future
『家族写真』
「家族写真を撮ろう!」
昼食を終え、うとうととしかけたレイの視界に唐突にアカネが飛び込んできた。
「ほらこれ、カメラ見つけたの、じゃじゃーん!」
アカネが意気揚々と取り出したのはフィルムカメラだった。
どこで見つけたんだそんなもの、と手に取る。見た覚えがないものだった、昔に父が買っておいたものかもしれない、かなり古い型でずしりとした重みが手に掛かる。フィルムはまだ残っているようだ。
「何年か前にも、ちょーっと使ったけど、まだまだ使えるでしょ」
アカネはカメラを構えてシャッターを押す。不意打ちを食らい油断したレイの顔が収められたはずだ。
現像するまで撮れた写真を確認できないのが不便ではあるけど、それもまたなかなかおつだよね。とアカネは満足そうにカメラを眺める。
「で、ひめりんたちはどこにいる?」
家族写真を撮るんだから全員揃っていないと!
アカネはひとまず店内をきょろきょろと見渡してみるが、どうやらここにはいないようだ。
「呼んでくる」
えっ?!思わず耳を疑うが、それに構うことなく思いがけないことを口にしたレイはそのまま店の奥へと向かう。
素直に話に乗ってもらえるとは思いもしなかった、気乗りせず取り合えずぼやきでも言われるものだと用意していたのに、まさか自ら率先して動いてくれるなんて。
「珍しいこともあるもんだ」
レイの反応を意外に思いながら、手持ち無沙汰で待つアカネはカメラのファインダーを覗く。その枠の中に店の全貌は収まりきらず、部屋の一部分だけが切り取られた。そのまま店内を見渡してみる。
きれいに整頓された商品棚と時計、居心地のいいお気に入りのソファー、相も変わらず散らかっている作業机、お客さんを出迎える小さな鐘の付いた扉。
見慣れたなんでもないその光景を前に数回シャッターを押してみる。
「呼んできたぞ」
しばらくするとレイが帰ってきた。
片方の手はヒメリの手を引き、もう片方の手は幼い娘を抱きかかえていた。二人の名前から取って名付けた、レイとお揃いの髪と瞳の色の女の子。
「みんなで写真を撮るのは初めてだね」
ヒメリは嬉しそうに頬を綻ばせる。
片方の手はレイに引かれ、もう片方の手はを大きくなったお腹を支えるよう添えられている。愛おしそうに触れるその膨らみには次の命が宿っていた。
「ねえ、セルフタイマーってどうするの?」
「どっかボタンあっただろ」
「わかんない!レイやって!」
いざ家族写真!とレイたちを先にソファーに座らせカメラのセッティングに挑むものの、機能を使いこなせないアカネは早々に音を上げる。
レイは呆れたようにわざとらしく溜息をつきながら笑うと腰を上げ娘をアカネに託し、アカネは自分よりも小さな女の子を大事に大事に抱えソファーに腰を下ろす。
隣を見ればヒメリが二人のやり取りに楽しそうに頬を緩ませていて、優しげに撫でるその膨らみはもう随分大きくなっていた。
「もうすぐだね」
「うん」
アカネは生まれてくる命にそっと触れる。
「名前、もう決めた?」
「ううん、まだだよ」
「そっか」
暖かな膨らみを愛おしそうに撫でながら頬を寄せた。
「きっと、お日さまみたいにみんなを照らしてくれる子になるよ」
「フィルム、そろそろなくなっちゃうなあ」
アカネはフィルムの残数を眺めながら「半分も残ってなかったからなあ」と名残惜しそうにこぼす。
撮影会の終わった店内にはレイとアカネだけが残った。ヒメリは娘をお昼寝させるのに部屋に戻り、恐らく一緒になってまどろんでいる頃だろう。二人で並ぶソファーはなんだか広く感じた。
「前に使った時は何を撮ったんだ」
何の気なしにレイは訊ねる。
「みんなの写真だよ」
アカネはカメラを撫でながら、懐かしむように微笑む。
「まくろんとましろんがまだここにいて、しぐれんやくろくろやろまろまやみんなが遊びに来て、それから……」
一拍、空白の時間を置いてから「そんな時の写真だよ」とだけ付け足す。
それから、の後に続く言葉をなんとなく想像したが、口には出さずにただそちらを見やった。
「残り少ないし、あとはぼくたちで撮っちゃおうか!」
どこかしんみりとした空気を誤魔化すかのようにアカネは明るく提案する。レイとはなんだかんだ、ツーショットなんて撮ったことなかった気がする。わざとらしくはしゃぎながらカメラをセットしようとするが、結局セルフタイマーの扱い方がわからずにすぐレイに助けを求めた。
「どういう風の吹き回しだよ」
最後のフィルムを使い切ったあと、名残惜しさと達成感を抱くアカネに向かい、そこでレイが口を開いた。
「写真なんていつも嫌がるくせに、おまえから撮りたいなんて」
意外にも、アカネはカメラを撮りたがるのに撮らせたがりはしなかった。最近になって写真を残す機会は増えたが、アカネの写真だけは一向に増えない。
アカネは少し寂しそうな笑みを見せる。
「だって、いつ撮っても同じ姿しか写らないから」
何気ない日常、大切な記念日、毎日を少しずつ切り取って思い出を詰め込んだアルバムを想像する。そこには月日の経過を感じさせる周りの変化と、いつまでも変わらないままの自分が写っている。
形に残してしまうとなんだか、自分だけが取り残されていることをより思い知らされるような気がした。
「だからさ、あんまり好きじゃなかったんだ、写真」
そう、だから。
そう言ってアカネはカメラを抱えたままおもむろにソファーから立ち上がると窓辺にまで寄る。天気が良かった、日の光がよく届いていて目が眩むほどだ。
そしてその眩しい程の日差しの中、その光に照らされるようカメラを掲げながら、アカネは躊躇いもなくその蓋を外した。
「……やると思った」
フィルムに光が刺さる。
レイはその行動に一瞬目を見開くが、どこかでなんとなく察しがついていたらしく、呆れたようにそう呟く。
アカネはさらに光が満遍なく当たるよう遠慮なくフィルムを抜き出していった。
……写真は全て駄目になってしまっただろう。
「これでこの思い出はぼくだけのものだね」
それに満足したように、感光したフィルムを丁寧に巻き取りながら、アカネはにっと歯を見せ笑う。
「ねえレイ」
柔らかな声に優しく揺すられ目を覚ました。
子ども達の相手をしている間にうたた寝してしまったらしい。視線を下げればその隣で子どもたちも並んで仲良く寝息を立てていた。
「物置の奥からカメラが出てきて、確認してみたらこんな写真が」
ヒメリは子どもたちを起こさないように囁く。
カメラ――と聞いてふと懐かしさを覚える。いつの日かアカネの提案で家族写真を撮ったことがあったな、と思い出した。でも確かあの時の写真はアカネが全部ダメにして、フィルムも持っていってしまったから何も残ってなかったはずだ。
そんなことを思い起こしていたが、ヒメリが差し出したのはアカネが持ってきたあの古ぼけたフィルムカメラとはまた違うものだった。
「そんなもんまであったのか」
そこにあったのはデジタルカメラだった。いつの日かアカネが取り出してきたフィルムカメラほどではないが、こちらもまた随分と古いものに感じる。
またも見た覚えのないそれに「いつ買ったんだか」なんてことを零しながら小さな液晶画面を2人で覗き込んだ。
表示されているのは一番新しい日付のものらしく――それでも幾分も前のものだが――その写真を見てヒメリは嬉しそうに微笑む。
「アカネちゃん、いつ撮ったんだろうね」
そこには、小さな娘を抱えるレイとまだお腹の大きかった頃のヒメリの姿があった。気付かぬうちに撮られたものらしく、視線はどれもこちらに向いておらず互いに向き合っていた、何気ない幸せを切り出したような一瞬だ。
そんな光景を背にして、その前には笑顔でピースサインを突き出すアカネが大きく写り込んでいた。
「家族写真を撮ろう!」
昼食を終え、うとうととしかけたレイの視界に唐突にアカネが飛び込んできた。
「ほらこれ、カメラ見つけたの、じゃじゃーん!」
アカネが意気揚々と取り出したのはフィルムカメラだった。
どこで見つけたんだそんなもの、と手に取る。見た覚えがないものだった、昔に父が買っておいたものかもしれない、かなり古い型でずしりとした重みが手に掛かる。フィルムはまだ残っているようだ。
「何年か前にも、ちょーっと使ったけど、まだまだ使えるでしょ」
アカネはカメラを構えてシャッターを押す。不意打ちを食らい油断したレイの顔が収められたはずだ。
現像するまで撮れた写真を確認できないのが不便ではあるけど、それもまたなかなかおつだよね。とアカネは満足そうにカメラを眺める。
「で、ひめりんたちはどこにいる?」
家族写真を撮るんだから全員揃っていないと!
アカネはひとまず店内をきょろきょろと見渡してみるが、どうやらここにはいないようだ。
「呼んでくる」
えっ?!思わず耳を疑うが、それに構うことなく思いがけないことを口にしたレイはそのまま店の奥へと向かう。
素直に話に乗ってもらえるとは思いもしなかった、気乗りせず取り合えずぼやきでも言われるものだと用意していたのに、まさか自ら率先して動いてくれるなんて。
「珍しいこともあるもんだ」
レイの反応を意外に思いながら、手持ち無沙汰で待つアカネはカメラのファインダーを覗く。その枠の中に店の全貌は収まりきらず、部屋の一部分だけが切り取られた。そのまま店内を見渡してみる。
きれいに整頓された商品棚と時計、居心地のいいお気に入りのソファー、相も変わらず散らかっている作業机、お客さんを出迎える小さな鐘の付いた扉。
見慣れたなんでもないその光景を前に数回シャッターを押してみる。
「呼んできたぞ」
しばらくするとレイが帰ってきた。
片方の手はヒメリの手を引き、もう片方の手は幼い娘を抱きかかえていた。二人の名前から取って名付けた、レイとお揃いの髪と瞳の色の女の子。
「みんなで写真を撮るのは初めてだね」
ヒメリは嬉しそうに頬を綻ばせる。
片方の手はレイに引かれ、もう片方の手はを大きくなったお腹を支えるよう添えられている。愛おしそうに触れるその膨らみには次の命が宿っていた。
「ねえ、セルフタイマーってどうするの?」
「どっかボタンあっただろ」
「わかんない!レイやって!」
いざ家族写真!とレイたちを先にソファーに座らせカメラのセッティングに挑むものの、機能を使いこなせないアカネは早々に音を上げる。
レイは呆れたようにわざとらしく溜息をつきながら笑うと腰を上げ娘をアカネに託し、アカネは自分よりも小さな女の子を大事に大事に抱えソファーに腰を下ろす。
隣を見ればヒメリが二人のやり取りに楽しそうに頬を緩ませていて、優しげに撫でるその膨らみはもう随分大きくなっていた。
「もうすぐだね」
「うん」
アカネは生まれてくる命にそっと触れる。
「名前、もう決めた?」
「ううん、まだだよ」
「そっか」
暖かな膨らみを愛おしそうに撫でながら頬を寄せた。
「きっと、お日さまみたいにみんなを照らしてくれる子になるよ」
「フィルム、そろそろなくなっちゃうなあ」
アカネはフィルムの残数を眺めながら「半分も残ってなかったからなあ」と名残惜しそうにこぼす。
撮影会の終わった店内にはレイとアカネだけが残った。ヒメリは娘をお昼寝させるのに部屋に戻り、恐らく一緒になってまどろんでいる頃だろう。二人で並ぶソファーはなんだか広く感じた。
「前に使った時は何を撮ったんだ」
何の気なしにレイは訊ねる。
「みんなの写真だよ」
アカネはカメラを撫でながら、懐かしむように微笑む。
「まくろんとましろんがまだここにいて、しぐれんやくろくろやろまろまやみんなが遊びに来て、それから……」
一拍、空白の時間を置いてから「そんな時の写真だよ」とだけ付け足す。
それから、の後に続く言葉をなんとなく想像したが、口には出さずにただそちらを見やった。
「残り少ないし、あとはぼくたちで撮っちゃおうか!」
どこかしんみりとした空気を誤魔化すかのようにアカネは明るく提案する。レイとはなんだかんだ、ツーショットなんて撮ったことなかった気がする。わざとらしくはしゃぎながらカメラをセットしようとするが、結局セルフタイマーの扱い方がわからずにすぐレイに助けを求めた。
「どういう風の吹き回しだよ」
最後のフィルムを使い切ったあと、名残惜しさと達成感を抱くアカネに向かい、そこでレイが口を開いた。
「写真なんていつも嫌がるくせに、おまえから撮りたいなんて」
意外にも、アカネはカメラを撮りたがるのに撮らせたがりはしなかった。最近になって写真を残す機会は増えたが、アカネの写真だけは一向に増えない。
アカネは少し寂しそうな笑みを見せる。
「だって、いつ撮っても同じ姿しか写らないから」
何気ない日常、大切な記念日、毎日を少しずつ切り取って思い出を詰め込んだアルバムを想像する。そこには月日の経過を感じさせる周りの変化と、いつまでも変わらないままの自分が写っている。
形に残してしまうとなんだか、自分だけが取り残されていることをより思い知らされるような気がした。
「だからさ、あんまり好きじゃなかったんだ、写真」
そう、だから。
そう言ってアカネはカメラを抱えたままおもむろにソファーから立ち上がると窓辺にまで寄る。天気が良かった、日の光がよく届いていて目が眩むほどだ。
そしてその眩しい程の日差しの中、その光に照らされるようカメラを掲げながら、アカネは躊躇いもなくその蓋を外した。
「……やると思った」
フィルムに光が刺さる。
レイはその行動に一瞬目を見開くが、どこかでなんとなく察しがついていたらしく、呆れたようにそう呟く。
アカネはさらに光が満遍なく当たるよう遠慮なくフィルムを抜き出していった。
……写真は全て駄目になってしまっただろう。
「これでこの思い出はぼくだけのものだね」
それに満足したように、感光したフィルムを丁寧に巻き取りながら、アカネはにっと歯を見せ笑う。
「ねえレイ」
柔らかな声に優しく揺すられ目を覚ました。
子ども達の相手をしている間にうたた寝してしまったらしい。視線を下げればその隣で子どもたちも並んで仲良く寝息を立てていた。
「物置の奥からカメラが出てきて、確認してみたらこんな写真が」
ヒメリは子どもたちを起こさないように囁く。
カメラ――と聞いてふと懐かしさを覚える。いつの日かアカネの提案で家族写真を撮ったことがあったな、と思い出した。でも確かあの時の写真はアカネが全部ダメにして、フィルムも持っていってしまったから何も残ってなかったはずだ。
そんなことを思い起こしていたが、ヒメリが差し出したのはアカネが持ってきたあの古ぼけたフィルムカメラとはまた違うものだった。
「そんなもんまであったのか」
そこにあったのはデジタルカメラだった。いつの日かアカネが取り出してきたフィルムカメラほどではないが、こちらもまた随分と古いものに感じる。
またも見た覚えのないそれに「いつ買ったんだか」なんてことを零しながら小さな液晶画面を2人で覗き込んだ。
表示されているのは一番新しい日付のものらしく――それでも幾分も前のものだが――その写真を見てヒメリは嬉しそうに微笑む。
「アカネちゃん、いつ撮ったんだろうね」
そこには、小さな娘を抱えるレイとまだお腹の大きかった頃のヒメリの姿があった。気付かぬうちに撮られたものらしく、視線はどれもこちらに向いておらず互いに向き合っていた、何気ない幸せを切り出したような一瞬だ。
そんな光景を背にして、その前には笑顔でピースサインを突き出すアカネが大きく写り込んでいた。