Crazy joker

『きっかけ』


「賭けをしよう」

 私の前に立ちはだかる男は口角をにいっと上げるとコインを突き出した。

「コインを3回投げて、オモテとウラ、選んだ側が多く出たほうの勝ち」

 簡単なルールだろ。そう言って笑う。
 先日から執拗に私に付きまとってくるこの男は名をジーノと言った。確か最近組織に入ってきたばかりの人間だ。

「私には関わるなと言っているだろう」

 私はその提案を無視するとこれまで同様に素っ気なくそう言い放つ。そしてこれまで同様にそのままその場を立ち去ろうとする。が、この男はそれを許さず私の間合いに上手く入り込みその退路を断つ。
 私は深く溜息を吐き出す。

 私の仕える主はこのロッソメーロファミリーのボスだ。
 私はその主の身を守るために仕える側近であり、主からは側近として無意味に人との交流を持たず無駄な感情を抱かないようにしろと言いつけられている。余計な情を抱き情けをかけないためとのことだ。
 故に私は他人との交流を極力避けている。
 それでなくとも他者に言い知れぬ畏怖の念を抱かせる主の側近というだけで私に近寄ってこようとする者は少ない。

 それなのに、この男はそんなことお構いなしとでも言うかのようずかずかと私の傍へとやってきた。

「俺が勝ったら俺とおまえは友達な」

 幾度となく突き放してきたつもりだったが、この男は堪えることもなく執拗に私に付きまとってくる。というより私の言葉など全く聞いていない。友達になれ、とそればかりを言い笑顔を見せる男に私はただ呆れて息を吐く。
 しかし、この幼稚な賭けに勝てさえすればそれも今日で終わりだ、と私はジーノに向き直った。

「私が勝ったらもう二度と私には関わってくるな」

 コインを二回投げた時点で勝負はついた、2-0、私のストレート負けだ。
 俺の勝ち!そう言ってジーノは子供のように無邪気にはしゃぎ嬉しそうに目を細める。こんな幼稚な賭け事の勝敗に何をそこまで喜べるのか私にはまるで理解ができない。

「俺、大きな勝負事では絶対に負けないんだよな」

 これのどこが大勝負なのだ。怪訝そうに見つめる私の視線に気付いたのか、ジーノはにっと歯を見せ笑う。

「勝ったら友達負けたら二度と友達になれない、俺にとってはすごく重要な勝負だよ」

 たかがそんなことで?
 冗談を言っているわけでもなく真剣な眼差しでそんなことを口にするこの男に、私は不覚にも呆れることを忘れ笑ってしまった。
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