると嫌なことばかりが浮かんでくる。それがまた思考を鮮明にし眠りから遠ざけるように体の内で暴れ出す。振り払うように、ただ何も考えないように、目を閉じて、目を閉じて、目を閉じて――。
 しばらくしていると、思考がぼんやり重たくなってきたのを感じた、靄がかかり支離滅裂な想像が頭を回る。ようやく――と思った矢先、不意に目が開いてしまう。靄かかった思考が晴れてしまう、慌てて追い付こうと再び目を閉じる。次の靄を捕まえるのもまた時間を要した。
 その後も寝ているのか寝ていないのかわからない瞬間を何度も何度も繰り返し、うんざりするほど繰り返した後についに諦めたように一度瞼を上げた。部屋の中を見渡す、時計を置いていないから時間はわからない、ただ部屋の暗さからも今がまだ夜の真っ只中であることはわかった。あまり時間は経っていないのかもしれない。
 思わず舌打ちが出そうになる。シーツに包まりながら朝の訪れをじれったいほどに待つ。日中はこうも時間が過ぎるのを待つことに苦痛を感じることもないのに。
 ――そう、朝が来たところで何も変わらないのに。
 不意にそんな思いが過る。夜が明けることでこのどこからか湧いてくる恐怖や不安が和らぐわけもないのに、どうしてこうも眠れない夜には朝を待ち遠しく思うのか。
 また嫌なことばかり浮かんでしまう。何も考えないように、目を閉じて、目を閉じて、目を閉じて、ただシーツに体を溶かして、思考も一緒に溶かして、そのまま眠りに落ちるよう――。
 
 部屋に薄明かりが差し込み始めた頃になり、ようやく微睡が訪れた。
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