Under worker
月明かりが照らし出す真夜中。
橋の上に佇む人影を発見し、標的だと認識すると近寄っていく。
「須郷」
名前を呼ぶとあいつはいつものようにへらりと笑い、それがまた一段と私を腹立たせる。わざわざ"上"にまで来て油を売って私の手を煩わせておいて。
「あんた、一体何考えてんのよ」
だけど本題はそこじゃない。
私が何を言いたいのかはわかってるようで、須郷は少しだけバツの悪そうな顔をして頬をかく。
こいつはまた、仕事をサボった。
「だって今回の依頼なんか危なそうだったし、怪我すんの嫌じゃん」
「そのうち怪我じゃ済まなくなるわよ」
私が意味深にそう呟くと、須郷は少し困ったような顔をした。
「あー、お偉いさんからなんか言われて来たわけ?」
「別に何も言われてないわ」
「ならよかった」
よくはないでしょ、何も言われてないことに逆に危機感を持ちなさいよ。
数々の任務怠惰によりこいつはもう信頼という信頼を失っていて立場的にも危うく、何もお達しがないということは見放されてることにも近い。そのうち組織から抹殺されるんじゃないの。
「抹殺されないかもしれないじゃん」
そう言って脳天気にへらりと笑う須郷にまた苛立つ。危機感ってものが乏しく変に前向きでどんなときでもへらへらへらへらしてるこいつが嫌いだ、さっさとのたれ死ねばいいって思うのにこういうやつほどしぶとく生き残るから尚更嫌いだ。
「あーでもさ、もしものその時はさ」
須郷は橋の下へと視線を向ける、月明かりが反射して川の流れが見えた。
「ツッコが俺を殺してくれんの?」
まるでそうあってほしいような言い方と相変わらず口元の緩い須郷の顔面に拳を入れてやろうかと思った。
そんなに私に殺されたいなら今すぐ殺してやろうか。そんな思いと拳をなんとか抑え込む。
「私はあくまであんたの監視役でそれ以上でもそれ以下でもないわ」
「そっか、残念」
本当に少し残念そうな顔を見せる須郷に私はますますこいつが何を考えているのかわからなくなる、別にわかりたくもないけど。
「だってさ、よくも知らないやつに殺されるのってなんか怖いじゃん」
知ってる相手だったら怖くないとでも言うような発言だ。
須郷の心理に私の思考は追い付かないしもとより追いつくつもりはない。
「でも俺の周りいいやつばっかだしさー、あいつらにそんなことさせるのは気が引ける」
「つまり私はいいやつじゃないって言いたいのかしら」
わざとらしく不機嫌そうに呟いてみる、まあ普段から須郷の前では不機嫌だからそんなに変わらないかもしれないけど。
けれど、まあ、私がいいやつじゃないなんてことは私が一番よく知っている、だからほんとはそんなに気にはしてない。
「いや、ツッコはさ」
私が不機嫌そうなフリをしていると、弁解するわけでもない須郷は落ち着いた口調で続ける。
「俺が死んでも悲しんだりしないだろ?」
へらり。そんな言葉とは裏腹に、須郷の表情はどこか嬉しそうにも見える。
自分を知る人間に殺されたいくせに、その人間に悲しまれるのが嫌なんて我が儘なやつだ。こいつのこういうところが、一番大嫌いだ。
「あんたのために手を汚すなんてごめんよ」
そう言って私は須郷に背を向ける。こいつのそんな望みを叶えてやりたいとは到底思えないくらい、私はこいつのことが嫌いだ。死にたいなら勝手にどこでも死ねばいいし、独りになりたいなら勝手に独りになればいい。
私の背に向かいあいつは「残念」なんて呟きつつ、どうせまたへらりといつものように笑ってるんだろう、目で見るようにわかるそんな須郷にまた腹が立つ。
「今夜の月も綺麗だなー」
ぽつりと須郷がそれだけ呟いたのだけ聞こえた。