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夏の陽炎 初出:2018年7月14日


 強い日差しが照りつける、暑い夏の午後だった。
 頂き物のスイカを冷やそうと、桶に水を張る。
 幼子が不思議そうに大きなスイカをつつき、水面をパシャパシャやるので悪戯心が湧いた。
「きゃあ!」
 ホースの口を指で狭め、シャワーのように頭上から水をかけてやると声が上がる。
 驚いて逃げるかと思えば、飛沫に虹を見つけて嬉しそうに追いかけてきた。

 突然、縁もゆかりもない子供を預かることになった。
 不安も多かったが、この屈託のない笑顔を見るたびに大丈夫だと思わされたのだった。


「……ん」
 髪を撫ぜる手に、意識が微睡から引き上げられる。
 唇に柔らかいものが触れるのに目を開けると、すぐ近くに養い子の顔があった。
 夢の中で頑是ない子供だった彼はすっかり成長して、少し前に十五になったばかりだ。
「あ」
 太宰治という少年は、俺と視線が合ったことに驚いたように目を丸くする。
 その頬がふわりと紅潮するのにどっと冷や汗が湧いて、俺は思わず治を突き飛ばしていた。
「わぁっ!?」
「……あ、す、すまない。大丈夫か」
 ソファから転がり落ちた細い体に、俺も慌てて体を起こす。
 腹の上に伏せてあった本が床に落ちた。どうやら読書をしているうちに転寝をしてしまっていたようだ。
 外ではジワジワと蝉の声が聞こえている。
 夏の日差しが窓から降り注ぎ、床を四角く白く照らしてしていた。
 俺たちは一言も発することができないまま見つめ合う。
 やがて、治が気まずそうに視線を逸らした。
「……あは、バレちゃった」
 包帯の巻かれた手で口元を押さえるのに焦燥感が募る。
 これは、どうしたらいいんだ。追及していいのか。だが、しかし。
「治、お前……。なんだ、今のは」
 説明しろ、と気づけば低い声が口から零れていた。
 俺は嘘や誤魔化しは嫌いだ。疑問を疑問で終わらせることができない。
 それは躾として目の前の少年に教えてきたことでもあった。
 治は困ったような顔をして、唇をなんとも言えない笑みで歪める。
「あなたっていつもうやむやにさせてくれないよね。……そういうとこも好きだけど」
「……なに?」
 小さな呟きを拾い損ねて眉をひそめる。
 治は覚悟を決めたように顔を上げ、俺と視線を合わせてきた。
「独歩さん。僕、独歩さんが好きなんだ」
「駄目だ」
 半ば反射で答えていた。
 虚を突かれたように治が黙る。が、すぐにその目を半眼にした。
「……駄目ってなに」
 普段、笑っていることの多い治が、珍しく本気で不機嫌になっている。
 驚いたが、俺はそんなことで怯んだりはしない。
 むしろ大事なところだと気合を入れた。
「目を覚ませと言っている。俺もお前も男だぞ」
「そんなの……」
「お前のそれは一種の刷り込みだ。血の繋がっていない俺とお前の関係に名前をつけたいだけだ」
 きっぱり言い切ると、再び治が言葉を失う。
 唖然として俺の顔を見上げていたと思うと、ぎゅっと唇を噛んで俯いた。
「……分かった。もういい」
 低く、早口で言い捨てると素早く立ち上がる。止める間もなく家から飛び出していってしまった。
「……ふぅ……」
 細い背中を見送り、俺は知らず詰めていた息をつく。
 きっとこれでよかった。
 十年以上、大切に育ててきた子供が道を踏み外すのを阻止できたのだとほっとする。
 治は頭のいい子だ。
 きっと理解してくれるだろうし、冷静になれば帰ってくるだろう。

 事実、少年は夕飯のころにはけろっとして戻ってきたし、あとはいつもの日常だった。


「どっぽさん」
 甘い声が俺を呼ぶ。
 細い腕が首元に絡んでくるのに応えて抱きしめると裸の胸が重なった。
 少し癖のある黒髪を撫ぜれば、とろりと瞳を甘く蕩けさせる。
「……ねぇ」
 ねだる唇に俺は自分の唇を寄せ──


「……っ!?」
 がばっと布団から上半身を跳ね上げる。
 俺は腹にかけていたタオルケットを握りしめ、忙しなく息をついた。
 顎を伝う汗は暑さからか、今見たものへの冷や汗か。
 どこかでけたたましくベルの音が鳴っている。
「なん、だ。今のは……」
 わけが分からないまま言葉だけが口から零れ落ちた。
 今のはなんだ。夢か。どうして、なんで、治が。
「独歩さーん」
 とんとんとん。
 ノックの音にびくっと肩が跳ねた。
 思わず扉を凝視してしまう。
「ねー独歩さん、まだ寝てるの? 目覚ましうるさいんだけどー」
 さっきまで甘く蕩けていた声が、呆れを含んで俺を呼ぶ。
 途端、白い裸体が脳裏に蘇りそうになって、俺は強く頭を振った。
「おーい、独歩さんってば!」
「あ、あぁ。起きている」
 部屋に踏み込んできそうな気配に慌てて返事をする。
 なんだ、あれは。俺はどうしてしまったんだ。
 俺は呆然としながら、目覚ましを手繰り寄せることしかできなかった。



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フォロワーさんのイラストがあまりにも可愛くて衝動的に書いて送りつけたものでした。設定があまりに特殊なのでだいぶ迷いましたが、この本は備忘録のようなものなので載せます。あと読み直してもハスハスして書いていたのがよく分かって面白かったので……(恥)。面白がってください。
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