国太季節のお題、七月上旬お題より「七夕」/夜に祝福を 初出:2019年7月12日
「……ん」
風呂から戻ると、早々に意識を落としていた太宰が小さく呻いていた。
あぁまたか、と俺は眉根を寄せる。
はくりと薄い唇が動く。
音もなく誰かを呼び、右手が弱々しく持ち上がっては布団をかいた。
寝息は静かに落ち着いていたが、あまりよい顔はしていない。
ときおり唸っては眉間を震わせているのを見て小さく息をつく。
「……太宰」
そろりと呼んで、俺は伸ばされた手を取った。
びく、と震えた太宰が目を見開く。
天井を見上げたそれが大きく瞬きをし、やがてこちらを向いて弛緩した。
「……あれ、国木田君どうしたの」
「それはこちらの台詞だ。夢を見ていたようだったが、大丈夫か」
本当に不思議そうに首を傾げるので、こちらが困惑するほどだ。
俺が苦い顔をしていることに太宰はくすりと笑った。
「別に、どうということもないよ。ありふれた夢だ」
その声が少し沈んでいるように聞こえるのは俺の思い込みだろうか。
太宰はうんと大きく伸びをすると、ころりと布団の端に寄る。
「あぁ、寝ちゃってたかぁ。ごめんね、占領してた」
「いや……」
瞬きの間にすっかりいつもどおりだ。
空けた場所をぽんぽんと叩く仕草を複雑な気持ちで見つつも、俺はそこに身を横たえた。
「うふふ、なぁに?」
手を伸ばして頭を撫ぜれば太宰はくすぐったそうに目を細める。
──あえて言うなら夢を見ない夜かな。
いつかの七夕が思い出された。
そう言った太宰はどんな顔をしていただろう。うまく思い出せない。
あのころはこんな日が来るとは夢にも思っていなかった。
けっして短くない時間をともにすごし、隣り合って眠ることが増えて。
その日々の中で太宰が珍しく先に寝入った夜には、ああした場面に出くわすことが多かった。魘された声で起こされることもあったし、ふと目を覚ますとすでに起き上がって一人窓の外を眺めていたりもする。
眠りが浅く、長い時間眠らない体質。
太宰と長くいるようになってから知ったことだったが、このところ少し違うのではないかと思うようになった。
毎日毎回、夢を見てはすぐに目を覚ますのを繰り返しているだけではないか。
眠りたくても眠れないだけなのではないのか。
夢の内容も毎回同じわけではなさそうだ。
今夜のように苦しげに手を伸ばすときもあれば、伸ばさないときもある。嬉しそうに楽しそうに笑っては、次の瞬間呆然と目を開けることもあった。
それらが太宰にとって悪夢なのか、本当に取るに足らないありふれた夢なのか、俺はまだ判断がつかないでいる。
「国木田君、どうしたの?」
「……いや」
寝ないの? と太宰が目の前できょとんとしている。
我に返った俺は、相手の頭に置いたまま固まってた手を動かした。
薄い背を引き寄せ、子供にでもするようにぽんぽんとすると、堪えきれなかったように太宰が笑いだす。
「なに、本当にどうしたんだい? 私、子供ではないよ?」
「知っている」
「そうかなぁ……」
憮然と返して抱きしめると、太宰はどこか釈然としない様子で肩口に額を預けてきた。
寝心地のいい場所を探して身じろぐ仕草に、ようやく少しだけ口元が緩めることができる。
「君、石鹸の匂いがする」
「あぁ、お前は朝入れ」
「うん」
おやすみ、と言い合って目を閉じた。
あの七月七日、話題を逸らした太宰が心情を吐露する可能性は今も薄いように思う。
秘密の多い男だ。
俺はきっと一生聞き手にはなれない。
だからこそ少しでも安らかな眠りを、夢を見るなら優しい夢をと願わずにはいられなかった。
了
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二〇一七年七夕罪深い……。
引用した台詞は一部漢字など変えていますご了承ください。
一番どうでもいい話をすると、寝る直前にお風呂に入った国木田君と朝に入らねばならない太宰さんのあたりは深読みするところです。
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