Hide band



 17:00を報せる音楽がスピーカーから街へと流れ出す。
 背の高いポールの天辺から四方を見渡すように付けられたスピーカーは街のあちらこちらに聳え立ち、まるでそれぞれが競うかのように時報を鳴り響かせる。少しずつズレて聞こえてくるメロディで街は埋め尽くされている、それはもううるさいと耳を塞ぎたくなるほどに。その騒がしい程の音もやがて順々に止んでいき、そして遠くから微かに届いた最後の音が止めば、辺りはしんと静まり帰る。
 永遠に続く黄昏時に包まれたこの街を四六時中彩る夕焼け空も、この時間は何か特別な感じがした。
 ガラクタでできた山に登り街を眺める。
 郊外に放棄されたこのガラクタ置き場はまるで小高い丘のようで、ここからは街と空がよく見渡せた。建ち並ぶ工場群が夕焼け空に映える。僕はここからの眺めが好きだった。

「コオニ」

 ふと辺りを見渡せば、いつの間にかちらほらと人影が集まっていた。
 僕を呼びかけるオオカミの姿が見える、その周りではネコがふらふらとガラクタを物色していて、カラスとキンギョは相変わらず口喧嘩を勃発、そんな二人の間に入り宥めるトカゲ、ウサギは周囲を気にも留めずに優雅に空のカップを添え茶会の真似事をし、その横ではクマがお茶菓子をつまんでいる、そして少し離れた場所にはいつものように膝を抱えてひっそり佇んでいるセンスイの姿が見えた。
 今日は全員揃っているらしい。

「今行く」

 僕は短くそう告げるとガラクタの山から降り始める。
 17:00の時報は鳴り終わった。
 さあ、ここからが僕らの時間だ。



 hide band ― 隠し事で結ばれる獣皮集団



 僕らは年中無休で街に鳴り響く17:00の時報を合図にこのガラクタ山に集まり出す。
 まあそれも大体の目安で、それより早くに来てるやつもいれば遅れてくるやつもいる。もっと言えば一日中いるやつとか何日も姿を見せないやつもいる。時間通りに来る義務もなければ毎日来る義務もない、だけど僕を含め大抵のやつらは時間になれば毎日のようにここに集まる。
 そして集まり出す、と言っても、ここで僕らが何をするのかと言えば、楽器を持ち寄り演奏会を始めるわけでもなく、ガラクタを寄せ集め巨大ロボットを造る計画を企てているわけでもなく、もちろん世界平和を守る秘密組織として活動しているわけでもなく、ましてや世界征服のため悪の会合を開いてるわけでもなく、まあつまり集まってとくに何をするというわけじゃないんだけど。
 僕らは何か共通の目的があって集まり一緒にいるわけじゃない、むしろそれぞれが自由気ままに思い思いの時間を過ごしているので、一緒に過ごしているというよりはただ同じ場所に居合わせていると言ったほうが正しいかもしれない。それぞれがここを居心地のいい場所と思いやって来ていつの間にか出来た集まりが僕らだ。

 そんな目的も過ごし方も違う僕らの唯一の共通点は、みんなマスクを着け顔を隠しているところだ。誰が言い出したわけでもないけどここではマスクを着けることがルールとなっていて、それぞれが自らの個性を主張するかのように特徴的なマスクをしている、――僕のマスクは何の変哲もないただのガスマスクだけど。
 僕達はそのマスクの下を、互いの顔を知らない。いや顔はおろか、名前も、歳も、素性も、何一つ知らない。ここに集まった面子はそれぞれがそれぞれに事情を抱え顔を隠さないといけない理由があるらしく、自分について話さない事聞かない事がここでの暗黙の了解となっている。
 それで、互いの名前も知らない僕らはそのままその着用しているマスクの特徴を愛称として呼んでいる。僕の場合はフードに付いた角から「コオニ」。元々ガスマスクしか着けてなかったんだけど、みんながそれぞれ特徴的なマスクをしているのに僕だけなんだか味気ないなと思い――このままだと愛称もガスマスクになりそうで余計に味気ないし――だからフードに角を付けてみた。本当は悪魔の角のつもりなんだけど、アクマだとなんだか禍々しい気がするだとかコオニのほうが愛嬌や可愛らしい感じがあるだとか、僕にはどっちもどっちだと思うんだけど、まあとにかくそんなわけでコオニと呼ばれている。

 僕の話ばかりしていてもしょうがない、他のメンバーの紹介をしよう。

「また街を眺めていたのか、本当に好きだなおまえは」

 ここで一番付き合いが長くよく一緒にいるのがこのオオカミ。ゴーグルを掛けた狼の頭のような被り物をしているからオオカミ。
 首元にはスカーフ、少し丈の長いシャツの下からはふさふさした狼のしっぽのようなアクセサリーを下げ、その下にはサルエルパンツを履いている。ぶっきらぼうな言動から無愛想な印象を受けるけど、話してみればなかなかいいやつでみんなをまとめるリーダーシップもある。周りからはクールでしっかり者のまとめ役という評価を受け信頼されているが、僕からすればからかいがいのある可愛いやつでもある。鼻先まですっぽりと覆う狼の頭部の下から口元だけは窺えるので多少表情も読み取りやすく反応がわかりやすい、ちょっとした悪戯心で意地悪を言うと真に受けて困ったような顔をするのが面白い。

「今日はにゃにして過ごすにょ?」

 このにゃあにゃあ独特な話し方をするのがネコ。猫の耳のような装飾の付いたヘルメットをしているからネコ。
 セーラー服を着ているがこの街の学校のものじゃなく、というか手作りらしく、デニム生地でセーラー服を見立てて作ったらしい。そして左目に眼帯をしているだけで、この集まりの中で唯一顔を隠していない、本人は「あたしの場合この顔がマスクみたいにゃものだから」と言っている。なかなかの不思議ちゃんで顔は晒しているものの心境がわかり辛く掴みどころのないやつだ。

「コオニ!なんとか言ってやれよ!」

 唐突に声を荒げやってきたこいつはカラス。ペストマスクという烏の頭のようなマスクをしてるからカラス。
 マスクの上にはシルクハットを被り、背中には黒い羽根の付いたからくりを背負い、エプロンのような前掛けのような作業服を身に着け、そのところどころには工具や部品を入れるためのポーチを付けている。そこら中に散らかっているガラクタを弄って物を造るのが好きなやつで、面白いやつではあるんだけど自由奔放過ぎて周りの迷惑を顧みないのが玉に瑕。

「コオニ!なんとか言ってあげて!」

 続けて同じようなセリフを口にしやってきたのはキンギョ。ガラクタを寄せ集めて作った金魚のような被り物をしているからキンギョ。
 キャミソールに短めのスカート、その下からはクリノリンを覗かせ、そして魚の鰭のような袖の広がったアームカバーをしている。生真面目なやつでまるで正義感の強い委員長、多少口うるさく感じることもある。まあ大体いつも問題児であるカラスに付きっきりで叱り散らしているので僕らのところまで来ることはそうないんだけど。

「コオニ、なんとか言ってやってくれ」

 なんだか今日はやけにモテるな、まあいいや。で、お手上げポーズをしながら二人の後に付いてきたのはトカゲ。マスクの目元が蜥蜴の目っぽいから、……どちらかと言うとカメレオンっぽい気もするけど、まあとりあえずトカゲ。
 衣服は深い緑一色に統一され、制帽を被り、ピーコートを着こんだその首元にはスカーフが見える。普段はおどけたやつだけどこの集まりでは一番大人っぽい落ち着きがあり、あとキンギョに気があるようでキンギョに付き纏ってはカラスとのケンカの仲裁をしようとしている。今もまた二人のケンカを宥めてる真っ最中なんだろう。

「みなさん相変わらず騒がしいですわね」

 もう少し優雅に振る舞えないのかしら、とやってきたのはウサギ。兎の耳のような装飾を付けたガスマスクをしているからウサギ。
 ブラウスにベルトの巻かれたコルセット、レースが付いてまるでドレスのようにふわりと広がるスカート、この場には不似合いな格好だといつも思う。お嬢様のような口ぶりや振る舞いをする高飛車なやつだけど、その裏腹に面倒見のいい面やどことなくケチ臭い面も覗かせる、あまり喋ったことないけど変なやつだなあとは思う。

「ねえお菓子はー?お菓子ー!」

 ウサギに付いてやってきたこの駄々っ子はクマ。ブリキでできた熊の被り物をしているからクマ。
 パッチワークの目立つオーバーオールに穴だらけのTシャツを着ていて、首元にはゴーグルを掛けている。この中では一番幼く、と言っても僕たちは互いの年齢も知らないから背丈で判断してだけど、年相応の子供らしさを見せ人懐こくそしてとても我儘だ。手を焼くこともしょっちゅうだけど健気に慕ってくる一面も見せられるとつい許してしまう、人に甘えるのが本当に上手い。

「…………」

 最後に、僕達の周りに集まってきた面子をよそに、一人離れたところで座り込んでるのがセンスイ。潜水ヘルメットを被っているからセンスイ。
 そのヘルメットの下にはシンプルなパジャマと裸足という格好でどこかアンバランスさを感じる。口数が少なく言葉を発しているところをろくに聞いたことがない。僕は、というより僕達の中でセンスイとまともな会話をしたことがあるやつはいないだろう、本当に謎なやつだ。

 以上、僕を含めた九人でこの集まり全員だ。
 簡単に紹介したくらいでは語りつくせないほどまだまだこのメンバーについては話したいことがいろいろあるけど、長くなってきたから今回はこの辺で、続きはまた後日。

 17:00の時報が鳴り響く頃に――
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