IF

『飼いならした先』


 使用人服は面倒で動きにくくて嫌になる。
 シグレはそんなことを思いながら丁寧に手入れのされた小奇麗なその衣服をだらしなく着崩して歩く。こんな姿を屋敷の者に見られたらまたうるさく小言を言われてしまうな、ふとそんなことが過る。

 元々使用人としての態度は悪く礼儀もなく学もない、それでなくとも貧困街から拾われてきた品性の欠片もない下賤の者と周囲からの反感も厳しい現状だ。当の本人は全く気にしていないが、それがまた問題でもある。
 そんな彼が何故この屋敷の使用人として雇われているのか、何故未だに追い出されることがないのか。
 それはこの屋敷一番の厄介者として手を焼かれ疎まれている、当主の第二子息女である少女の付人として雇われているからだった。彼女のその振る舞いから使用人の中には心身共に病む者も少なくはなく、相手をできるのはシグレくらいなもので、面倒事を全部被ってくれるのならと仕方なく目を瞑られてる現状だ。

 ひんやりとした地下路を進む。
 この地下路も屋敷と同じ敷地内にあるものの、そこは屋敷内の絢爛豪華な装飾が施され隅々まで手入れが行き届いた場とはまるで違った。そのまま地面をくり抜いただけのトンネルのような通路のようで、ろくに手入れはされておらず、灯りも壁にぽつりぽつりとロウソクが灯されているだけで薄暗くじめじめとしている。靴を汚さないためか足元だけは舗装されているので歩く度に靴音が響き、湿った土の臭いと、どこか鉄の臭いが嫌に鼻に届く。

 壁に掛かる灯りだけでは不十分で、シグレは片手にランプを掲げ薄暗い通路を照らした。
 その後ろには彼が仕える少女が付いてくる。
 ちらりと少女の方を見やる。少女は表情もなく、どこかつまらなそうにシグレの後を付いてきていた。

「ここはなんでもあるけど何もない場所だな」

 シグレはそんなことを考える。
 ここに来てからというもの生活に不自由はしなくなったが、日常からは面白味がなくなってしまった気がした。
 毎日がくだらなくつまらない日々の繰り返しだ。

「ああ、だからこいつは『あんな趣味』を持っているのか」

 この屋敷に何故このような地下が造られているのかと言えば、その少女の趣味のためであった。
 先程まで彼らがいた場所、彼らの背の向こう側、通路の先にあるとある一室で行われていた少女の行為を思い返す、とても非現実的な有様を。その日常からも常識からも掛け離れた、他人には理解され難い残虐で非道徳的な行為はこのくだらなくつまらない日々の中で少女の唯一の楽しみなのだろう。
 こんなことして楽しいんだろうか。
 そんなことを思いつつ、シグレはというとそんな光景に何の感慨も抱かず、離れたところでただぼんやりと事が終わるまで眺めているだけだった。面白味こそはわからないものの、目の前で行われるその所業を当然のごとく受け入れてしまっていることに、暇に毒され感覚がおかしくなっているのかもしれない、そう自分で自覚をしていた。

 それでも、この生活から抜け出したいと思う気持ちは弱かった。

 足を止める、いつの間にか地下路から屋敷へと繋がる階段の前まで戻ってきていた。階段もまた湿り気がひどく、滑りやすくなっている。シグレは振り返ると手に持つランプで少女を照らした。

「足元気を付けろよ、『お嬢様』」

 その言葉に、呼び方に、少女は不愉快さを一気に表した。「その呼び方はやめろ」とでも言うかのように、無言のまま睨みを利かせ目だけで訴えてくる。

「何て呼べっていうんだよ、名前で呼んだら呼んだで嫌な顔するくせに」

 と思うだけで留まった、口に出せば少女の不機嫌さが増すだけだということはわかっていたからだ。
 いつものことだ。シグレはあまり気に留めず階段へと足を踏み出す。

「オマエがいれば、少しはつまらなくなくなると思ってたんだけどな」

 後ろから少女のそんな声が聴こえたような気がした。




 IF.もしもシグレがクロムに仕えていたら
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