short

『取扱注意報』


「お腹痛い」

 唐突にやって来たかと思えば不機嫌そうにただそれだけ言葉を吐くクロムに、シグレは読んでいた漫画雑誌から視線をそちらに向ける。
 そこには普段見せないようなどこか弱々しくいじらしいクロムがいた、わけはなく、普段のにやにやした笑みをどこかにやりむすりとした顔で仁王立ちしているクロムがいた。その普段以上に偉そうに見える態度にそれで本当にどこか悪いのかと聞きたくなる。

「なんだよ、その、あれか」

 シグレが遠慮気味にそう言うと「ちげえよ」と短い否定とともに鳩尾に勢いよく蹴りを放たれ軽く悶絶する。

「撫でて」

 それだけ言うとクロムはシグレの膝の上にどさりと座った。座るというより寝そべったというほうが正しいかもしれない、シグレに体重を預けるようもたれかかる。
 普段はオレが触ると怒るくせに。と言おうとしたが、今口答えするのは賢くないと思いシグレは大人しく口を噤む。クロムが体調不良で損なうのは機嫌だけだ、暴力は弱まるどころかむしろ機嫌が悪い分加減がなくなり、体調不良とはなんだったのかという気持ちにさせられる。

「これでいいのかよ、マシになったか?」

 言われるがままにクロムの腹部を撫でつつ尋ねれば「全然」とだけ返事が返ってくる。が、先程までの不機嫌さは少し和らいだ気がした、表情も僅かに柔らかくなったように見える。

「このまま死んじゃうかもお」
「おまえみたいなやつが簡単にくたばるかよ」

 普段の間延びした口調に戻りつつあるクロムに、体の調子はともかく、機嫌は大分回復しているのがわかりシグレは少しほっとする。機嫌の悪いクロムを相手にするのは普段以上に神経を遣う。
 腹部を撫でる程にクロムの機嫌は良くなっていくようで、気付けばクスクスと笑い声が漏れ始めた。

「でも、死ぬんならおまえに殺されたいな」

 は?と思わず声が漏れる。
 安堵した空間に、いきなりぶち込まれた突拍子もない言葉に、シグレの手は止まる。クロムはそんなシグレの様子に可笑しそうににやりと口角をあげると、止まったシグレの手を握り自分の喉元まで持っていき、そのまま軽く自身の細い首を握らせる。

「やさし~いシグレはボクを殺しちゃったら死ぬまで後悔するかなあ?」

 その手でこの首を絞めて殺したらその感触が一生そこに残るのかもしれない、一生拭えない感覚を抱えて苦しみ続けるのかもしれない。
 それはそれでいいなあと思ったが、それを自分の目では見れないことに少し残念に思い、クロムはまたくすくすと笑う。

「バカなこと言ってんじゃねーよ」

 突然の言葉に呆けていたシグレは、一拍置いてからそう返した。いちいちクロムの言動を間に受けていられないと言葉半分に聞き流し、喉元に触れていた手を離す。そんなこと言ってる余裕があるならもう大丈夫だろうと、読みかけのままだった漫画のことを思い出すとそちらに向き直る。
 冗談じゃないんだけどなぁ。クロムはくすくすと笑うと、再度、先程よりも甘えた声で「撫でてえ」と言いながらシグレの手から漫画雑誌引き離した。
19/22ページ