旅人と鷹の途次

『大輪の向日葵の川』


「あれ、なんだろう」

 ノーマッドの目に、大地に揺らめくこがね色が止まる。眼下に広がる青い草の海原を割くように、どこからかどこまでも途切れなくこがねが続いている、まるで一本の帯のようだった。しかしここからでは遠く、その帯の正体が何なのかは掴めない。

「確かめに行ってみようか」
「せっかくここまで来たのに?」

 山を越えている途中だった。人の手の入っていないような道とも言い難い道をあれこれ苦労して登ってきた。
 その途中、鬱蒼と茂る木々が開かれた場所、麓までよく見える場所に出たのでその景色を堪能しながら一息ついていたところで、そこで見つけたのがそのこがね色の帯だった。

「あんたはずっと僕の肩で楽してたのに文句言わないの」
「君の徒労を案じているんだよ」

 未だ肩で羽を休めるカダルの言葉に気にも止めず、ノーマッドは帯の方角と距離を確認しながら地図を広げる。

「こんなのいつものことでしょ」

 目的のない彼らの旅にこうした唐突な進路変更は付き物だった。気の向いた場所へ気の向くままに赴き気が変われば進む道も変わる。この山を越えようと至った理由だって、たまたま目についた山の向こう側にはどんな景色が広がっているのか気になったから、だ。

「ここを下りたら今日はそこで野宿かな」

 翌朝、夏の日が上がりきらない早朝から出ると目的の場所へは昼までに辿り着いた。
 山から眺めたこがね色の帯は麓まで下りると見えなくなった。地図とにらめっこしながら見失った帯の所在を探し歩いていく。昨日確認した場所までそろそろかな?というところまで足を進めていくと忽然と道がなくなった、崖になっている。その崖から遥か向こうに対岸が見え、そしてその間、見下ろした先にこがね色の帯が広がっていた。

 「わあ、これ全部、向日葵?」
 
 眼下に広がるのは夏の陽射しを受け眩く輝く向日葵だった、地面が見えなくなるほど崖下を覆い尽くす向日葵畑がそこにはあった。
 向日葵たちはどれもこれもが太陽に手を伸ばすかのように茎をいっぱいに背を伸ばし、青々とした葉を広げ、大輪の花を咲かせている。相変わらず一体どこからどこまで続いているのか果てが見えない。
 ノーマッドはその光景に呆気に取られつつも、帯の袂を辿るように崖に沿って歩いてみることにした。

「どこまで続いてるんだろう、先が見えないや」
「見てこようか?」
「面白味のないことしないでよ」
 
 冗談めかして言うカダルにノーマッドは唇を尖らせる。
 しばらく歩いていくと向日葵たちの頭を跨ぐように大きなつり橋が掛かっていた、見ればどうやら向こう岸まで繋がっているようだ。ノーマッドは悩むこともなくそちらへと足を進める。
 心地の良い風が吹いた、つり橋が揺れる。かき乱された髪を整えながら空を見上げればどこまでも青く広がり、浮かぶ雲は白く積み重なり、山は深い緑で包まれている。夏色のコントラストが眩しい。遠く見えるあの山は昨日足を運んだ場所かもしれない。
 視線を落とす、背の高い向日葵たちの頭を悠々と見下ろす形となった。煌々と輝く太陽に負けじと燦々と照り咲いている。橋の中心まで来るとどこを見渡しても大輪の花に囲まれ、眩く大きな花弁が眼下で揺れるのはなかなか壮観だった。
 
「まるで向日葵の川を渡っているみたい」

 そう言って笑うとノーマッドはご機嫌に橋を揺らした。
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