future
『夕焼けノスタルジック』
扉を開けると空は赤く染まり出していた。
珍しく鳴ったチャイムの音を耳にし開いたその先には、夕焼けを背にし懐かしい顔が立っていた。
「珍しいな、突然どうしたんだ」
「ふふふ、久しぶり」
扉の先にいたトキワはそう言って笑ってみせた。
久々に見せたその顔には相変わらず何を考えてんのかよくわからない笑みを湛えていた。
「僕、ここ出てくね」
トキワがそう言ったのは、初めてここを出ていったのはもう数年前のことだった。
ようやくこいつも居候をやめて一人暮らしでも始めるのか、と思えばそういうわけではなく、付き合い始めた女の元に転がり込むことになっただけらしかった。相手が変わっただけでやっていることはうちで居候してるのと変わらない。
ただそれは長続きはせず、すぐに別れてはまた当然のようにここに戻ってきた。
それからは、女と付き合っては出ていき別れては戻ってきて、そんなことを幾度となく繰り返して、そうして結局どれもこれも上手くいかなかった果てにようやく一人で暮らし始めるようになった。
そういえば今顔を見て久しさを覚えたことで気付いたが、別れて暮らし始めてから顔を見るのは初めてかもしれない。
「また部屋散らかしてー」
トキワは部屋に入ると真っ先にそんな小言を口にし始める。久方ぶりとなるこれも毎回の恒例行事だった、こいつは楽したがりの物臭なくせにこういうところはいちいち口うるさい。
「僕がいないとすぐこれなんだから、脱いだもの脱ぎっぱなしだし、ゴミもちゃんとしてって言ったじゃん」
「ちゃんとゴミ袋にまとめてるだろ」
「そのゴミ袋をあちこちに散らかしてたら一緒でしょ、っていうかこれちゃんと分別してるの」
こいつの小言は未だ健在らしい。
オレは相変わらずいつまでもぐちぐちとうるさいトキワが面倒になり話をはぐらかせようと試みる。
「そういえば今日飯食ってくか?」
そう言うとトキワは「またそうやって話を逸らす」と言って顔をしかめる、おまえにだけは言われたくない。
「飯ってどうせカップ麺でしょ」
「今日は自分で作った」
「うわあ珍しい、別の日に来ればよかった」
「カレーだからそこまで酷くねーよ」
「シグレ君のカレーは具がごろごろしてるからなあ」
「じゃあ別に食わなくていい」
ムッとした態度が表に出るオレを見てトキワはからかうように笑う。
「冗談だよ」
結局、トキワはオレの作ったカレーに散々文句を言いつつ、それでも残すことはなく食べた。
空になった食器が並ぶ。
「で、今日は何しに来たんだよ」
一人暮らしをやめてまたここに戻ってきた、ってわけではないだろう。
何気なく尋ねるとトキワは背に置いたクッションに持たれながら「んー?」と伸びをした。
「たまたま通り掛かったから久々に寄ってこうかなって思っただけ」
「今まで居候しに戻ってきた時以外に顔見せることなかったくせに?」
「まあそういう気分のときもあるって」
そうだ、ついでに今日はここに泊まっていこうかな。と言いながらへらへらと笑う。
以前からこいつは自分のことをあまり話したがらず煙に巻くことが多かったが、それは今でも変わってないらしい。
その後も他愛のない話をいくつかしたが、近況の話となると話すのはオレばかりになり、トキワに話を振ればはぐらかされて話題をすり替えられた。
まったく、こいつは今も昔も一体何をしてるんだか。
「そういえばここに居た時はさ」
近況報告はいつの間にか思い出話に変わっていた。トキワが居候を始めた頃、いつの間にかこいつが居るのが当たり前になってた頃。
そんな思い出話はつい最近のことのようにも思えるし随分昔のことのようにも思えた。
あの頃のオレは、こいつとこんな風に話をする日が来るなんて思いもしなかっただろう。
初めて出会ったときから図々しいやつだとは思っていたが、それもまだまだ猫を被った可愛らしいもので、本性はさらにふてぶてしく加えて性格の捻じ曲がった嫌なやつだった。散々迷惑を被ったし弄ばれもしたし、煩わしく思う事が多かった、なんで居候させていたのか今思っても不思議なくらいだ。
それでも、こんなやつでも長く過ごせば情が移る。
「あの時の君は本当に面白かったなー」
「うっせーな」
ムカつくことのほうが多かったけど、たまに一緒にバカやったり、くだらない話で盛り上がったり、本気でケンカしたり、楽しかったことだって少なからずあった、……あったはずだ。
友人と呼べるほどではないかもしれないが、それに近い仲にはなったと思う。
まあそれもオレが勝手にそう思ってるだけで、こいつにとったらオレは相変わらず都合がいいだけの人間かもしれないが。
「ねえ、シグレ君」
飲み物を取りに行こうと立ち上がるオレの背にトキワが話し掛ける。
なんだよ、とだけ返事をし視線だけをトキワに向ける。あいつはいつものようにへらへらと笑っていた。
「僕、案外ここで君と一緒に暮らすの好きだったよ」
唐突に掛けられたそんな言葉にオレはぽかんとした。
本心からなのかかからかわれてるだけなのかへらへらと笑う顔のせいで相変わらず真意は掴めないが、例え嘘でも冗談でも、こいつがそんなことを口にするなんて意外だった。
「……そうかよ」
オレはなんだか照れ臭くなって、素っ気なくそれだけ返した。
朝目が覚めるとトキワの姿はなかった。
礼の言葉も別れの言葉も言わずに人が寝ている隙に出ていったらしい。挨拶代わりに置手紙があった。
置手紙、というより、メモと言ったほうが正しいかもしれない、チラシの裏に書かれた適当なものだ。そこにはゴミ出しの日程と決まり事が細かに書かれていて、その上には「忘れないでね」と他の文字より少し大きく書かれていた。
「一言もなしに小言だけかよ」
オレは苦笑しつつ、それを無くさないよう目に付きやすいよう、冷蔵庫の目立つ位置に張り付けた。
扉を開けると空は赤く染まり出していた。
珍しく鳴ったチャイムの音を耳にし開いたその先には、夕焼けを背にし懐かしい顔が立っていた。
「珍しいな、突然どうしたんだ」
「ふふふ、久しぶり」
扉の先にいたトキワはそう言って笑ってみせた。
久々に見せたその顔には相変わらず何を考えてんのかよくわからない笑みを湛えていた。
「僕、ここ出てくね」
トキワがそう言ったのは、初めてここを出ていったのはもう数年前のことだった。
ようやくこいつも居候をやめて一人暮らしでも始めるのか、と思えばそういうわけではなく、付き合い始めた女の元に転がり込むことになっただけらしかった。相手が変わっただけでやっていることはうちで居候してるのと変わらない。
ただそれは長続きはせず、すぐに別れてはまた当然のようにここに戻ってきた。
それからは、女と付き合っては出ていき別れては戻ってきて、そんなことを幾度となく繰り返して、そうして結局どれもこれも上手くいかなかった果てにようやく一人で暮らし始めるようになった。
そういえば今顔を見て久しさを覚えたことで気付いたが、別れて暮らし始めてから顔を見るのは初めてかもしれない。
「また部屋散らかしてー」
トキワは部屋に入ると真っ先にそんな小言を口にし始める。久方ぶりとなるこれも毎回の恒例行事だった、こいつは楽したがりの物臭なくせにこういうところはいちいち口うるさい。
「僕がいないとすぐこれなんだから、脱いだもの脱ぎっぱなしだし、ゴミもちゃんとしてって言ったじゃん」
「ちゃんとゴミ袋にまとめてるだろ」
「そのゴミ袋をあちこちに散らかしてたら一緒でしょ、っていうかこれちゃんと分別してるの」
こいつの小言は未だ健在らしい。
オレは相変わらずいつまでもぐちぐちとうるさいトキワが面倒になり話をはぐらかせようと試みる。
「そういえば今日飯食ってくか?」
そう言うとトキワは「またそうやって話を逸らす」と言って顔をしかめる、おまえにだけは言われたくない。
「飯ってどうせカップ麺でしょ」
「今日は自分で作った」
「うわあ珍しい、別の日に来ればよかった」
「カレーだからそこまで酷くねーよ」
「シグレ君のカレーは具がごろごろしてるからなあ」
「じゃあ別に食わなくていい」
ムッとした態度が表に出るオレを見てトキワはからかうように笑う。
「冗談だよ」
結局、トキワはオレの作ったカレーに散々文句を言いつつ、それでも残すことはなく食べた。
空になった食器が並ぶ。
「で、今日は何しに来たんだよ」
一人暮らしをやめてまたここに戻ってきた、ってわけではないだろう。
何気なく尋ねるとトキワは背に置いたクッションに持たれながら「んー?」と伸びをした。
「たまたま通り掛かったから久々に寄ってこうかなって思っただけ」
「今まで居候しに戻ってきた時以外に顔見せることなかったくせに?」
「まあそういう気分のときもあるって」
そうだ、ついでに今日はここに泊まっていこうかな。と言いながらへらへらと笑う。
以前からこいつは自分のことをあまり話したがらず煙に巻くことが多かったが、それは今でも変わってないらしい。
その後も他愛のない話をいくつかしたが、近況の話となると話すのはオレばかりになり、トキワに話を振ればはぐらかされて話題をすり替えられた。
まったく、こいつは今も昔も一体何をしてるんだか。
「そういえばここに居た時はさ」
近況報告はいつの間にか思い出話に変わっていた。トキワが居候を始めた頃、いつの間にかこいつが居るのが当たり前になってた頃。
そんな思い出話はつい最近のことのようにも思えるし随分昔のことのようにも思えた。
あの頃のオレは、こいつとこんな風に話をする日が来るなんて思いもしなかっただろう。
初めて出会ったときから図々しいやつだとは思っていたが、それもまだまだ猫を被った可愛らしいもので、本性はさらにふてぶてしく加えて性格の捻じ曲がった嫌なやつだった。散々迷惑を被ったし弄ばれもしたし、煩わしく思う事が多かった、なんで居候させていたのか今思っても不思議なくらいだ。
それでも、こんなやつでも長く過ごせば情が移る。
「あの時の君は本当に面白かったなー」
「うっせーな」
ムカつくことのほうが多かったけど、たまに一緒にバカやったり、くだらない話で盛り上がったり、本気でケンカしたり、楽しかったことだって少なからずあった、……あったはずだ。
友人と呼べるほどではないかもしれないが、それに近い仲にはなったと思う。
まあそれもオレが勝手にそう思ってるだけで、こいつにとったらオレは相変わらず都合がいいだけの人間かもしれないが。
「ねえ、シグレ君」
飲み物を取りに行こうと立ち上がるオレの背にトキワが話し掛ける。
なんだよ、とだけ返事をし視線だけをトキワに向ける。あいつはいつものようにへらへらと笑っていた。
「僕、案外ここで君と一緒に暮らすの好きだったよ」
唐突に掛けられたそんな言葉にオレはぽかんとした。
本心からなのかかからかわれてるだけなのかへらへらと笑う顔のせいで相変わらず真意は掴めないが、例え嘘でも冗談でも、こいつがそんなことを口にするなんて意外だった。
「……そうかよ」
オレはなんだか照れ臭くなって、素っ気なくそれだけ返した。
朝目が覚めるとトキワの姿はなかった。
礼の言葉も別れの言葉も言わずに人が寝ている隙に出ていったらしい。挨拶代わりに置手紙があった。
置手紙、というより、メモと言ったほうが正しいかもしれない、チラシの裏に書かれた適当なものだ。そこにはゴミ出しの日程と決まり事が細かに書かれていて、その上には「忘れないでね」と他の文字より少し大きく書かれていた。
「一言もなしに小言だけかよ」
オレは苦笑しつつ、それを無くさないよう目に付きやすいよう、冷蔵庫の目立つ位置に張り付けた。