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こういとこいは似て非なる 初出:2018年8月1日


 いつでも空腹だった。
 満腹への欲求はあったが、意識して忘れるようにしている。
 元より輪廻から外れた存在だ。箍を失ってしまえばただの化け物。それは俺の理想が許さない。

「ちょっと待ってね~」
「あぁ」
 チョーカーが外され、包帯が解かれる。
 それは食事前の儀式だった。

 死神の太宰治。
 こちらの世界で唯一俺の状況を知り、唯一血を分けてくれる大切な友人だ。
 俺はそれをいつもありがたいと思うし、申し訳なくも思う。
 血を吸われるのだ。負担がないわけがない。実際、吸血の後は怠そうにしていることも珍しくなかった。

「はい、どうぞ」
 首筋を晒した太宰が目を閉じ、俺が牙を立てやすいようにと少し角度をつけて仰のく。
 露わになった肌に残る大小の傷痕には意識を向けないようにしながら、俺は太宰に手を伸ばした。
 瞬間、ふわりといい香りがして、つい大きく息を吸い込んでしまう。
 くらりと意識が揺れた。
「……う」
「国木田君?」
 酩酊に近い感覚を、俺はしばし目を瞑ってやりすごす。
 俺の様子がおかしいのに気づいた太宰が目を開けた。
 きょとんと見上げてくる。
「……お前、香水を変えたか?」
「ん? いいや。というかその類のものはあまり使わないけれど」
 今日もつけてないよ、と言う。
「吸わないの?」
「い、いや」
 ではこれはなんなんだ。疑問はあったが腹は減っている。
 促され相手の首筋に顔を近づけると、匂いがさらに強くなった。
 この匂いは間違いなく太宰からだ。俺は確信しつつも吸血の欲求には逆らえずに、鋭く尖った牙をその無防備な肌に突き立てた。
「……ん」
「──っ!?」
 太宰が小さく体を揺らす。
 無意識に引き寄せてしまいながら、一口啜ったところで驚いて動きを止めた。
 瞬間、湧き上がった衝動に逆らって、俺は太宰を突き放すようにして飛び退る。
「わ、っと」
 太宰が目を丸くしてこちらを見たが、俺はきっとそれ以上の表情をしていたに違いない。
「どうしたんだい国木田君。全然吸ってないけど、もういいの?」
 口を押さえて動けなくなっている俺に、太宰が首を傾げる。
 潜められた心配の声には、わずかに不安そうな響きが籠っているようにも聞こえた。
 だが俺はそれに応えられない。

 太宰の血は、いつもとまったく味が違っていた。
 基本は覚えのある味なのだが、とにかく別物といってもいいほどに。

 口に含んだ瞬間、そのあまりに芳醇な味と香りに眩暈がした。
 一瞬で理性の箍が外れそうになり慌てて離れたが、少しでも遅ければその血を最後の一滴まで貪りつくしてしまっていただろう。
 こんなことは初めてだった。いったいなにが起きたのか。
 額に冷や汗が滲む。一度意識してしまった匂いは、もうすでに無視できないほどになっていた。
 気づけば口の中にかすかに残る血の味を追っている自分がいて、慌てて頭を振って誘惑を振り払う。
 太宰に普段と変わったところはない。だとしたら変わってしまったのは俺か。
 ふと、脳裏に思い出される声があった。

「吸血鬼は人間に恋をしてはいかんらしいぞ」

 懐かしい声だ。
 昔馴染みのその男とは、俺が人里に降りるときに別れてもう数百年は会っていない。


///

「はぁ?」
 俺は突然の話題に顔を顰めるが、相手は読んでいた本から顔も上げずに淡々と続ける。
「この間、読んだ本に書いてあったんじゃ。吸血鬼が恋をすると、その相手の血しか飲めなくなるらしい」
「おい、会話の間くらいこっちを見ろ」
 ぺらりと頁がめくられるのに俺はため息をつく。
 この男は昔からこうだ。
 本に囲まれているだけで幸せで、文字がないと生きていけない。
 今もお気に入りの上がけにくるまって、別の本を三冊も目の前に並べて気ままに頁を繰っている。
「……別に、吸えばいいじゃないか」
 なにか問題があるだろうか。
 首を傾げる俺に、相手はようやく顔を上げた。丸眼鏡越しの目がこちらを向く。
「いや、血を吸うと死ぬじゃろ、相手」
「あ」
 起き上がった男が上がけの中から手を伸ばし、ちょいちょいと招く。
 どこからか飛んできた一冊の本を受け取るとぺらぺらとめくった。
「あぁここじゃあ。『恋をした吸血鬼の末路は悲惨なものである。誘惑に負けて血を吸えば相手を失い、その後一切食事ができずに餓死するしかない。また、理性に勝って相手を生かすことができたとしても、結局吸血鬼は食事ができずに死ぬしかない』と、あるのぅ」
「……眷属にしてしまうというのは」
「うーん、どうじゃろうな。アリかもしれんが『こちら側』になってしまうからなぁ。質が変わって大丈夫かどうか……。最悪、本人は生きているが、求める血が永遠に失われる可能性が……」
「結局飢え死ぬじゃないか! なんだその恐ろしい話は。というか結局お前はなにが言いたいんだ!? 俺を怖がらせて楽しいか!?」
 俺はぞっとして顔を青くした。
 今まで食事の対象に向けて別段なにか思ったりしたことはなかったが、そんな風に言われると気になってしまう。
「そういうわけじゃないんじゃが。……お前、案外情に脆いし、優しいからのぅ」
 心配しとるだけじゃあ、と古い友人は眉を下げて笑う。
 その心配は嬉しいが、杞憂だと思いたい。
「……あ、だが恋しい相手の血はどんな血よりも甘美で美味だというぞ」
「だからその情報を知って、俺にどうしろというんだ!?」


///

「おーい国木田君?」
 呼ばれて我に返った。
 覗き込んでくる太宰と目が合って、かぁっと頬が熱くなる。
「っどわぁ!?」
 反射的に数歩後ろに下がってしまった。
 瞬間、太宰の表情が固まったような気がして、どっと罪悪感が押し寄せる。
「……あ、いや、これは」
 決して避けたいわけじゃないのに、どうにも近寄れそうもない。
 どくどくと心臓がうるさいし、耳まで熱かった。
 太宰からする甘い香りにくらくらする。
 全身が、相手の血を啜りたいと叫んでいた。あの、この世のものとも思えない至高の味を再び口にしたいと。

 これは、まさか、しかし──。
 思い出した記憶も相まって、俺の頭の中は混乱の一途をたどる。

 太宰は友人だ。
 もしこれが「そう」だというなら、相手はうまいことに不死者だ。
 いや違う。そういうことじゃない。
 友人なんだ。大切な。

 ぐるぐると空回る思考は一向にまとまらない。
 心臓は騒ぎ続けているし、体は目の前の男に手を伸ばせと欲求する。

 とにかくこれでは駄目だと思った。

「……すまん。今日はもう帰る」
「え」
 気づけば踵を返していた。
 太宰の表情も見ることができないまま、俺は自身を蝙蝠の姿に変える。
 一目散に逃げだしていた。



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好意と恋、です。最初の話の少し前の話。なにか起きるととりあえず逃げる二人(笑)。
友情出演は十年来のお友達のあの方でした。「情報に囲まれている」ということで本の虫にしてみました。スケアクロウ(案山子)さんです。
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