Awesome! 初出:2020年11月29日
快晴だった。
久しぶりになんの予定もない休日だ。
少し遅めに起き出したこともあり、午前中は家事をこなしただけで終わってしまった。だから俺はその分を取り戻そうと午後は外ですごすことに決める。
バイクで遠出をするにはさすがに時間が足りない。ならば近場で楽しむかと車で大きな駅まで出てきたのだが、
「あ」
映画館のある建物に入ろうとしたところで目の端を覚えのある姿が横切った。
俺は思わず声を上げてから、すぐにしまったと顔を顰める。
「……げ」
そこまで大きな声ではなかったと思うのに聞こえたらしい。
こちらに気づいた相手も同じように表情を歪めるのに舌打ちしていた。
「……なに、今日休み?」
「あぁ。手前もか」
「まぁね」
嫌そうにしているくせにわざわざ寄ってくる。
物好きなやつだと思いながら相槌を打つと、元相棒であるところの太宰治は俺が入ろうとしていた建物を仰ぎ見た。
「映画? 相変わらず無駄な時間の使い方してるね」
「放っとけ。手前もアクションならわりと見れるだろうが」
「筋書きあんまり関係ないからねぇ」
なんにせよ展開が分かってつまらないよ、と肩を竦めるのに鼻を鳴らす。
こいつはいつもそうだ。
登場人物の関係を出てきた端から言い当て、展開を先読みし。ミステリなら犯人を暴くのに十分もかからない。
厭味ったらしいがすごいとは思う──思うがそれでは太宰の言ったとおり、どんな物語でもつまらないに違いない。
きっとそういったものがこいつの世界を灰色たらしめている要因の一つなのだろうと、俺はこうしてできすぎた頭脳の一端へ触れるたびに考える。
同じものを見たいと思ったことはなかった。だが少しだけ同情はしてやってもいい。
「じゃあね」
「……あ」
じ、とこちらを見た太宰がふいに踵を返した。まるで離れるのが目的のように、無造作に映画館の隣の建物へと入っていく。
俺は思わず片手を上げかけて、だがすぐに握りこんだ。どうするつもりだったのかと困惑混じりに頭をかく。
「ま、いいか」
面倒なほど敏い男だ。
だがよしんば本当に気を悪くさせたのだとしても、気にしなくていいのは分かっていた。あいつも俺もそんなに繊細にはできていない。
時計を確認する。目当てにしていた映画の上映時間が間近に迫っていた。
俺は急いで目の前の建物へと足を踏み入れる。
* * *
「……あん?」
「あれ」
気づいたのはほとんど同時だった。
向かいから歩いてくる長身が先ほど別れた男の顔をしている。
俺がぱちくりとすると、相手もつられたように鳶色の瞳を瞬かせた。
「なんだ、また手前か」
「それはこっちの台詞。今度は買い物?」
「冬物まだだったんだよ。そう言う手前は……」
この辺りは衣料品や宝飾品などの店が集中している。俺が昔から行きつけにしている洋品店もこの先だった。
向き合って見下ろせば、太宰は安さで有名な衣料品店のロゴが入った袋を下げている。
「シャツが擦りきれてきたからさ」
面倒くさそうに着ていた服の襟ぐりに触れるのに、つい半眼になってしまった。
「ハァ? 貧乏くせぇな」
「マフィア幹部の収入と一緒にしないでくれたまえ」
俺の白い目はどこ吹く風で受け流される。
相手を改めて見やれば、全体的に草臥れているという印象だった。
着古されたシャツは言わずもがな、すっかりトレードマークのようになっている砂色の長外套もよれよれで、よく見れば色味が不均一だ。
おおかたなにも考えずにそのまま川に飛び込んだりしているのだろう。衝動的に自殺に走る人間が身なりを気にするというのもおかしな話ではあるが。
正直、太宰のこんな姿は見たことがなくていまだに戸惑うことがある。
そもそも四年前までは自ら買い物することすらほとんどなかったのではないだろうか。
それでも着ていたものは今よりもずっとまともだった。たとえ用意されたものをただ使っていただけだったとしても。
あのころは特に気にしてもいなかったが、衣食住に興味がなくかつ世話をする人間がいなくなるとこうもだらしなくなるものか。
たびたび薄給を嘆いているが太宰のことだ、当時の金をどこかに隠し持っていそうではある。単に衣服に使う気がないだけで。
「じゃ、行くから」
「あぁ」
視線が交わる。
だがそれだけだった。
太宰が歩き出すのに合わせて俺も歩を進める。すれ違う。
俺は目的の洋品店へ。奴は……まぁどこかの店に入るか帰るかするのだろう。
* * *
「……今日はよく会うね」
食料品店から出たところで声がかかった。横に並ぶ影がある。
目の端で窺うと太宰は服が入った袋とは別に、日本酒の一升瓶だけを大事そうに抱えていた。
俺はというとワインや食料品が入った袋を両手にいくつも下げ、けっこうな大荷物でいる。
空の色はすでに橙から濃紺に変わりつつあった。
おそらく相手はもう帰路だろう。俺も帰ろうとしていたところだ。
だが太宰はじっと黙ったまま動こうとしない。
俺も無言で、しばし隣り合う空気を感じていた。
「…………よぉ」
「ん?」
ま、いいか。
なんだかそんな気分になったところで口を開く。
双方前を向いたまま、はた目からは知り合いか他人か分からないような距離。なんとも俺たちらしい。
「このあと飯でもどうだよ」
「奢りなら行ってもいいけど」
軽い打診に、同じく軽く返答がある。
澄ました口調で、だがすぐに食いついてくるのに笑ってしまった。
「構わねぇがタダ酒だと思って調子に乗ると痛い目に遭うかも知れねえぞ」
「痛い目?」
くつくつと喉を鳴らし、ようやく首を回して相手を見上げる。
きょとんと目を丸くする太宰に、俺は悪い顔をしてみせた。
「翌日、知らないところで目が覚めたりな」
「……知らないところじゃないでしょ」
だが太宰はふふんと笑っただけだ。
するりと一歩分、距離を詰めてくる。
「君の隣だ」
そうだろ、と得意げにするのについ絶句し、次いで吹き出す。
「そりゃそうか!」
ハハ、と声を上げながら歩き出した。確かめるまでもなく、太宰はついてきているだろう。
なにを食うかと訊けば、相手は莫迦の一つ覚えのように「蟹!」と囀るに違いない。俺は肉の気分だ。
いろいろと思い描いているうちに長身が追いついてきて、すぐ隣に陣取る。
たまにはこんな日も悪くない。きっとお互い同じことを考えているだろうと確信があった。
さぁ休日の最後をどう締めくくろうか。
視線を向ければ同じタイミングでこちらを見た鳶色とかち合って、それが腹が立つほど心地よかった。
俺は笑いを止められないまま食料品店の敷地を出る。太宰と連れ立って、愛車が待つ駐車場へと足を向けたのだった。
了
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2020年11月29日開催の異譚レナトス15内、中太プチオンリー「密会中だからあとにして」にて配布したペーパーラリーでした。
特にテーマ指定はなかったのですが、プチのタイトルが「密会(デート)」ということでそちらに寄せてみたもの。
一応つき合っている……というか、互いに相手の気持ちの方向は把握している二人のつもりでした。こういうデートらしくないデートも彼ららしいかなと思います。
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