Under worker

「もしも俺がさ」

もしも話なんて彼がするのは珍しい。
ふと視線を向けるといつものように笑っている彼がいる。そのゆるゆるの笑顔を見るとこちらまで気が緩んでしまう。
久々に顔を出した地上は夏真っ盛りだった。飛び込んだ木陰は強烈な日差しからは逃がしてくれたが茹だるような気温からは逃してくれず絶えず汗が流れていく。しかし隣で寝転がる彼はそんな様子を見せることもなく涼しそうな顔をして笑う。
何を言うんだろう、と軽い気持ちで彼の次の言葉を待つ。

「実は君が殺したいほど憎いと思っていた相手だったとしたら、殺してくれる?」

唐突に、油断していたところに唐突にそんな言葉を放り投げられる、思考も挙動も停止する。
え。私の口から声が漏れた気がした。

「こうやって仲良くしてるのは全部君を騙すための演技だったとしたらさ」

そんな私のことなんて構う様子もなく、彼は普段通り、なんでもない話をするかのように言葉を続ける。
その表情と口から出てくる言葉の差異に私はただ戸惑う。

「別にね」

呆ける私に向け、彼は微笑む。
その表情になんだか、「今のは全部冗談なんだけど」とでも言ってくれるんじゃないかと期待してしまう、「本当はそんなこと思っても考えてもないよ」と。
私は「なんだ」って胸を撫で下ろす準備をする、だから安堵させて。

「別に憎まれたいわけじゃないんだけど、そのほうが君も躊躇いも後悔もなく俺のことすぐ忘れられるでしょ?」

彼はそんなことをさせてくれることもなく、胸を撫で下ろす準備しかしていなかった私はどうすればいいのかわからなくなる。
彼の口から飛び出る言葉をどう受け止めていいのかわからない、その戸惑いを彼の笑顔に嘲られているような気になってくる。

「別に殺されたいってわけでもないんだけど、最期は好きなやつの手で終わらせてもらいたいんだよね」

一瞬、彼が普段見せないような真剣な表情をしたので、ただ呆けることしかできなかった私の顔も強張る。

「なんて、もしもの話なんだけど」

そう言うと彼はふっと何事もなかったかのようにいつもの笑顔を見せる。
そして砂埃のついたズボンを軽く払いながら立ち上がり、大きく一度背伸びして、じゃあねと軽い挨拶だけを置いて、私からの言葉も待たず背を向けていってしまった。

今のもしも話はお得意の嘘なのか、それとも本心からなのか、彼の笑顔と立ち昇る陽炎がそれをわからなくする。
それでも、冗談にしろ本気にしろ、最後まで「別に死にたいわけじゃないんだけど」という彼の言葉を待っていた私はひとり、見えなくなった彼の背が向かった方向をただ追い続けるしかできず、置いてけぼりを食らってしまった。



(別に死にたいわけじゃないんだけど、生きていたいわけでもないんだよね)
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