future
『朝焼けセンチメンタル』
目が覚めた。
外を見れば辺りはようやく薄ぼんやりと明るくなり始めていた。
そういえば以前、毎朝こんな時間に目を覚ます僕に、ついでに夜は早いうちに寝てしまう僕に、シグレ君は「年寄りかよ」なんて言ってたな。失敬な。
「よく眠ってるなあ」
そんなシグレ君はまだ目を覚ます様子はない。
寝ている時ですら警戒心の強いシグレ君だけど、多少物音を立てた程度じゃ起きる気配はない。よっぽど疲れて熟睡してるのか、僕なんかに気を許してくれてるのか。
「昨日のカレーまだあったっけ」
小腹が空きおもむろに起き上がるとキッチンの方へ向かった。鍋の中に昨夜食べたカレーが残っている。冷えたルーを掬い少しだけ口に付ける。味は相変わらずでお世辞にもおいしいとは言えなかったけど、嫌いではない。
「ほんとはさ、なんとなく、今日は君が珍しく料理してるだろうなって思ったから来たんだ」
別の日にくればよかったなんて言ったけど。
誰に聞かせるわけでもなく、そんな独り言を呟く。
なんとなく食べたくなった、こんな味の悪い料理でも、こんな味の悪い料理だからこそ、思い出作りでもしたかったのかもしれない。
――今日で最後だから。
「シグレ君、僕さ、今日でこの街から離れようと思ってるんだ」
眠ったまま聞こえてないだろうシグレ君の方へ振り返り告げる。
本当は昨日この街を出ていくつもりだった、つもりだったけど、なんとなくシグレ君の顔を思い出して、本当になんとなくだけど、最後に一目だけ会っていこうかと思い立った。
久々に会ったシグレ君は変わりないようだった、あの頃と何も。
あの頃、と言ってもこの部屋で過ごした日々はどれもこれもありふれていて、ありふれ過ぎていて、ひとつひとつを丁寧に掘り起こすのは骨が折れそうだ。そんななんでもないような、もっと言えばどうでもいいような日々でさえ、どこか懐かしく感じる、なんとなく、名残惜しく感じる。
今日で全部、お別れかと思うと。
「楽しかった、な」
不意に零れた自分の言葉に驚きつつ、口にして改めて自分の気持ちを実感する。
そうか、僕はここでの生活が楽しかったのか。
ふと視界にペンが転がっているのが見えた、辺りを見ればあちこちにチラシが散らかっている。黙って出ていくつもりだったけど、せめて何か書き置きでも残していこうかとペンとチラシを手に取る。
ただ、書き置きでもと思い立ってみたけど、とくに何か言い残したいこともない。「んー」と伸びをしながら何を書こうかと天井を仰ぐ。
そして、おもむろにペンを走らせてみた。
「忘れないで」
ふっと鼻を鳴らす。
無意識にそんなことを書き出していた自分に、らしくないなと自嘲気味に笑った。
……本当に、らしくない。
お別れに会いに来たのも、書き置きを残すのも、ましてやこんな言葉を残すなんて、らしくない。
「僕、案外君のこと好きだったよ」
眠るシグレ君に向かいそう呟く。
おかしいな、僕は君のこと嫌いだったはずなのに。
真っ直ぐなところが嫌いだった、不器用にお節介でお人好しなところが嫌いだった、変に察しのいいところも気付いても何も言わないところも、そのくせ放っておいてくれないところも嫌いだった。全部嫌いだったのに、嫌いだったはずなのに、いつの間にか。
……ただの都合の良い人間でよかったのにね、気付けば君に絆されてた僕は馬鹿みたいに君と一緒に過ごす時間を楽しんでたんだ。
もしかしたらこれが友達と呼ぶものかもしれない、なんて思ってる自分をまた鼻で笑う。
まあ僕のそんな気持ちは知る由もないだろう、君にとっての僕は相変わらず面倒で鬱陶しいだけのやつかもしれないけど。
そんなことを思いつつ、一言だけ綴った書き置きの下にゴミの日や分別について書き加えていった。
君に対して最後まで素直になり切れなかった僕のこの気持ちに、君は気付くだろうか。気付いてほしいような、気付いてほしくないような、そんな気持ちを抱えながら、本心を紛らせた書き置きを放し僕はそっと部屋を後にした。
もし、もしも、また君に会うことがあったら、その時は君のことを――
……なんて。
扉を開けると空は赤く染まり出していた。
目が覚めた。
外を見れば辺りはようやく薄ぼんやりと明るくなり始めていた。
そういえば以前、毎朝こんな時間に目を覚ます僕に、ついでに夜は早いうちに寝てしまう僕に、シグレ君は「年寄りかよ」なんて言ってたな。失敬な。
「よく眠ってるなあ」
そんなシグレ君はまだ目を覚ます様子はない。
寝ている時ですら警戒心の強いシグレ君だけど、多少物音を立てた程度じゃ起きる気配はない。よっぽど疲れて熟睡してるのか、僕なんかに気を許してくれてるのか。
「昨日のカレーまだあったっけ」
小腹が空きおもむろに起き上がるとキッチンの方へ向かった。鍋の中に昨夜食べたカレーが残っている。冷えたルーを掬い少しだけ口に付ける。味は相変わらずでお世辞にもおいしいとは言えなかったけど、嫌いではない。
「ほんとはさ、なんとなく、今日は君が珍しく料理してるだろうなって思ったから来たんだ」
別の日にくればよかったなんて言ったけど。
誰に聞かせるわけでもなく、そんな独り言を呟く。
なんとなく食べたくなった、こんな味の悪い料理でも、こんな味の悪い料理だからこそ、思い出作りでもしたかったのかもしれない。
――今日で最後だから。
「シグレ君、僕さ、今日でこの街から離れようと思ってるんだ」
眠ったまま聞こえてないだろうシグレ君の方へ振り返り告げる。
本当は昨日この街を出ていくつもりだった、つもりだったけど、なんとなくシグレ君の顔を思い出して、本当になんとなくだけど、最後に一目だけ会っていこうかと思い立った。
久々に会ったシグレ君は変わりないようだった、あの頃と何も。
あの頃、と言ってもこの部屋で過ごした日々はどれもこれもありふれていて、ありふれ過ぎていて、ひとつひとつを丁寧に掘り起こすのは骨が折れそうだ。そんななんでもないような、もっと言えばどうでもいいような日々でさえ、どこか懐かしく感じる、なんとなく、名残惜しく感じる。
今日で全部、お別れかと思うと。
「楽しかった、な」
不意に零れた自分の言葉に驚きつつ、口にして改めて自分の気持ちを実感する。
そうか、僕はここでの生活が楽しかったのか。
ふと視界にペンが転がっているのが見えた、辺りを見ればあちこちにチラシが散らかっている。黙って出ていくつもりだったけど、せめて何か書き置きでも残していこうかとペンとチラシを手に取る。
ただ、書き置きでもと思い立ってみたけど、とくに何か言い残したいこともない。「んー」と伸びをしながら何を書こうかと天井を仰ぐ。
そして、おもむろにペンを走らせてみた。
「忘れないで」
ふっと鼻を鳴らす。
無意識にそんなことを書き出していた自分に、らしくないなと自嘲気味に笑った。
……本当に、らしくない。
お別れに会いに来たのも、書き置きを残すのも、ましてやこんな言葉を残すなんて、らしくない。
「僕、案外君のこと好きだったよ」
眠るシグレ君に向かいそう呟く。
おかしいな、僕は君のこと嫌いだったはずなのに。
真っ直ぐなところが嫌いだった、不器用にお節介でお人好しなところが嫌いだった、変に察しのいいところも気付いても何も言わないところも、そのくせ放っておいてくれないところも嫌いだった。全部嫌いだったのに、嫌いだったはずなのに、いつの間にか。
……ただの都合の良い人間でよかったのにね、気付けば君に絆されてた僕は馬鹿みたいに君と一緒に過ごす時間を楽しんでたんだ。
もしかしたらこれが友達と呼ぶものかもしれない、なんて思ってる自分をまた鼻で笑う。
まあ僕のそんな気持ちは知る由もないだろう、君にとっての僕は相変わらず面倒で鬱陶しいだけのやつかもしれないけど。
そんなことを思いつつ、一言だけ綴った書き置きの下にゴミの日や分別について書き加えていった。
君に対して最後まで素直になり切れなかった僕のこの気持ちに、君は気付くだろうか。気付いてほしいような、気付いてほしくないような、そんな気持ちを抱えながら、本心を紛らせた書き置きを放し僕はそっと部屋を後にした。
もし、もしも、また君に会うことがあったら、その時は君のことを――
……なんて。
扉を開けると空は赤く染まり出していた。