旅人と鷹の途次
『はじめましての世界』
窓から差し込む朝日に照らされノーマッドは目が覚めた。
随分良く寝ていたようだ、久々に屋根の下柔らかな寝床で休んだからかもしれない、最近は野宿が続いていたからな。そんなことを考えつつ体を起こしひとつ伸びをすると名残惜しみながらベッドを後にした。
「早起きだねえ」
身支度を済ませて部屋を出ればそこには既にカダルが席に着いて――テーブルの上に乗って――おり優雅に朝の羽繕いをしていた。昨夜も遅くまで起きて自分より後に寝たはずなのにな、ノーマッドは慣れた手つきで三つ編みを結いながらそんなことを考える。
さて朝食はどうしよう、パンでも焼こうか。と取っておいたパンを切り分けていると、ふと机に置かれていた物に目が留まった。
「材料が揃ったから作ったんだ」
ノーマッドの視線に気付いたカダルが声を掛ける。
そこにあるものはどこにでもあるような、なんの変哲もないアンティーク調のシンプルな鍵だった。
カダルはいつもの落ち着いた声音で続ける。
「次の世界へ渡る鍵だよ」
――ノーマッドとカダルは世界を、異なる次元に点在する世界を渡り歩き旅をしていた。そして、二人の世界を渡る術はこの鍵を用いるものだった。
カダルの作る鍵を使えば対応する場所の扉へと繋ぐことができる。必要となる材料はその場所に縁のあるもので、それさえ手に入れることができればどこからでもそこへ繋ぐことができた。国はおろか世界すらも越えることができる、――ただ、異なる世界と縁のあるものとなるとやすやすと手に入るものでもないが。
そうやって二人は世界各地を、各異世界を渡り旅をしていた。
「そっか、じゃあそろそろこの世界ともお別れかな」
ノーマッドはパンを焼きながらそう口にする。
二人の間ではいつの間にか抜き差しならない事情でもない限り鍵ができるまでの時間をその世界での滞在期間とするようになっていた。それが数日になるか数ヶ月になるか数年になるか、それもその時の巡り合わせ次第だ。
「少し名残惜しい気もするけど」
先を急ぐ理由もないが、留まる理由もとくにない。
焼きあがったばかりのパンをさくさくと食べ終わるとノーマッドは足元についてくる自分の影に向き合った。
「もういいかい」
自らの影にそう語りかける。すると影から波紋が広がり、そこからとぷりとトランクが浮かんできた。ノーマッドは「いいこ」とトランクを撫でながら慣れた手付きでぱちりぱちりと開いていく。
中には暗闇が広がっていた。底が見えない。しかしノーマッドは臆せずその暗闇へと手を入れる。外から見たトランクの深さ以上にノーマッドの腕は飲み込まれていった、頭を突っ込んでしまえばそのまま中に落ちてしまいそうだ。
ノーマッドは暗闇の中から何かを握り締めると腕を引き上げた。そこには鍵の束が握られている。そのまま取り出した鍵束に今まで腰に提げていた鍵束からひとつ――この世界に渡るために使用した鍵を加える。
「もういいよ」
ノーマッドがもう一度トランクにそう語りかけると、トランクはまたとぷんとノーマッドの影の中に隠れていった。トランクを見送るとノーマッドは新たな鍵を手に取る。
「この世界は結構のんびりできたね」
「そうだね。君が厄介事に首を突っ込むこともなかったからね」
「平和で何より」
皮肉を飛ばされるも他人事のように受け流し旅支度を進める。
「花の街では見たことのない植物がいっぱい見れたね」
「魔術の材料に使えそうなものが揃って良かったよ」
「海底に沈む図書の森も変わったものが多かったな」
「苦労して行ったかいはあったかもね」
「白の国はすごかったな、目に映るものみんな真っ白で」
「色の着いた僕達はどこへ行っても目立っちゃったね」
「月の出ない草原で一緒に旅した人達覚えてる?」
「おいしいごはんをご馳走になってたっけ」
この世界での道すがらを思い起こす。各地を放浪し出会ったものをひとつひとつ並べていくだけで会話に花が咲く。この世界でもいろんなことがあったな。
ノーマッドは近くにあった扉へと鍵を近付ける。
鍵穴が付いていたが、どう見てもその穴は手に持つ鍵を受け入れる形をしていない。それにも関わらず、穴に触れれば不思議と鍵はそこにするりと入り込んだ。
カチャリと鍵の開く音がする。
「次はどんな世界を見ることができるかな」
ノーマッドは扉のノブに手を掛けた。
窓から差し込む朝日に照らされノーマッドは目が覚めた。
随分良く寝ていたようだ、久々に屋根の下柔らかな寝床で休んだからかもしれない、最近は野宿が続いていたからな。そんなことを考えつつ体を起こしひとつ伸びをすると名残惜しみながらベッドを後にした。
「早起きだねえ」
身支度を済ませて部屋を出ればそこには既にカダルが席に着いて――テーブルの上に乗って――おり優雅に朝の羽繕いをしていた。昨夜も遅くまで起きて自分より後に寝たはずなのにな、ノーマッドは慣れた手つきで三つ編みを結いながらそんなことを考える。
さて朝食はどうしよう、パンでも焼こうか。と取っておいたパンを切り分けていると、ふと机に置かれていた物に目が留まった。
「材料が揃ったから作ったんだ」
ノーマッドの視線に気付いたカダルが声を掛ける。
そこにあるものはどこにでもあるような、なんの変哲もないアンティーク調のシンプルな鍵だった。
カダルはいつもの落ち着いた声音で続ける。
「次の世界へ渡る鍵だよ」
――ノーマッドとカダルは世界を、異なる次元に点在する世界を渡り歩き旅をしていた。そして、二人の世界を渡る術はこの鍵を用いるものだった。
カダルの作る鍵を使えば対応する場所の扉へと繋ぐことができる。必要となる材料はその場所に縁のあるもので、それさえ手に入れることができればどこからでもそこへ繋ぐことができた。国はおろか世界すらも越えることができる、――ただ、異なる世界と縁のあるものとなるとやすやすと手に入るものでもないが。
そうやって二人は世界各地を、各異世界を渡り旅をしていた。
「そっか、じゃあそろそろこの世界ともお別れかな」
ノーマッドはパンを焼きながらそう口にする。
二人の間ではいつの間にか抜き差しならない事情でもない限り鍵ができるまでの時間をその世界での滞在期間とするようになっていた。それが数日になるか数ヶ月になるか数年になるか、それもその時の巡り合わせ次第だ。
「少し名残惜しい気もするけど」
先を急ぐ理由もないが、留まる理由もとくにない。
焼きあがったばかりのパンをさくさくと食べ終わるとノーマッドは足元についてくる自分の影に向き合った。
「もういいかい」
自らの影にそう語りかける。すると影から波紋が広がり、そこからとぷりとトランクが浮かんできた。ノーマッドは「いいこ」とトランクを撫でながら慣れた手付きでぱちりぱちりと開いていく。
中には暗闇が広がっていた。底が見えない。しかしノーマッドは臆せずその暗闇へと手を入れる。外から見たトランクの深さ以上にノーマッドの腕は飲み込まれていった、頭を突っ込んでしまえばそのまま中に落ちてしまいそうだ。
ノーマッドは暗闇の中から何かを握り締めると腕を引き上げた。そこには鍵の束が握られている。そのまま取り出した鍵束に今まで腰に提げていた鍵束からひとつ――この世界に渡るために使用した鍵を加える。
「もういいよ」
ノーマッドがもう一度トランクにそう語りかけると、トランクはまたとぷんとノーマッドの影の中に隠れていった。トランクを見送るとノーマッドは新たな鍵を手に取る。
「この世界は結構のんびりできたね」
「そうだね。君が厄介事に首を突っ込むこともなかったからね」
「平和で何より」
皮肉を飛ばされるも他人事のように受け流し旅支度を進める。
「花の街では見たことのない植物がいっぱい見れたね」
「魔術の材料に使えそうなものが揃って良かったよ」
「海底に沈む図書の森も変わったものが多かったな」
「苦労して行ったかいはあったかもね」
「白の国はすごかったな、目に映るものみんな真っ白で」
「色の着いた僕達はどこへ行っても目立っちゃったね」
「月の出ない草原で一緒に旅した人達覚えてる?」
「おいしいごはんをご馳走になってたっけ」
この世界での道すがらを思い起こす。各地を放浪し出会ったものをひとつひとつ並べていくだけで会話に花が咲く。この世界でもいろんなことがあったな。
ノーマッドは近くにあった扉へと鍵を近付ける。
鍵穴が付いていたが、どう見てもその穴は手に持つ鍵を受け入れる形をしていない。それにも関わらず、穴に触れれば不思議と鍵はそこにするりと入り込んだ。
カチャリと鍵の開く音がする。
「次はどんな世界を見ることができるかな」
ノーマッドは扉のノブに手を掛けた。