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狼少女の恋 初出:2018年8月12日


 ふわりと紺のプリーツが風をはらんで翻る。
「──っ!」
 ドッと大きく跳ねた鼓動に背を押されるように駆けだそうとして、それよりも早く走り込んだ影に思わず足を止めていた。
 長身が、落ちてくる少女の真下に滑り込む。両腕を広げて軽々と受け止めた。
「……あれ、織田作ナイスキャッチ」
「太宰、なにしてる」
 ぱかりと目を開けた太宰が、自分を抱いている人物を見て不思議そうに瞬きをする。次いで素直な笑みを浮かべるのに、織田がかすかに眉根を寄せた。
「あんまり天気がよかったから、ちょっとね」
「……人は飛べないぞ」
「知ってるよ」
 ふふ、と笑って、太宰は織田の腕から地面に降り立つ。
「太宰」
「ん」
 屋上から飛び降りたことで制服の襟とスカーフが乱れていた。
 整えようと伸ばされる織田の手を太宰は自然に受け止める。目を閉じて軽く顎を上げた。
「……今日は鶏肉の特売だ」
「鶏珈哩? うふふ、織田作は本当に珈哩が好きだねぇ」
「できたら持っていく」
「はいはい、待ってるよ」
 気安い会話だ。


「せんせ」
 甘い声。
 桜色の唇が弧を描く。
 胸の奥がちりりとして、こちらに伸ばされる細い指を払った。
「どけ。俺は忙しいんだ」
「校内の見回り? そんなのもう私くらいしか残っていませんよ」
「やめろ、触るな」
 なおも伸びてくる手を強く拒絶すると、太宰はきょとんと目を丸くする。すぐにふっと笑った。
「先生、今日は機嫌が悪いですね。なにかありました?」
 無意識に睨むような表情になっていたらしい。
 俺は舌打ちをして、足の上に乗り上げる少女の細い体を押しのけようとする。
 紺のスカートがめくれ上がり、太ももまで露わになっているのが目の毒だ。

 放課後の空き教室だった。
 うっかり太宰に引き込まれ、床に押し倒されたのはついさっきのこと。
 太宰はどうしてか、ときどきこうして過度なスキンシップを図ってくる。

「国木田先生」
 夕日に照らされて、白いセーラー服と、両手足に巻かれた包帯が橙色に染まっていた。
 わずかな攻防ののち、どういう魔法かあっさり両手を取られて握られてしまう。
「先生、好きです」
「……大人を揶揄うなといつも言っているだろう」
「揶揄ってないですってば」
 今までに何度もした言葉の応酬。
 その砂糖を溶かし込んだような声に、俺は無意識に歯を食いしばった。跳ねそうになる心臓を抑えつける。
 本気なはずがない。
 生徒にとって教師などおじさんもいいところだろう。
 こいつはまた面白がっているだけで、俺は告白され慣れていないだけ。少しでもおかしな反応をしてしまえば、また弱みを握られてしまう。
「だいたい織田のことは……」
「織田作? どうして織田作が出てくるんです?」
 つい口にしてしまって、はっと噤む。
 不思議そうな顔をした太宰を見ていられなくて、俺は視線を逸らした。
「……あぁ。昼間の見てたんですね」
 くすりとする気配に惨めな気持ちになる。

 太宰の自殺は季節を問わず、時間を問わずだ。
 首吊り、飛び降り、入水、エトセトラエトセトラ。
 本人曰く、常に快適で手っ取り早い自殺方法を模索しているのだそうだ。そこを発見し、助け、文句を言われながらも説教するのはいつも俺だった。
 ほんの一週間前までは。
 教育実習生としてやってきた織田作之助は、どうやら太宰とは古いつき合いらしい。
 彼が学校に来るようになってから太宰の遅刻は目に見えて減り、授業に出るようになり、自殺も少なくなった。たまに自殺を企てても昼間のように織田が助けている。
 なにやら太宰が俺の弱みをちらつかせて揶揄いに来る頻度まで減ったような気もした。

 俺は望んで太宰の世話を焼いていたわけではない。
 なんとなくそうなっていただけで、代わってもらえるなら誰かに押しつけたいとすら思っていたくらいだ。
 教師は特定の生徒とあまり関わるべきではない。
 なのに。

「先生、織田作にやきもち焼いてるんですか?」
「……莫迦な」
 楽しそうな太宰に眉間の皺を深くする。
 だが実際にほかの人間に世話を焼かれている太宰の姿を見てしまうと、もやもやとした気持ちが湧き上がってくるのも確かだった。
 錯覚だと思おうとしても、日に日に体積を増していくそれをどうしていいか分からない。
「……ねぇ、先生。触ってください」
「お、おい……っ」
 右手が引き寄せられ、相手の胸に押しつけられる。
 柔らかな感触に慌てたが、その向こうで鼓動が信じられないほど早くなっていることに気づいてはたりと顔を上げた。
 太宰は夕日の橙とは違う色ではっきりとその頬を染めている。
「私がこんな風になるのは国木田先生だけですよ」
 思わず絶句してしまった俺に、太宰は少しだけ笑みに寂しさを乗せた。
「織田作が私にくれるのは、ご飯と心配と優しさと、返さなくてもいい愛なんです」
 太宰は一瞬、長い睫毛を伏せる。と、どこか嬉しそうな顔をして俺を見た。
「国木田先生は違うものを持ってるでしょう?」
「違う、もの?」
「見返りを求める愛」
 内側を暴くような声にはっとする。
 じ、と見つめてくる瞳から目が離せなかった。
「それ、ほしいんです」
「……太宰」
 動けなくなった俺の胸に、太宰が身を寄せてくる。
 間近に感じる少女の体温に、香りにぐらぐらと脳が揺れた。
「先生、私にちょうだい……?」
 太宰が顔を上げ、伸び上がってくる。
 触れる直前、睫毛が伏せられるのを俺はただ見ていた。



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最初は学スト時空の女体化を名乗っていたのに次第に設定に無理が出てきてただの学パロになったシリーズです。なので太宰ちゃんは留年していません。普通の三年生。
どの世界線でも太宰さんの初恋は織田作です。これ基本の基本。
このあとたぶんキスできてない。
余談ですが、実は学スト時空を書くのがどうにも苦手だったりします。二人が先生と生徒で対等でなかったり、太宰さんが国木田君に敬語だったり、なんか変な感じしちゃって難しい……。あと織田作が生きてるの強い……お隣さん気になってしまう……。
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