6、与える 初出:2018年8月7日
今日の昼食はうずまきで、仕事の打ち合わせをしつつ、の予定だった。
「いらっしゃいませ~」
扉を開けると女給の声に迎えられる。
「ナポリタンの大盛。食後にアメリカンを」
「畏まりました~。あちらにいらしてますよ」
「ありがとう」
俺は注文をしつつ奥に進んだ。
打ち合わせの相手である太宰が端の席で珈琲を啜っている。
「いいねぇナポリタン。おいしいよね」
「やらんぞ」
聞いていたらしい。
ちら、とテーブルの上を確認するが、ほかになにかを頼んでいる様子はなかった。
期待の目にすげなく言うと、太宰はわざとらしく口を尖らせる。
「いいじゃない、一口くらい~」
「食いたいなら自分で頼め」
「そんなにお腹空いてないもの。私、燃費がいいのだよね」
「サボってばかりいるからだろうが。少しは動け、この唐変木」
お決まりの言葉の応酬に、「やっぱりきたか」と思った。
太宰治が入社してからずいぶん経ったが、俺はこの男がまともに食事をしているところをあまり見たことがない。
酒の肴としてならいくらか食べるが、昼食はいつもこの調子だ。
本人は食べていると主張している朝食だって俺は怪しいものだと思っていた。
なにが好きかと訊いても、蟹缶・酒・味の素という謎のラインナップ。
どうも太宰はあまり食への関心というものがないらしい。
なのだが。
「お待たせしました~」
「あぁ。ありがとう」
持ち込んだ書類の確認をしているうちに、注文のものが運ばれてくる。
じっとこちらに注がれる視線を感じながら俺は書類を脇に避け、テーブルに置かれていたケースからフォークを取った。
「いただきます」
手を合わせ、大きく一口分のパスタを巻き取ると頬張る。
トマトの酸味とケチャップの甘味、ソーセージの塩気、シャキシャキした野菜の歯ごたえ、ちょうどいい硬さの麺。うまい。
ゆっくり味わって目線を上げると、わくわくした様子の目とかち合う。
俺は肩を竦めると、先ほどより小さく一口分のパスタをフォークに巻き取った。
「ほら」
「あーん」
差し出すと、太宰が躊躇いもせず食いついてくる。
嬉しそうに口を動かした。
「うふふ、おいしいね」
「そうか」
にこにこと笑うのをいなして俺はまたフォークにパスタを巻きつける。
ときどき太宰の口にも突っ込んでやりながら黙々と食べ進めると、みるみるうちにナポリタンはその体積を減らしていった。
過不足はない。どうせこうなることを見越しての大盛だ。
太宰と食事をすると、こういうことがままあった。
周囲が言うにはどうやら「一口」を要求するのは俺にだけらしい。
食に興味のないはずの太宰が、どうしてか俺の手からならものを食べる。
奇妙な感覚だった。
まるで餌を与える親鳥にでもなった気分だ。この男ははどう転んでも雛鳥なんて可愛らしいものではないが。
「ほら」
「いいの? ふふ、ありがとう」
最後の一口になったナポリタンを差し出してやると、太宰はやっぱり嬉しそうに口に入れる。
太宰がどうしてこんなことをするのか。
一度それとなく理由を訊いたことがあったが、うまくはぐらかされてしまい、それきりになっていた。
結局こいつに言う気がなければ考えても無駄なのだ。
きっと俺はこれからもこの男の気まぐれで親鳥になったりならなかったりするのだろう。
「珈琲です~」
「あぁ」
太宰がもぐもぐと咀嚼しているさまを見ていると、食後の珈琲が運ばれてきた。
皿が下げられ、俺は空いたスペースに持ってきた書類を広げる。
余計な思考は終わり。
ここからは仕事の時間だ。
了
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あーんが書きたかったやつです。
はたして太宰治は食べるのか食べないのか。永遠の謎としておいしいネタです。
これ投稿したとき、フォロワーさんにイラストを描いてもらえるという幸運に恵まれました……ずっとずっと宝物です……。
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