past

『無題』


 その小さな部屋には凄惨が充満していた。

 扉を開き目に飛び込んできた光景をただ呆然と眺めた、そして一拍遅れで頭が目に映るものの意味を理解する。その途端、全身が粟立ち吐き気が込み上げた、その場に膝を付きそうになる。
 なんでこんなことに――、混乱する頭には「何故」しか巡らない。
 口元を押さえ吐き気を飲み込み、震える足になんとか力を込める、が凄惨な光景を直視することに耐えられなくなり視線を逸らす。
 ふと机の上に投げ出されたままのペンと便箋を見つけた。どこか縋るように、震える指でそれに手を伸ばす。そこには端から端まで後悔と言い訳の言葉で埋め尽くされていた。だが錯乱する頭にその内容はろくに入ってこず、ただただ文字を目で追う。
 その中のひとつに、一文に目が止まった、呼吸まで止まりそうになる。見開いたままの瞳につられ口が開くが、言葉は出ない。

『私はもう、家族のことを本当に愛していたのかわからなくなった』

 膝が力無く崩れ落ちる。手は震えたまま便箋をぐしゃりと握りしめた。見開いた瞳からはぼろぼろと熱いものが伝う。
 何もかも夢であればいいと願った。

「愛している」

 そう言った彼の瞳が自分に向けられることはなかった。

「愛している」

 そう言った彼女の瞳の奥に自分は映っていなかった。

 それでもただその言葉を信じ、これは不器用な彼らのぎこちなく歪な愛の形なのだと思っていた。自分が繋いでいれば、いつかきっとちゃんと向き合える日が来るはずだと思っていた。
 ――そう思い込みたかっただけだった。

「何も信じられない」

 そう言ったあの子の瞳だけは自分を見つめてくれた、それなのに。
 彼らの愛を信じ、守り抜こうとした結果、残されたのは空っぽの空間だけで、本当に守るべきものを、何よりも大切だったはずのものを失くしてしまった。

「こんなもののために、バカみたいだ」

 涙とともに、それだけ零れた。
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