国太季節のお題、七月下旬お題より「かき氷」/つめたく あつく あまい 初出:2019年7月22日
夜空に大輪の花が咲いた。
ほんのわずか遅れて破裂音が響く。
神社の境内へと続く石造りの階段に腰をかけた私は一人、打ち上げ花火を眺めていた。
木々や社に遮られて三分の一ほどが欠けていたけれど、周囲が無人であることを差し引きすれば余りあるほどの特等席だ。
花が咲く一瞬、ぱっと明るくなる空に目を細め、手にした容器から一匙すくって口にする。
「……ここにいたか」
「国木田君」
舌に感じる甘さと冷たさを味わっていると下から声がした。
見ると国木田君が口をへの字にして階段を上ってくるところで、つい目を丸くしてしまう。
「……君、わりと私のこと見つけるの得意だよね。匂いを追える敦君ほどではないけれど」
「ふん、それだけ自分がふらふらしてるのだということを自覚しろ」
国木田君はちょうど目線が合うあたりで立ち止まった。
パンツのポケットに手を入れて、不本意そうにこちらを見ている。
大きな柄が散ったゆったりサイズの半袖シャツにハーフパンツという出で立ちは、普段よりずいぶん緩くて物珍しかった。職場の女子たちに捕まって、浴衣なんぞ着せられてしまった私も人のことは言えないのだろうけれど。
「うふふ。いや驚いたなぁ。花火はいいの?」
「本気で言ってるか? 奢られてやらんこともないぞ」
私の軽口に肩を竦めて、国木田君が残り数段を上がってきた。私の隣に腰を下ろす。
懐かしいやり取りに笑ってしまった。
「花火ならここからでも見える。しばらく引率も必要ないだろうからな」
「欠けてるけど」
「集中できるだけこっちの方がマシだ」
花火を見上げる国木田君の横顔が、断続的に明るく照らされる。
一緒に来ていた探偵社のメンバーは、今ごろ事前に確保していた場所で花火を見ているはずだ。
夜店ではぐれないように目を光らせて、花火開始時刻に所定の場所に着かせて。
引率をしている自覚があったとは少し意外だったけれど、それらがすべて終わったあとにここへ来たのだろう。
「……まったく。団体行動を乱すなと何度言えば分かる。気後れするような場所でもないだろうに」
「え」
国木田君の視線は空に向けられたままだ。
思いもよらない言葉に私が目を瞬かせると、彼は少し困ったような顔でこちらを見た。
「あのなぁ。敦たちのようにはしゃげとは言わないが、いつもいつもふらっと消えるのはやめろ。お前も探偵社の人間だろうが」
「う、ん」
曖昧に頷く。
そんな風に見えていたのだろうか。
確かに、明るく賑やかな場所が私にはそぐわないと思っていたこともあったけれど、それこそ前の職場にいたころの話だ。最近はそんなことを考えていたことすら忘れていた。
距離を置いてしまっていたのなら完全に無意識だ。こっそり苦笑いする。
「それより」
「うん?」
と、国木田君の視線が鋭くなった。
「お前、飯はちゃんと食ったんだろうな」
「食べたよー。敦君からたこ焼き一つもらったし、谷崎君から焼きそば一口もらったし。鏡花ちゃんは鈴カステラをくれた」
実のところ鏡花ちゃんは林檎飴も分けてくれようとしたのだけれど、さすがにそっちは丁重にお断りした。
指折り数えると、国木田君は眉間の皺を深くしていく。
私は気づかないふりでにっこり笑ってみせた。
「それにほら。食べてるよ?」
手に持っていた容器を掲げて、ストローで中身をつつく。しゃりしゃりと音が立った。
「かき氷は砂糖水だろうが。飯とは言わん」
「えぇ~?」
国木田君の主張に口を尖らせた私は、すでに溶けはじめていたかき氷をかき混ぜる。
半分ほど残っていたそれは綺麗な青色だ。
「いいじゃない冷たくておいしいよ? 暑気払いになるし、糖分は疲れた頭にもいいんだから。あ、一口食べるかい? 今日一日君も疲れただろうから……国木田君?」
水と氷が混じりあう音を聞きながら喋っていると、妙に隣が静かなことに気づく。
どうしたのだろうと顔を覗き込もうとしたとき、固い掌に肩を抱かれて引き寄せられた。
「ん、んぅ」
唇が重なり、割り開かれる。
滑り込んできた舌がやたらと熱かった。
氷で口の中が冷えていたからだと分かっていたけれど、思わず背筋が震えて相手に縋ってしまう。
「……ふ、ぁ。んン」
舌を擦り合わされ絡められて、途端に思考に霞がかかった。逆らわずに私はとろんと目を閉じる。
思わずシャツを強く掴んでしまえば、びくりとした国木田君が唐突に離れていった。
なんだか驚いたような顔をしているのに眉をひそめてしまう。
「……ちょっと、なに。無意識?」
「いや、あの」
屋外でずいぶん大胆だねぇと揶揄うと、国木田君は頬を赤くして目を盛大に泳がせた。
「……し、舌が青かったから、いつもと違うのかと思ってつい、だな。いや、悪かっ……」
「ふ。なぁにそれ。あっはは!」
あまりに狼狽えた様子につい吹きだしてしまう。
そういえば夜店でそれぞれメロンとイチゴのかき氷を買った敦君と鏡花ちゃんが、シロップに染まった舌を見せ合いっこしていた。
どうやら私の舌もそうなっているらしい。自分で見られないのが残念だ。
「困ったなぁ。今日の国木田君は私を驚かせる天才だね。これはべろんべろんになってもらわないといけないかな?」
「やめろ……一杯で十分だ」
羞恥に頭を抱える国木田君に笑いながら、私はかき氷の容器を石段の隅に置く。腰が触れ合うほどまで彼と距離を詰めた。
「それで? いつもとなにか違ったかい?」
「……いや、別になにも……。分かったからもう揶揄うな……」
顔を覗き込むと、逃げるように身を反らすのでさらに擦り寄る。
左右に振られた瞳がこちらを向いたタイミングで意味深に目を細めてみせた。簡単に釘づけになる視線に笑みを深くする。
「本当に? もう一度確かめてみたら……?」
「……だざい」
囁くと、国木田君が輪郭の溶けた声で私を呼んだ。
後頭部を支えるように手が回ってくるのにうっとりして、私は相手の胸に手を添わせる。
触れる直前、目を閉じた。
了
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マヨちゃんいつも供給ありがとう。アロハ可愛いです。
「夏の麦茶」の亜種ですね。気づいたら全部溶けて色水になってるやつ。
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