再会、そして
ㅤそこはカフェだった。なぜ今、俺がこんな所に居るのか。辺りを見渡すとどのカウンターやテーブルにも人が座っている。談笑、あるいは食事、あるいはカードゲーム。別の誰かを気にしないこの空間は随分と心地が良い賑やかさだ。
あちこちからの話し声。カウンターの向こうからは食器の擦れる音。そして俺を「少佐」と呼ぶ懐かしい声。声の主は少し遠くのテーブル席に座っていた。チョコレイト色の髪が、瞳が見える。歩を進める度に、目は鮮明に像を結ぶ。
「……ギンヌメール」
ㅤ久しぶりの再会に驚く俺とは反対に、「少佐殿もいらしたんですね」と奴は笑む。「お疲れ様でした」と労われ、何故か背中が痒くなるような心地がする。ここは何処だろう。フランス、イギリス、それとも日本?ㅤ考えながら臙脂色のメニューに手を伸ばすが、ギンヌメールに「大丈夫です」と止められる。
何故。
「注文はもうしてます。リヒトホーフェンが『もうじきだろう』って、直接厨房に注文しに行っちゃってて」
久方ぶりに聞いた忌々しい名前のせいで眉間にシワが寄ってしまったらしい。引きつった表情のギンヌメールに「あいつも居るのか」と聞けば「え、ええ。恐らくもうじき」と震え気味な声が返ってくる。
奴は片手にトレイを載せ、俺たちの座る席までやってきた。空いた席を見れば椅子の背にはあのコートが掛けられている。全く気づけなかったのか、あるいは無意識に視界に入れないようにしていたのか。数秒の思案。もしかしたら両方かもしれない。
「ウエイトレスの真似は何度かしたんだ」と、そう自慢げに言いながら各々の目の前に置いたのはオレンジのババロア。どうぞと促されるまま口にする。柑橘の匂いが鼻に抜けて良いだの、甘さがきつくなくて好きだだの、コイツに言っても意味が無い。だから「美味しい」と騒ぐギンヌメールとは反対に、黙りながら口に運ぶ。
ㅤ数ヶ月ぶりの再会に、話す事がまとまらないが……そうだ。
「世界一の男はどう消えたんだ?」
「どう、って」
「死に様だ。さぞかし無様な死に様だったんだろう?」
俺の言葉に少し驚いたのは数秒だけで、リヒトホーフェンはすぐにいつもの顔を作る。
「そう言うだろうと思ったさ。けど実際は胸に一発、それも正面から。こんなに綺麗な散り方は中々あるもんじゃない……御二方とは違って」
その言葉に機嫌を悪くしたらしいギンヌメールを眺めながらはて、と思う。なぜ俺達は死んだ時の話をしている?ㅤなぜ俺が散ったと、死んだと。俺はここに居るのに、そしてギンヌメールもリヒトホーフェンも、確かに在るのに。
哀れみが滲む二つの顔に冷や汗が出て、止まらない。早く、早く帰らなければ。
「帰れないさ」砂糖をカップに落としながらリヒトホーフェンが呟く。
「僕は最初、一人だったんです」皿の端に盛られた生クリームをスプーンで掬って、それからギンヌメールは俺を見る。
「今、すごく気持ち悪いでしょう。違和感に押しつぶされそうで、苦しくて堪らない」
じっと俺を、俺の奥深くを覗くような目から逃げようと下を見る。ホイップの下敷きになった薄切りのオレンジは鮮やかだ。まるで日、いや、炎。
「けどそれも少しの間だけ。じきに慣れる。そして何とも思わなくなる日が来ますから」
いつの間にか、皿は下げられていた。そして目の前の男が取り出したのは一組のトランプ。
「いい加減、二人だけのトランプはつまらないと思っていた所だったんだ。いつも僕が勝つんじゃあどうも、面白みに欠ける」
「五分五分だ」と不満げな声は聞こえるが気にせず、大して長くない指はカードをシャッフルさせる。
「どうせ時間は腐るほどあるんですから。有意義に過ごした方がいいでしょう?」……まあ、確かに。
「ハンデだ。ゲームは君が決めてくれ」
いつか聞いた言葉に目を瞑り、どれが良いだろうかと考える。十秒と少しの間、その後目を開く。
「なら、ブラックジャックがいい」
これが終わったら他の席も見て、アイツを探してみよう。流れでディーラーになったギンヌメールはカードを一人二枚ずつ置いていく。それを全員がめくり、ゲームは始まった。
あちこちからの話し声。カウンターの向こうからは食器の擦れる音。そして俺を「少佐」と呼ぶ懐かしい声。声の主は少し遠くのテーブル席に座っていた。チョコレイト色の髪が、瞳が見える。歩を進める度に、目は鮮明に像を結ぶ。
「……ギンヌメール」
ㅤ久しぶりの再会に驚く俺とは反対に、「少佐殿もいらしたんですね」と奴は笑む。「お疲れ様でした」と労われ、何故か背中が痒くなるような心地がする。ここは何処だろう。フランス、イギリス、それとも日本?ㅤ考えながら臙脂色のメニューに手を伸ばすが、ギンヌメールに「大丈夫です」と止められる。
何故。
「注文はもうしてます。リヒトホーフェンが『もうじきだろう』って、直接厨房に注文しに行っちゃってて」
久方ぶりに聞いた忌々しい名前のせいで眉間にシワが寄ってしまったらしい。引きつった表情のギンヌメールに「あいつも居るのか」と聞けば「え、ええ。恐らくもうじき」と震え気味な声が返ってくる。
奴は片手にトレイを載せ、俺たちの座る席までやってきた。空いた席を見れば椅子の背にはあのコートが掛けられている。全く気づけなかったのか、あるいは無意識に視界に入れないようにしていたのか。数秒の思案。もしかしたら両方かもしれない。
「ウエイトレスの真似は何度かしたんだ」と、そう自慢げに言いながら各々の目の前に置いたのはオレンジのババロア。どうぞと促されるまま口にする。柑橘の匂いが鼻に抜けて良いだの、甘さがきつくなくて好きだだの、コイツに言っても意味が無い。だから「美味しい」と騒ぐギンヌメールとは反対に、黙りながら口に運ぶ。
ㅤ数ヶ月ぶりの再会に、話す事がまとまらないが……そうだ。
「世界一の男はどう消えたんだ?」
「どう、って」
「死に様だ。さぞかし無様な死に様だったんだろう?」
俺の言葉に少し驚いたのは数秒だけで、リヒトホーフェンはすぐにいつもの顔を作る。
「そう言うだろうと思ったさ。けど実際は胸に一発、それも正面から。こんなに綺麗な散り方は中々あるもんじゃない……御二方とは違って」
その言葉に機嫌を悪くしたらしいギンヌメールを眺めながらはて、と思う。なぜ俺達は死んだ時の話をしている?ㅤなぜ俺が散ったと、死んだと。俺はここに居るのに、そしてギンヌメールもリヒトホーフェンも、確かに在るのに。
哀れみが滲む二つの顔に冷や汗が出て、止まらない。早く、早く帰らなければ。
「帰れないさ」砂糖をカップに落としながらリヒトホーフェンが呟く。
「僕は最初、一人だったんです」皿の端に盛られた生クリームをスプーンで掬って、それからギンヌメールは俺を見る。
「今、すごく気持ち悪いでしょう。違和感に押しつぶされそうで、苦しくて堪らない」
じっと俺を、俺の奥深くを覗くような目から逃げようと下を見る。ホイップの下敷きになった薄切りのオレンジは鮮やかだ。まるで日、いや、炎。
「けどそれも少しの間だけ。じきに慣れる。そして何とも思わなくなる日が来ますから」
いつの間にか、皿は下げられていた。そして目の前の男が取り出したのは一組のトランプ。
「いい加減、二人だけのトランプはつまらないと思っていた所だったんだ。いつも僕が勝つんじゃあどうも、面白みに欠ける」
「五分五分だ」と不満げな声は聞こえるが気にせず、大して長くない指はカードをシャッフルさせる。
「どうせ時間は腐るほどあるんですから。有意義に過ごした方がいいでしょう?」……まあ、確かに。
「ハンデだ。ゲームは君が決めてくれ」
いつか聞いた言葉に目を瞑り、どれが良いだろうかと考える。十秒と少しの間、その後目を開く。
「なら、ブラックジャックがいい」
これが終わったら他の席も見て、アイツを探してみよう。流れでディーラーになったギンヌメールはカードを一人二枚ずつ置いていく。それを全員がめくり、ゲームは始まった。
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