このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

この世は喜劇でできている 初出:2018年6月29日


 気配が近づいてきているのは分かっていた。
 わざと気づかないふりをしていると、いささか乱暴に背後から抱きすくめられる。反射で肩が跳ねた。
「……おや、国木田君。久しぶりじゃあないか。十年ぶりくらいかい?」
 呑気な声に返答はない。
 肩口に強く押しつけられた顔。荒い息遣い。きつくローブを握る手が震えていた。
「これはずいぶんと我慢したものだねぇ。なにかあった?」
「……だ、ざい」
「ふふ。はいはい。お喋りはあとだね」
 飢えた獣のような声にくすくす笑う。
 実際、飢えているのだ。このおかしな吸血鬼は私の血しか飲まない。
 私は首元のベルトを外すと、包帯の留め具も取りはらう。
「いいよ。食べて」
「……っ」
 途端、緩んだ包帯をさらに強く引かれて乱された。
 鋭い牙が首筋に食い込む感触に、痛みではなく甘い痺れが背筋を駆けのぼる。
「う、ぅ……」
 背後からでよかった。
 私は零れそうになる嬌声を掌で押しとどめ、震えそうになる体を叱咤する。
 獲物の警戒心を削ぐためか、吸血鬼の食事には快楽が伴うことが多い。
 彼とのこうした関係はずいぶん長いが、私はしばらく前からこの感覚を堪えるのに難儀していた。

 私がこの国木田独歩という吸血鬼に出会ったのはもう数百年も前になる。
 彼が空腹のあまり行き倒れて死にかけていたところに、偶然私が通りがかったのがきっかけだ。
 国木田君は昔、人の生活に混じったことがあって、それ以来人も動物も損ないたくないと吸血衝動を耐えに耐えていたらしい。
 本能に逆らうなんてと呆れたものだが、同時に面白くもあって気まぐれで血を与えた。
 私は死神だから、吸血鬼に血を吸われても死なないし転化もしない。
 その事実に安心したのだろう。その後も国木田君はこうしてときどき血を求めてやってくるようになっていた。

「あ、ぅ……」
「……あ、すまな……」
 理性が戻ってきたのだろう。
 いつもより長いなと感じていたら、慌てたような気配とともに離れようとする意思を感じた。
 だが満足はしていないらしい。その動きは名残惜しげに緩慢で、私は手を伸ばして国木田君の頭に触れる。
「っん。……ぃ、いい、から。好きなだけ……っ」
「すまん……」
「……っ、ん!」
 ぐい、と首筋に押しつけてやると、すぐにまた牙が立てられた。
 こんなになるまで我慢するなんて今回はどうしたのだろう。
 いつもは長くても五年も空いたことはなかったのに。
「う、ん、……っんん」
 じゅるじゅると啜られて、代わりに注ぎ込まれる悦に私は体を強張らせる。
 零れそうになるはしたない声を掌で封じ、胸前に回された腕に縋りそうになるのを耐えた。

 きっと国木田君は私を友人だと思っているのだろうが、それは間違いだ。
 確かに会えば他愛ない話もするし、気が向けばお茶をしたり酒を酌み交わしたりもする。
 けれど死なないとはいえ吸血されればしばらく体が怠くなったり熱っぽくなったりするのだ。そんなリスクを背負ってまで、私はただの友人に血を分けてやるほど優しくはない。

 いつからだろう。
 彼が訪ねてくるのが楽しみになったのは。
 初めはなんとなくだったし、それからも気が向けば血をあげてもいい、くらいの気持ちだった。 
 なのにいつしか私は国木田君に焦がれてしまっていたのだ。彼が望むなら食い尽くされたっていいと思うくらいに。
 絶対に教えてあげないし、絶対にこちらから会いに行くなんてしてあげないけれど。

「っぁ、ぅ、ぅ……っ」
 久しぶりな上、長く血を吸われていることで体を苛む熱は増すばかりだ。
 口を覆う手が震える。視界が涙で歪む。
 これはいけない、と思った瞬間、膝が崩れていた。
「ひ……っ!」
「お、おい。太宰!?」
 かくんと地面に座り込んでしまい、国木田君の牙が首筋から抜けていく。
 その刺激にも感じてしまって必死に唇を噛んだ。
「大丈夫か? やはり少し吸いすぎたな」
「ま、待っ、見るな……っ」
 肩を掴まれ、顔を覗き込まれそうになって抵抗する。が、体にまったく力が入らない。
「……お前」
 なすすべなく視線が絡んで、国木田君が驚きに目を丸くする。
 見られてしまった。きっとすっかり快楽でぐずぐずになっているだろう顔を。
「……まさか、ずっと?」
「ぅあ……っ」
 恐る恐る、といった様子で国木田君が私の頬に触れる。そんな些細な刺激にも体が跳ねた。
 途端、びくっと引っ込められた手に、なんだか腹が立ってくる。
「……だから見るなと言ったんだよ! 悪かったね変なものを見せて! だいたい吸血鬼の食事なんておしなべてこんなものだろう!? ていうか『まさか』ってなんだい!? 今ごろ気づいたと!?」
「い、いや、それはそうなんだが。お前はいつもなんでもなさそうにしていたから……」
「それは……っ」
 平気なんだろうと思っていた、とどこか呆然と言われて言葉に詰まる。
 確かにそう見えるようにしていたのは私だ。
 最初は恥ずかしかったから。自分の気持ちに気づいてからは、知られてしまえば国木田君が気まずく思ってもう来なくなってしまうような気がしていたから。
「あ、あの、だざ……」
「帰って! もう血は十分でしょう!?」
 耐えられなくなって、私は握っていた包帯を国木田君に投げつける。
 帰れと言いながらも自身の質量を亜空間へと転移させた。
 有体にいえば、逃げた。

「……死にたい」
 右も左も、上も下もない空間で私は膝を抱えて呟く。
 こんなに真摯に死を渇望したのは久しぶりだ。
 もっとも死神の私が死ぬなんてそう簡単にできるわけがないのだけれど。
「あぁ、本当に最悪だ。死んでしまいたい。消えたい……」
 浅ましさを知られた恥ずかしさ。あの場をうまく切り抜けられなかった自己嫌悪。国木田君の鈍感っぷりへの理不尽な怒り。とにかくそんなものがぐちゃぐちゃに入り混じって、普段からは考えられないほど思考がまとまらない。とにかく死んで終わりにしてしまいたかった。
 実際、私の気持ちまでバレたわけではないから、きっといくらでも言い訳が立つだろうとは思う。
 けれどあれを見られた上で普通に国木田君と接せる気がしなかった。
「あーあ。どうせ終わりなら、一発ヤってしまえばよかったかなぁ」
 国木田君は「信じられない」という顔をしていた。そんなこと一度も考えたことがないという表情。
 今ごろ、嫌悪に歪んでいるのだろうか。
「あぁ、もし私が人間だったら簡単にさくっと死ねただろうになぁ! 人間な、ら……」
 栓のないことを口にして亜空間を転がる。
 が、あまりに莫迦莫迦しい考えに私は唇を歪めた。
「いや、たいして変わらないか」
 呟いて、目を閉じる。
 ともあれ、これからどうするかが一番問題だった。



-------------------------------------------------------

次の日、吸血鬼は花束を持ってやってきます。
あとの話を踏まえるとちょっと整合性が取れてない感じがあって、とにかく勢いで書いてたんだなぁと生ぬるい気持ちになりますね……。
マヨちゃんのハロウィン衣装が大好きです。初めての課金は吸血鬼でした。
1/1ページ