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縁は異、とはいうけれど 初出:2018年7月27日


 道に人が落ちていた。

「……いや、人じゃないね。これ」
 私は地面に倒れ伏す相手をしげしげと眺める。
 姿形こそ人間の男そのものだが、気配は魔に属するものだ。私もそうだからそういうのは分かる。
 ここは整備された街道のど真ん中だ。
 周囲の行き交う人間に私たちの姿は見えていない。そうと意識せずに避けていく。ただ彼らがときおり連れている動物だけは私たちの異様な気配に怯えたり、威嚇したりして飼い主を困惑させていた。
「暑そうだねぇ」
 倒れている男はずいぶん時代錯誤な格好だ。
 豪奢なマントが体全体を覆っているせいでよく見えないけれど、下はドレスシャツにブーツらしい。
 私も人のことを言えた柄ではないけれど、文明が発達しつつあるこの社会においてほどよく浮いている。
「やぁ。君、自殺中かい? いいね、実に羨ましい」
 つんつんと鎌の柄で背中をつついてみた。
 おそらくこれは吸血鬼と呼ばれる類のものだ。
 私が見下ろしている間にも陽光に晒された肌がじりじりと焼けて、そこから煙が上がっていた。背を流れる長い金髪が端からぱらぱらと崩れていく。この炎天下ではじきにすべてが灰になってしまうだろう。
「……ち、がう」
「おや。意識があったの」
 眼鏡の奥、瞼がうっすらと開く。
 きれいな金色をした魔眼がこちらに向けられ、頬に自嘲の笑みが浮かんだ。
「死神か……。俺を連れに来たのだな……」
「そんなわけないでしょ。私が刈るのは人の魂だけだよ」
 自己陶酔はよしてほしい。
 私は自分の仕事以上のことはしたくないのだ。むしろそれだって面倒だからしたくないのに、魔族の魂なんて業が深いもの触りたくもない。
「そうか……ならすまないが、少し手を貸してくれないか……」
「えぇ……面倒だなぁ」
 消え入りそうな声に求められて私は顔を顰める。
 その手が力なくこちらに伸ばされるのをしばし眺め、ため息をついた。
「……仕方ないなぁ。貸しだよ」
 普段なら絶対に無視するのだけれど、なんとなく気が向いてしまう。
 日の光が苦手なはずの吸血鬼がどうしてこんな道端に倒れていたのか聞いてやってもいいと思ったのだ。つまるところ暇だった。
「いいかい、私はこういう体力仕事は苦手なんだからね……っ」
「う……」
 私は鎌を亜空間に放り入れると、相手の腕を掴んで肩に回させる。よいしょと持ち上げた。
 すでに服の下もひどい状態らしく、たったそれだけの接触で吸血鬼が痛みに呻く。
 けれど私もそれに構っている余裕はなかった。相手が私より背も体格も勝っているので、少し移動するだけで一苦労だ。
「よ、……っと。はい、これでいい?」
 引きずるようにして近くの木陰まで運ぶ。
 なんとか彼の全身を陰の中に押し込んで私は息をついた。
「……ありがとう。本当に、助かった」
「どういたしまして」
 吸血鬼はまだ起き上がれないようだったが、少し楽にはなったようだ。体から上がっていた煙は止まり、火傷も端からじわじわと治っていく。本当にじわじわと、だけれど。
「だが、すまん。俺はなにも、持っていない……から、貸しは返せない、かも、しれない」
 生真面目に言われて笑ってしまう。
 この程度の貸し、私ならなに食わぬ顔で踏み倒してしまうのに。
「じゃあ話し相手になってよ。私、暇なんだよね」
 私は吸血鬼の隣に座り込む。
 最近の人間はずいぶんと長寿になった。その代わり自殺や昔からは想像できない事故死などが増えたけれど、私たち死神も増えるし全体的に仕事量は減っている。
 仕事がない方が基本嬉しい私だけれど、このところはずいぶん退屈していたのだ。
「君、どうしてあんなところに倒れてたの? 吸血鬼だよね?」
「あぁ……その少し、外の空気を吸おうと……散歩に……」
「こんな真昼間に!?」
 吸血鬼が言いにくそうにして視線を泳がせるのに、私は驚いて声を上げてしまう。
 時刻はそろそろ朝から昼になるところだ。それにつれて日差しもどんどん強くなっている。
「いや、出たのは夜だ……。しかし、どうも眩暈がしてな……」
 うっかり倒れて気がついたら日が昇っていたらしい。
 バツが悪そうにする吸血鬼に私は呆れてしまう。
「君さぁ……ずいぶん空腹のようだけど、どれくらい食事をしていないんだい? その傷の治りの遅さ、けっこう尋常じゃないんだけど」
 私の指摘に、吸血鬼はのそりと腕を持ち上げた。シャツと手袋の間から覗いている火傷の水膨れを確かめるように眺め、苦笑いを浮かべる。
 魔に属するものと人や獣とで違う点は多々あるけれど、強い自然治癒力はその一つだ。
 万全の状態であれば、腕を切り落とされようがたちまち再生するだろう。万全であれば。
 けれど目の前の吸血鬼は明らかに力が衰えていた。むしろあのかんかんと照りつける太陽の下、一瞬で灰にならなかったのが不思議なくらいに。
 魔の多くは食事で腹を満たし、同時に力の強化・維持をする。それを怠ったとしか思えない。
「そうだな……五十年か百年か……。どれだけ時間が経ったのか、もう忘れてしまった……」
「そんなに? 君、もしかしてものすごく狩りが下手なの?」
 吸血鬼はその容姿と話術でもって人間を誑し込み、捕食すると聞く。
 火傷でよく分からないなりに、目の前の吸血鬼の素材は悪くないように見えた。
 その妙に実直そうな性格が災いでもするのだろうか。
「……いや、人の血を……吸う、のが嫌でな……」
「偏食?」
 首を傾げる私に、吸血鬼が小さく首を横に振った。
 苦しげに息をついて、目も閉じてしまう。
 なにか理由がありそうだったが、すでに話すのすら辛そうだった。
 ただでさえ枯渇しているエネルギーが、火傷の回復に使われてしまっているのだから当然だ。
 陽の光からは逃げられたが、このまま放っておけば衰弱死してもおかしくない。
 私はその深い眉間の皺をじっと眺める。
「……そうだ。私のならいいんじゃない?」
 閃いた。
 ぽんと手を叩くと、吸血鬼が怪訝そうに薄目を開けて私を見る。
「私が血を分けてあげるよ。人ではないし、いいでしょう?」
 助ける必要はないけれどなんとなく放っておけない。
 気まぐれだったがそれはよい案のような気がした。
「ええと……」
 私は吸血鬼の返事を待たずに左手首の包帯を解く。きょろきょろと周囲を見回して枯れ枝を拾うと、尖った先端をあてがった。
 無造作にかき切れば、すぐに血が溢れてくる。相手の口元に垂らしてやると、カッと金の目が勢いよく開かれた。
「……わっ!?」
 吸血鬼はがばりと起き上がったと思うと、すごい勢いで手首にむしゃぶりついてくる。
 啜られ、傷口を舐められるのに、痛みと擽ったさがあって私は首を竦めた。
 だが私も魔の物らしく、すぐに傷口は塞がってしまう。
 口を開けた吸血鬼に、あっと思う間もなく腕に牙を立てられていた。
「う、ン……っ」
 途端、ぞわぞわと背筋を這い上るものがあって私は眉をひそめる。
 なるほど、これが噂に聞く吸血鬼の食事というやつか。
 納得はするが許容はしたくない。
 確かに先ほどのような痛みはないし、なんだか気持ちがいい気もする。けれど私は男に気持ちよくされるのなんて御免なので、無心を決め込むことにした。
 まぁ我慢できないほどじゃない。
「……ねぇ、そろそろ離してくれない? 今度は私が干物になっちゃうよ」
 しばらく吸わせてやっていたが、空を眺めるのも飽きてきたので声をかける。
 はっと我に返った吸血鬼は、慌てたように私の腕から牙を抜いた。
「っあ、ぅ……」
 突然の、今までとは違う刺激に跳ねそうになる体を、私は唇を噛んで堪える。やっと終わったかと少しほっとした。
「も、申し訳ない。本当に助かった。ありがとう」
「どういたしましてー。すっかり回復したようでなにより」
 夢中になっていたのが恥ずかしかったのか、吸血鬼は早口に言って頭を下げる。
 肌を覆っていた火傷もきれいに治り、体調もよいようだ。
 ようやくちゃんと見ることのできた顔はなかなかに男前だった。私とは違うタイプの女性が釣れそうだ。
「借りが増えてしまったな」
「まぁ私も君も長い命だ。おいおい返してくれればいいよ」
 相変わらずの真面目さに私はくすりとする。
 手を差し出した。
「私は太宰治。よろしく、おかしな吸血鬼さん」
「国木田独歩だ。よろしく太宰」
 躊躇いなく握られる。
 ここで会ったのもなにかの縁だ。
 なんだか面白そうだし、もう少し関わってもいいと思った。



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ガチャ祈願の出会い編でした。
一応、死神は「神」なので不死。吸血鬼は上位魔族なので限りなく不死に近いけど死ぬこともあるという設定でやってます。
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