alone flock -ひとりぼっちの群れ-

『とある世界の話』


 世界の狭間の海に鯨が独り生み落とされた。

 鯨は世界の出来損ないだった。不完全のまま形だけ創りあげられ、完全な世界に成りきれないままにこの海に落とされた。
 鯨は辺りを見回す。狭間の海には何も無かった、形にすら成らなかった世界の断片だけが漂っている。

 鯨は狭間の海を泳いだ。

 他の誰かを探したかったのか、どこか別の場所へ行きたかったのか、鯨は孤独から逃れようとただただひたすら狭間の海を泳いだ。
 しかしどれだけ泳ごうと誰にも会えず、どこにも行けず、鯨はどうしようもなく独りだった。
 鯨は寂しくて泣いた、鳴いた、啼いた。

 どれだけの時が経っただろう。
 永遠の時を泳ぎ続けてきたような気もすれば、つい先程この海に生まれ落ちたばかりな気もする。

 そんな中で、鯨は自分の声に呼応するように、どこからか声が聴こえるのに気付いた。泣き声が、叫び声が、言葉にならない声が、声にならない声が、心から零れだした寂しさが、鯨の声に反応して聴こえてくる。
 この声は一体どこから聴こえてくるのか、耳を澄ます。
 遠く、とても遠くから聴こえてくる、狭間の海の外、他の世界から聴こえてくる。

『ああ、あなたもきっと、ひとりぼっちの寂しがり屋』

 自分と同じように寂しさを募らせる者が存在することに、この思いを募らせているのは自分だけではないという事実に、鯨の孤独は少し和らいだ。
 しかしそれだけでは満たされることはできず、交わることもできない途方もない隔たりにまた寂しさを覚えた。

 同じ寂しがり屋同士、自分がそばにいてあげられたなら――、鯨はそんなことを考え始めた。

 しかし鯨にはその声の元へ行くことはできなかった。出来損ないといえ世界として形創られた鯨は、他の世界に干渉することも、それ以前に狭間の海から出ることもできなかった。
 だから鯨はその声を自分の元へ、自分の世界の中へと呼び寄せることにした。

 鯨は啼いた。遠くまで遠くまで届けるように大きな声で。
 その声に誰かの寂しさが呼応する。
 鯨は声に引き付けられた誰かの寂しさに自らの寂しさを溶け合わせ、そして自分の中へ引き寄せるよう大きく口を開き――

――そのまま世界の境界線をも超えて寂しがり屋の誰かを飲み込んだ。

 寂しがり屋を飲み込んだとき、自分の中にある誰かの存在に、鯨は初めて満たされた気がした。
 会うことも話すことも触れることもできないが、それでも確かに感じるその存在に、鯨はひとりぼっちではなくなった気がした。

 それから鯨は自分と同じひとりぼっちの寂しがり屋たちを飲み込みはじめた。たくさんの寂しがり屋たちを飲み込めばそれだけ寂しさは和らいでいくはずだ、そう考えた。
 鯨は寂しがり屋たちを次から次へと飲み込み、そしてどこにも行かないように自分の世界に閉じ込めた。

『もう寂しい思いなんてさせない、いつまでも、いつまでも、一緒にいてあげるから』

 鯨の世界の中は多くの寂しがり屋たちで満たされつつあった。
 鯨はこれでもうひとりぼっちではないと喜んだ。

 ああ、でも何故だろう、いつまで経っても寂しさは消えない。

 寂しがり屋たちを飲み込み続けた鯨は、『牢獄』と呼ばれるようになった鯨は、寂しさを募らせながら独り世界の狭間の海を泳ぎ続ける。
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