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ひみつ の こい 初出:2019年6月19日


 夕日が眩しい。
 こんな時間に帰路につくのはいつぶりだろう。というか今までにあっただろうか。

 だが明るい内に自宅に帰るという状況にそこそこよかった機嫌は、いくつもロックを外して玄関を開けた途端に地に落ちる。
 三和土に脱ぎ散らかされた革靴、続く廊下に蟠る砂色の長外套。
「来てんのかよ……」
 俺は舌打ちとともに悪態をつく。
 外套を拾いつつリビングに入れば、さらに絶句することになった。
「げ……っ」
「あれぇ、お帰り中也。早いねぇ。まだ半分も空いてないのに」
 我が物顔でソファにふんぞり返った阿呆がワイングラスを干したところだ。
 ローテーブルに置かれている、中身を減らしたボトルに目を剥く。
「おい手前、それとっておきの……っ!」
「あぁ、そうだったの? 君が白なんて珍しいよね」
 太宰はこれ見よがしに目を丸くしてみせて、白々しい台詞を吐く。
「ま、私はおいしければなんでもいいけどぉ」
「どっから出してきやがった糞太宰! つか一人で全部飲む前提で話をするんじゃねぇ!」
 俺は慌てて砂色の外套を放り投げた。
 手を伸ばすが、一瞬早く包帯の巻かれた手がボトルをかっさらっていく。
「変なこと訊くね。君が隠したところからに決まってるじゃないか」
 ふふんと鼻で笑って太宰がボトルを傾けた。
 どばどばと惜しげもなくグラスを満たし、水でも飲むように喉に流し込んでいくのに、俺は深いため息をついてしまった。

 太宰の機嫌はすこぶる悪くて、すこぶるいい。
 いまだにそれが分かる自分に笑ってしまう。

「……手前、なんで今日来てんだよ」
「別にぃ。たまにはワインもいいかと思って」
 もう次を注いでいる太宰に怒る気も失せてしまい、俺は床に放った外套を再び拾って自分のものとともにダイニングテーブルの椅子にかけた。
 帽子も置いてソファの傍らに立てば、太宰はこちらに一瞥くれる。が、それっきりまた酒に集中しだした。
 よほど気に入ったらしい。
 俺に一滴だってやるものかという気迫が見えて逆に引く。つーかなんかつまみも食えよ。

 今日はこいつにとって人生最悪の日だ。
 六月十九日。誕生日。

 この男の誕生日嫌いは筋金入りである。
 マフィアに属していたころも、どうして一年間無様に生き残ったことを祝われなければいけないのかとやかましく嘆いては周りの空気を悪くしていたものだった。
 今日も祝われてきたに違いない。
 現在所属している探偵社は善人の集まりのような場所だったから、そうしたイベントごとは外さないはずだ。
 おそらくその場では不満を一切顔に出さなかっただろう太宰が、ここでこうして管を巻いているのは案外可愛らしいと言えなくもないか。

「……なぁ、太宰」
「中也」
 せっかくだからと口を開いたが、ひやりとした声に遮られる。
 酔いを感じさせない昏く深海の底のような目がこちらを見据えていた。
 視線が雄弁に語っている。
 その続きを口にしたらもうここには来ない。それどころか二度と顔を見せるつもりはない、とそんな決意すら感じた。
「なんだよ。たまには素直に祝われてみればいいだろ」
 殺意すら籠っているのに苦笑いしか出てこない。
 そうされてきたんだろと、揶揄い口調で肩を竦めれば、太宰は子供のような顔で口を尖らせた。
「嫌だよ。そうしたい気持ちがあるのは分かるけど……やっぱりされるのは好きじゃない」
「おーおー大した成長じゃねぇか」
 俺はくつくつと喉を鳴らしてソファに膝で乗り上げる。
 太宰の持つワイングラスを奪い取って口をつけた。
「あ、ちょっと」
 鼻に抜ける香りになるほどと思いつつ相手の顎を取る。
 太宰は訝しげに眉をひそめただけで抵抗しない。唇を重ねて含んでいたものを流し込んだ。
「……ン」
 こく、と飲み込むのを確認して離れる。
「……なに、急に」
「べぇつに?」
 真意を量ろうと、ガラス玉のような瞳がこちらを見ている。
 俺はにやりと口端を上げて再び顔を寄せた。
 口端にわずかに零れた雫を舐め取って、押し戻すようにして口腔に割り入る。
 舌を擦り合わせ、酒の甘さがなくなるまで存分に貪った。
「は、……ふ、ちゅうや……」
 鳶色がゆるりと溶ける。
 腕を辿ってきた太宰の指が、グラスを持つ手に触れた。
 物欲しげな視線にぞくりとする。
 酒を口に含んで再度口移しで飲ませてやると、満足げに喉を鳴らした太宰が首に絡みついてきた。口づけが深くなる。
 俺は手探りでグラスをテーブルに置くと、相手の薄い背を抱き寄せた。
「ん、ん……っ、ぁ、う」
 太宰は自分から積極的に舌を伸ばしてくる。
 それに応えて奥まで探ると甘い吐息が溢れて、細い指がこちらの髪をかき乱した。
 緩く伏せられた瞼の縁で長い睫毛が震えている。

 きっと俺たちはこれでいい。

 機嫌を直しつつある太宰に俺は閉じずにいた目を細める。
 もともと言葉を必要とする関係ではないのだ。
 わざわざ口にしようと思ったのも、嫌がらせを兼ねた社交辞令のようなものでしかなかった。それでも。

 太宰が見つけた「とっておき」の酒は、昨日俺がもともと置いてあった場所からわざわざ「隠し場所」に移したものなのだとか。
 珍しく白なのはそれが米から作られたワインだからで、最近日本酒を好んでいるらしい相手の顔を思い浮かべて贖ったものだったとか。
 今日は周囲に無理を言ってこの時間に帰らせてもらったこととか。

 そういうこともすべて、この悪魔的頭脳を持つ男が読めてしまっているのなら。
 俺が太宰を祝っていることに、太宰が祝われに来ていることにはならないだろうか。



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素直じゃない二人。中太はつき合ってても常に相手を牽制しているというか推し量っているというか、ちょっとヒリヒリしてたらいいなと思います。だって嫌いなのも本当なので。
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