山繭の揺り籠

 ふと万結理は振り返った。

 辺りは暑気を払う心地の良い風の音もかき消すほどの蝉の声に包まれていた。森が鳴いてるのかと思うほどどこを向いても蝉の声で満たされ、蝉時雨という言葉の意味を全身で浴びているようだった。じんわりと汗ばむ額を手で拭う。

 これだけの騒々しい声に包まれているにも関わらず、万結理は不思議と「静かだな」と感じた。
 人の音が聞こえないからかもしれない。

 気付けば前を歩いていた累の背が遠ざかっていた。万結理が足を止めていることに気付いたのか彼もその場で足を止めており、急かすこともなく羽織を風に靡かせながらゆったりと木々を眺めている。

 変わった町で出会った不思議な少年。万結理と歳はそう変わらず見えたし背だってさほど変わらない。いつでも柔和な笑みを携え夏の暑さに佇みながらもどこか涼しげだった。

 万結理は累の元へと歩を進めた。
1/1ページ