short

『紅茶一杯分の一時』


「ヒメリが結婚でもしたらエバのところに厄介になろうかしら」

 なんでもない日の午後。木漏れ日の洩れるテラスとテーブルに置かれた二つの紅茶。
 ハンナちゃんは悪戯を思いついた子供のように笑いながらそんなことを提案する。

「それはつまり私がヒメリ君と結婚すれば二人とも私のものになるということかしら」

 その提案に神妙な面持ちでそう言葉を返せば、彼女は一際大きく笑った。

「エバは欲張りね」




 幼少の頃から私の性向や言動は周りの大人からも同年代の子供からも一目置かれていた、言葉を選ばなければつまり気味悪がられ避けられてきた。幼いながらに非凡な才能を持つ私を喜び誇りに思っていた両親さえも、徐々に私の非凡な性質に恐れを抱いていった。
 そんな私のことを両親が手放し施設へ預けたことも当然のことだと思っていた。だから恨む事も責める事もしなかった。
 自分が他人から受け入れられ難い存在だということは私自身が自覚していた。

 しかしそんなことは私にとってはどうでもいいことだった。
 私は自分の探究心さえ満たせればそれでいいのだ。

――だけど彼女だけは他の人間と違った。

 私の性向を知っても、私の言動を見ても、私の非凡さを気味悪がることも避けることもしなかった。

 彼女といると、私は「人」でいられる気がした。




 欲張り、ねえ。

「これでも遠慮してるほうよ、ハンナちゃんに対しては」
「知ってる」

 ひとつため息をつきながら言葉を漏らせば、間髪入れずに、彼女は全てを見透かしたような瞳で微笑みかける。

 私が本気で望めば、もしかすると彼女を手に入れることができたかもしれない。
 彼女といると私は「人」でいられる気がした。

「ハンナちゃんはなんでもお見通しなのね」

 だから私は彼女を求めない。
 私は自分の探究心さえ満たせればそれでいいのだ。



***



 私には「自分」がなかった。
 大切なものも夢中になれるものもなかった、ただ大人の期待に応えるような「いい子」でいることを演じた打算的な子供だった。

 彼女はそんな私とは正反対の人間だった。
 自分を偽ることなく他には目もくれず、ただひたすらに自らの好奇心に貪欲で忠実だった。彼女の行為の多くは人として褒められるものではなかったが、そんなこと私にはどうでもよかった。

 私は彼女の静かな瞳が熱く煌めく瞬間が好きだった。



――だから、そんな彼女が私を選ぶことはない。

「そういうところが好きよ、エバ」
20/22ページ