short

『慣れない痛み』


――痛みをそのまま痛みとして受け入れてたらどうにかなりそうで、捻じ曲げてないとやってらんない



「シグレ君、離してよ」

 僕の腕を乱暴に掴んでくる手を見つめる。
 無駄に馬鹿力で全然振りほどけそうな隙もない、逃げることは半ば諦めるとため息をつきながら視線を上げる。
 その先ではシグレ君が眉根にしわを寄せながら見つめていた。

「シグレ君、離して、痛い」

 もう一度そう繰り返すと、だんまりだったシグレ君がようやく口を開いた。

「おまえ、言いたいことあるんならはっきり言えよ」

 シグレ君は真っ直ぐ僕を見つめてそう言う。

「言いたいこと?別に君に言いたいことなんて何もないけど?」

 シグレ君の言いたいことはわかってるけど、敢えてわかってないフリをして微笑んだ。
 シグレ君は少し苛立ちを見せながら頭を掻き、何か言葉を探しているのか小さく唸りながら俯く。僕はいつまでも離れないシグレ君の手にうんざりしながら視線を逸らした。

「だから、なんかあったんなら言えよ、たまには」

 その言葉に思わず視線を戻す。シグレ君の真っ直ぐな瞳とぶつかる。
 酷く苛ついた。
 そんな言葉を投げかけられることに、気付かれないようにしていたことにあっさりと気付かれたことに。

「君に言ってなんになるって言うの」

 思わずそんな言葉を吐いてしまったことにまた苛つく。
 それは肯定を意味する言葉で、それをつい口にしてしまった自分の余裕のなさに気付いてしまう。

「言わねーとわかんねーだろが」

 シグレ君に気付かれたことに、シグレ君に気を掛けられてることに、苛立つ。
 普段は関係ないフリするくせに。見捨てることなんかはできなくて、届く限り手を伸ばし続けて、そんなぶっきらぼうな君のお節介が反吐がでるくらい大嫌い。

「君ってさ、ほんっとお人よしだよね」

 誰も頼んでないのにさ。僕のことなんて放っておけばいいのに、放っておいてくれたらいいのに。
 腕に自分のものとは違う体温をまだ感じる、未だに離してくれる様子のないその手を見つめる。

「……離してよ」
「まだ話終わってねーだろ」
「離して」

 瞬間シグレ君の手の力が弱まる。間抜けそうにぽかんとした顔で僕を見ている。嘲笑ってやろうかと思ったけど、できなかった。
 頬に温かいものが伝わるのを感じて僕は顔を伏せる。
 止めることのできないそれはぽたりぽたりと僕の瞳から零れ落ちている。眉を寄せ力を込めてみても視界が霞むだけだった。

「痛い、痛いよ」

 そんなもの僕に向けないでよ。

 冷たく発せられる無数の棘よりも、嫌悪に塗れた眼差しよりも、何よりも何よりも、君のその余計なお節介が僕に痛みを感じさせる。



――そんなもの知ったら、耐えられなくなる
13/22ページ