Under worker

『ある帰り道』


「いっくん」

 名前を呼ばれて少年は遥か頭上の遠い空から視線を降ろす。地に降りた視線は少し先を歩いていた少女の姿を捉えた、いつの間にか歩みを止めそばに寄り少年の顔を覗き込むように伺っている。背中に背負うランドセルが重そうだなあとぼんやり思う、同じ大きさのランドセルも少年より3つ幼い少女が背負うとやたらに大きく見えた。

「いっくん、おとうさんとおかあさんいないの?」

 少年を見つめる少女の目は真っ直ぐで、時には痛いくらいに、あどけなく純粋な疑問を真っ直ぐにぶつけてくる。

「そーだね」

 少年はその問いにどこか他人事のように上の空で答える。

「なんでいないの?」
「知らない」
「どこいっちゃったの?」
「知らない」

 少女は「どうして?」を繰り返し訪ね、少年はそれに淡々と答える。少年自身、答えと呼べる答えは持ち合わせていなかったが。

「じゃあいっくんひとりぼっちなの?」
「そーだね」

 少女の最後の質問にも同様に答える。

 ある日突然少年はひとりになった。
 何も告げずに少年を置いてどこかへ消えた両親、親戚の家を転々とするもどこに行っても見当たらない居場所、その全部に少年は「仕方ない」と区切りをつけた、全部「そういうもの」だったんだから仕方ない。
 そう考えたらみんなすんなり受け止められた。

 少年は頭上を流れる雲を見上げる。

「じゃあ、わたし大きくなったらいっくんのおよめさんになってあげるね」

 少女の笑う声に少年は雲から視線を少女へと移し、ぽかんとした表情を見せる。

「そうしたらいっくんひとりじゃなくなるよ」

 わたしがいっしょにいてあげるから、さみしくないよ。純粋に笑いかけてくる少女に、少年も少しふっと息を漏らした。

「お嫁さんになるなら指輪がいるね」

 少年は微笑みを浮かべながら「ちょっとまって」と草原にしゃがみ込んだ。少女は「何をしてるの?」とそれを覗き込む。ほんの少しして、少年が「できた」という言葉とともに立ち上がる。そして「左手貸して」と少女の手を取りその薬指に小さな輪を通す。

「わあかわいい!」

少 女が感嘆の声を上げながら見つめる先には、花で作った指輪がはめてあった。

「俺と結婚したら、大人になってもこんな指輪しかもらえないと思うよ」
「いいよ、これかわいいもん、わたしすごく好き!」

 キラキラと瞳を輝かせ、あまりの浮かれようにたどたどしいスキップでかけていく少女に少年はまた笑う。
 そして、少女の少し先を見つめる。

 花がいつか枯れていくことはわかってる。
 明日が今日とは全然違う日になるかもしれないこともわかってる。
 いつまでも続くはずがないということをわかってる。
 でも「そういうもの」なんだから仕方ない。

 そんな気持ちを裏側へやり、少年はただ、今笑いかけてくれる少女に向かい笑顔を返した。
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