アリスの茶会
「……言うなれば、一種の奇襲攻撃の様なものだ。いくら好物が目の前にぶら下げられたからと言って、安易に乗ってはならない」
「ふむ」
「今回は少佐だったが、ギンヌメールやナンジェッセがそういった手段を使わないとも限らない。……まあ、可能性は限りなく無いに等しいが」
「確かに」
話の合間に平たいスプーンでカップの中身を掬って口に運ぶ。溶けかけたバニラが鼻に抜けるのを感じていると小さな音。食べ終わったらしいウーデットがカップをテーブルに置いたのが視界の端で見える。汗をかいた側面が、木目を少し濡らしていた。
「けど、大尉殿みたいに罠を分かってて! あえて飛び込むと言うのも良い策ですね!」
褒め言葉のオンパレードに笑みを見せるより前に「さすが大尉殿!」と言う声と清い瞳。その二段攻撃に思わず「ぐぅ」と声が漏れる。逃げるようにして目線を下ろし、作業のようにスプーンを口へと運んでいく。
「……今の段階では僕にだけ出来る策だ。『出来る』と確信するならまだしも、『出来るはず』と飛び込むことだけは絶対にしないように」
「了解です! それにしても……あっ、おれが捨てます」
ビシッと決まった敬礼を横目で見ながら空になってしまったカップの蓋を閉じる。自分のと僕のを手にゴミ箱へと向かう跳ねた後ろ頭を眺めながら帰還を待つ。
「少佐って、思ってたより大尉の事が嫌いじゃないんですね」
きっと言おうとした言葉の続きなのだろう。けれどその内容は、到底僕が「ああ」とすぐさま頷けるものではない。だって少佐は僕とロタールが、もとい僕ら兄弟とドイツ帝国というものが嫌いなのだから。
「僕が嫌いじゃない……そうかい?」
「そうですよ、だって嫌いだったらそもそも銃を向けたら良いだけじゃないですか。少佐ケチそうだし、いくら奇襲とはいえ『アイツに渡すケーキなんかない』って思いそうだなって。言われてみればそんな感じがするでしょう?」
中途半端に開いた口は上手く動いてくれない。もし動いたとしても、なんと言葉を告げたのやら。「きっとワケがあるんじゃないですか?」と、隣に座る部下はあくまで〝一つの提案〟として僕にそう告げる。僻みに慣れきってしまった僕を見つめるのは、酷く純粋な瞳。まるで夢を追いかける子供のような………………夢? 夢と言えば、僕は最近、あの夢を。
「……確かにそうだな。どうせなら彼に直接確認すれば良いんだ。なんなら彼と同様、茶会にでも誘った方が良いかな?」
付け加えるように「君はどう思う」と聞けば「大尉殿の言う通りであります!」と彼は敬礼を一つ。いつだか「身体が勝手に」と嘆いていたが、その心は彼の笑顔が教えてくれていた。
その時キッチンと部屋を繋ぐ扉が音を立てずに開いた。その隙間から飛び出た影はウーデットの手のひらに自分の頭をぐりぐりと擦り付ける。口に赤いリードと首輪を咥えている辺り、今朝の「今日の散歩はおれが行くからな!」という言葉を覚えていたに違いない。「おーモリッツ! もう待ちきれないのか?」と言うとすぐさまリードを受け取り散歩の準備を始める。時計を見ればおやつ時を一時間ほど過ぎている。ロタールの手伝いはこれから忙しくなるに違いない。
テレビを付ければ、一人になった部屋に音が生まれる。情報番組を眺めて十数分、見たことのない形をした機械が画面一杯に写った。店のオーナーに促されるがままにレポーターの女性がスイッチを入れた途端「ぶいぃいぃん」と音がして……。
僕は直ぐさま自分の私物と化したパソコンを取り出し、〝チョコレートファウンテン〟なる機械の名前を、四角の枠に打ち込んだ。
「ふむ」
「今回は少佐だったが、ギンヌメールやナンジェッセがそういった手段を使わないとも限らない。……まあ、可能性は限りなく無いに等しいが」
「確かに」
話の合間に平たいスプーンでカップの中身を掬って口に運ぶ。溶けかけたバニラが鼻に抜けるのを感じていると小さな音。食べ終わったらしいウーデットがカップをテーブルに置いたのが視界の端で見える。汗をかいた側面が、木目を少し濡らしていた。
「けど、大尉殿みたいに罠を分かってて! あえて飛び込むと言うのも良い策ですね!」
褒め言葉のオンパレードに笑みを見せるより前に「さすが大尉殿!」と言う声と清い瞳。その二段攻撃に思わず「ぐぅ」と声が漏れる。逃げるようにして目線を下ろし、作業のようにスプーンを口へと運んでいく。
「……今の段階では僕にだけ出来る策だ。『出来る』と確信するならまだしも、『出来るはず』と飛び込むことだけは絶対にしないように」
「了解です! それにしても……あっ、おれが捨てます」
ビシッと決まった敬礼を横目で見ながら空になってしまったカップの蓋を閉じる。自分のと僕のを手にゴミ箱へと向かう跳ねた後ろ頭を眺めながら帰還を待つ。
「少佐って、思ってたより大尉の事が嫌いじゃないんですね」
きっと言おうとした言葉の続きなのだろう。けれどその内容は、到底僕が「ああ」とすぐさま頷けるものではない。だって少佐は僕とロタールが、もとい僕ら兄弟とドイツ帝国というものが嫌いなのだから。
「僕が嫌いじゃない……そうかい?」
「そうですよ、だって嫌いだったらそもそも銃を向けたら良いだけじゃないですか。少佐ケチそうだし、いくら奇襲とはいえ『アイツに渡すケーキなんかない』って思いそうだなって。言われてみればそんな感じがするでしょう?」
中途半端に開いた口は上手く動いてくれない。もし動いたとしても、なんと言葉を告げたのやら。「きっとワケがあるんじゃないですか?」と、隣に座る部下はあくまで〝一つの提案〟として僕にそう告げる。僻みに慣れきってしまった僕を見つめるのは、酷く純粋な瞳。まるで夢を追いかける子供のような………………夢? 夢と言えば、僕は最近、あの夢を。
「……確かにそうだな。どうせなら彼に直接確認すれば良いんだ。なんなら彼と同様、茶会にでも誘った方が良いかな?」
付け加えるように「君はどう思う」と聞けば「大尉殿の言う通りであります!」と彼は敬礼を一つ。いつだか「身体が勝手に」と嘆いていたが、その心は彼の笑顔が教えてくれていた。
その時キッチンと部屋を繋ぐ扉が音を立てずに開いた。その隙間から飛び出た影はウーデットの手のひらに自分の頭をぐりぐりと擦り付ける。口に赤いリードと首輪を咥えている辺り、今朝の「今日の散歩はおれが行くからな!」という言葉を覚えていたに違いない。「おーモリッツ! もう待ちきれないのか?」と言うとすぐさまリードを受け取り散歩の準備を始める。時計を見ればおやつ時を一時間ほど過ぎている。ロタールの手伝いはこれから忙しくなるに違いない。
テレビを付ければ、一人になった部屋に音が生まれる。情報番組を眺めて十数分、見たことのない形をした機械が画面一杯に写った。店のオーナーに促されるがままにレポーターの女性がスイッチを入れた途端「ぶいぃいぃん」と音がして……。
僕は直ぐさま自分の私物と化したパソコンを取り出し、〝チョコレートファウンテン〟なる機械の名前を、四角の枠に打ち込んだ。
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