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『砂時計の落ちる時間』


 どこから拾ってきたのか最近のアカネは砂時計に夢中だった。
 日が沈み、店から人がいなくなった後になると取り出し、寝るまでの間ずっと眺めていた。サラサラと落ちる砂をただ黙って見つめ、砂が残らず落ち切ったのを確認するとゆっくりとひっくり返す。それをただ延々と、同じ動作を何度でも何度でも飽きもせずに繰り返す。

「楽しいのか」

 そう聞いてみるとアカネは砂時計を見つめたまま曖昧な返事だけを返してくる。

「好きなのか」

 言葉を変えてみてもアカネは砂時計を見つめたまま曖昧な返事だけを返してくる。

「ぼくの砂時計は」

 アカネよりも先に砂時計、もとい砂時計を眺めるアカネに飽きてぼんやりとしていると、ふいにアカネが口を開いた。
 そのまま視線だけをアカネのほうに向ければ、相も変わらず砂時計を眺めている。

「ぼくの砂時計は、砂が詰まって落ちなくなっちゃったから」

 砂時計なんて持ってないだろ、とその言葉に少し怪訝に思う。
 もしかしたら知らないだけで本当に持っていたのかもしれないし、もしかしたら何かの比喩なのかもしれない。
 何が言いたいのかわからず、何か言葉を掛けようとしたところでそれを遮るかのように店内に置かれた振り子時計がぼーんと音を響かせる。その音に先を譲り口を噤んでいると、九回目のそれが鳴り終わる頃には掛けようと思っていた言葉も掻き消されどこかに行ってしまっていた。

「ここでは嫌でも時間の流れを実感させられる」

 代わりにアカネが言葉をこぼす。普段使わないような言葉使いに少し違和感を覚える、たまに見た目にはそぐわない年相応の態度を見せる。
 アカネの言葉に店内を見渡せば、どこに目を向けても時計が目に入り、一度意識してしまうと静かな店内ではうるさい程それぞれの秒針の音が響いて聴こえる。

「真っ当に役割を果たしてるやつは少ないけどな」

 ただ、それぞれの秒針はどれもほとんどが正確な時刻を刻んではいない、針の位置はどれもバラバラだ。
 そんなことを口にしながら、ふとアカネのほうに視線を戻すと、アカネと目が合った、目の前の砂時計でも店内の時計でもなくこちらを見つめていた。笑っているのか泣きそうなのか、よくわからない表情をしている。

「ぼくは、砂が流れるのを見続けたいのか、砂が落ちる瞬間を見たいのか、どっちかなあ」

 そんなことを呟きながら、アカネはまた砂時計をひっくり返すとただ砂が落ちる様子を眺め始めた。
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