Crazy joker

『世界の止まった日』


 どんよりとした重い雲が空を覆い小雨の降る中、冷たい墓穴の中に沈む棺を、最愛の兄が入ったそれを、ジーノは虚ろな瞳でただ見つめていた。





「みんなに心配掛けちゃったかなー」

 青空の広がる下、ジーノは兄の眠る墓石の前に立っていた。
 ハイネの死から数日、ジーノは兄を失った喪失感から抜け殻のようにただ漠然と過ごしていた。仲間の慰めも励ましも耳に届かず、食事も睡眠もろくに取らず、一人部屋の隅で拭いきれない現実と膝を抱えていた。

「でも、いつまでも塞ぎ込んでられないよな」

 そう兄に話しかけるよう、自分に言い聞かせるよう、ジーノは墓石に向かいからりと笑う。
 ここ数日で、ようやくジーノに笑顔が戻ってきた。

「俺の弟なんだからいつまでもウジウジしてるな。って、きっと兄貴も言うだろうし」

 兄貴いつも言ってたもんなー、と懐かしそうに兄の口癖を口にしては、嬉しそうに目を細める。

「俺の弟なんだからしっかりしろ、俺の弟なんだからやれるはずだ、俺の弟なんだから大丈夫だ」

 俺の弟なんだから――
 その言葉とともにジーノの頬からは涙が一筋零れる。

「俺、兄貴のあの口癖好きだったんだ」

 両の目から絶えず涙を零しながらもジーノは微笑む。
 自分のことを弟と呼んでくれること、自分のことを信頼してくれること、その言葉から伝わるそれがただただ嬉しかった、そしてそれに応えたかった。

「兄貴のあの言葉があれば、俺はそれだけでなんだって頑張れたんだ」

 だから――
 そう呟くジーノの口元から、笑みが消えた。

「もう一回だけ、言ってくれよ」

 体を震わせ、消え入りそうな声で呟く。
 押し潰されそうなほどの喪失感に負けぬよう耐えてきた両の足もついに力を失くし、そのままその場に崩れるようにしゃがみ込む。瞳から零れ落ちる大量の雫は止まることなくぽたりぽたりとその足元を濡らしていく。

「あと一回だけでいいから、一言だけでいいから、そしたら俺、なんだって頑張るから」

 もう一回だけ言ってくれよ。
 切に願うも、振り絞った声は誰に届くわけもなく、頬を差す冷たい風にさらわれ消えていった。
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