4、甘える 初出:2018年5月17日
「さて、と」
寝支度を整えた私は、卓袱台の上に置いた薬瓶を手に取った。
取り出した白い錠剤を一粒、水もなしに飲み込む。
準備完了。片手で薬瓶を弄びつつ電灯を消そうとしたときだ。
「おい太宰。上がるぞ」
鍵が回る音がして玄関が開く。声とともに遠慮なく踏み込んでくる長身に笑ってしまった。
「国木田君、きみ最近面倒くさがって呼び鈴押さないよね」
「お前がたびたび居留守を使うのが悪い」
文句を言いつつ、国木田君の機嫌は悪くない。
この部屋の合鍵が彼に渡ったのは少し前のことだ。
「ずいぶん早かったねえ」
「あぁ、先方の急な用事でな」
国木田君は今夜、社長の会食に随行していた。
日付を跨ぐ予定だった帰宅が思いがけず早まり、私の部屋の電気がまだついていたから寄ったというところか。
手には東京の有名な老舗和菓子店の袋。手土産でもらったものをおすそ分けしてくれるつもりらしい。
明日にするという思考にならないあたり、わりと酔っているみたいだ。
と、そこまで推理して、私はちょっとくすぐったい気持ちになった。
国木田君にとって私は夜中に押しかけてもいい相手なのだ。
「……お前」
口元が緩むのを抑えていると、国木田君が急に表情を強張らせた。その手から袋が滑り落ちる。
「あ」
お菓子が、と言う間もなく、一気に距離を詰めてきた国木田君に手にしていた薬瓶を奪われた。
押された勢いで尻餅をつく。
どっと畳に膝をついた国木田君に強く顎を掴まれた。薬瓶を放った手に口をこじ開けられ、強引に侵入した指に喉の奥を突かれそうになって慌ててその手を押さえる。
「まっへ! まっへ、ちあう! ひょーはひあう!」
「……ん? 違うのか?」
服毒自殺ではないし、用量を間違えてもいない。
必死に訴えると、きょとんとした国木田君がようやく指を引いてくれた。
びっくりした。
「……けほ、ただの睡眠導入剤だよ」
それも与謝野女医がしぶしぶ出してくれた、ごく軽いやつだ。
「なんだ、紛らわしい……。しかしどうしてそんなものを?」
国木田君は不可解な顔をしている。いつでも安眠熟睡の国木田君には分からないかな。
「いいじゃない。私だって眠れないこともあるんだよ」
本当は常に眠りは浅いし、寝つきも悪いのだけれど説明するのは面倒なので言わない。
気にしているわけでもないし。
薬も私にとっては飴玉みたいなものだったけれど、眠れた方がいいのを「知っている」から飲んでみる。それだけだ。
まぁ、たまにすとんと眠れることもあるし。
と、国木田君がはた、と目を丸くした。
「……もしかして、一晩中、俺の顔や頭を撫でていたことがあったか?」
「おや、起きてたの?」
「いや……夢だとばかり……」
国木田君は照れくさそうに口ごもる。
いつもぐっすり眠っているようだったから、知られていたなんて意外だ。
私は少しくらい徹夜をしても平気だし、なんだか面倒くさいことになりそうだから国木田君の前では薬を飲まないようにしている。
そうするとやっぱりどうにも眠気が訪れない日があって、何度か傍らの国木田君を弄り倒してすごしたことがあったのだ。
「うふふ。まぁでも最近は君と一緒だとわりと眠れているかなぁ」
「なに?」
私はそのときのように国木田君の頬をつつきながら目を細める。
そうなのだ。このところ彼といると私にしてはよく眠れる。
もしもなにかあっても代わりになんとかしてくれるだろうという安心感か、はたまたアニマルセラピーみたいなものか。
理屈は分からないけれど、驚くことに私の方が先に寝入ることもあるくらいだ。
でも今夜は国木田君がいないというから。
「太宰」
「うん?」
なにやら虚を突かれたような顔をしていた国木田君が神妙な様子で口を開く。
私の頬をひと撫でしたと思うと立ち上がった。
「必要なものを取ってくる。少し待っていろ」
「おや、一緒に寝てくれるの」
「……待ってろ」
目をぱちくりさせると、乱暴に言い放って部屋を出て行ってしまった。
耳が赤かった。照れてる。可愛い。口元がつい緩んでしまう。
「……うん。今夜はよく眠れそうだ」
薬が効いてきたのか、遠くない未来への予感か。
私はふわふわした気持ちを抱えて小さく欠伸をしたのだった。
了
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お互いに相手に甘えている二人。
お題系、短くてネタの核しか書いてないからここに書けることが少ない……。
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