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アリスの茶会

 完全に眠った隣人を床に寝かせてから啜った紅茶はとっくに冷め切っていた。まあ仕方ないと諦め、残った紅茶と自分用のショートケーキで茶会の続きを一人で始める。
 テーブルの向こうの男の寝顔は穏やかで、少なくとも毎晩隣室から聞こえてきていた泣き声が聞こえてくる事はなさそうだった。
「マノックさん」
 トントンとドアを叩く音を放置していたら奴が起きかねないと、居留守を使わず素直に開けると、そこにはアパートメントの家主がいた。
「……シゲノか。どうした」
「あれから、ちゃんと眠れてますか? ほら、少し前『魘されて眠れないから薬が欲しい』って言って、俺が睡眠薬を渡したじゃないですか」
 そうだった。隣人を眠らせるためにでっち上げた嘘のことを俺自身すっかり忘れていた。
「あー……まあ、ちゃんと眠れてる」
「そうですか、なら良かった」
 俺の思考にまるで気づかないシゲノは、「それを聞きたかっただけなので、それじゃあ」と言ってドアを閉めようとした。
 が、ドアは少しだけ開く。
「そうだ、マノックさんの好きな事って何です?」
 無視をしてドアを閉めて鍵を掛けると、諦めたらしいシゲノが大人しく階段を降りていく音が聞こえる。そして聞こえたのは下の階の扉が閉まる音。俺は胸をなで下ろして部屋に戻り、甘ったるいケーキを胃に放り込む作業を始める。
「『良い心地で眠るためには、自分の好きな事をすればいい』だったか?……俺は静かに寝たいだけだ」
 そう自分に言い聞かせながら、俺はやがて来るであろう眠った男の弟を待っていた。
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