9、口を噤む 初出:2018年12月7日
こん、と玄関で音がした気がして目が覚めた。
部屋の中はまだ真っ暗だ。
俺は起き上がって眼鏡をかけると、急いた動きで玄関に向かった。
「おい」
扉を開ければ予想どおりだ。
共用廊下の向こう、闇に溶けそうになっている砂色の背中に声をかける。
ぴたりと足を止めたひょろりとした影が、ふらりとこちらを振り返った。
「入らないのか」
そのどこか焦点のぼんやりした目をじっと見つめ、さらに扉を少しだけ押し開いてみせる。
太宰は俺を見たまま動かない。
俺も姿勢を保ったまま待つ。
やがて目を伏せた太宰がそろりとこちらに足を踏み出した。
いやにゆっくりとした足取りで近づいてくる。
その間ずっと窺うような気配がしていて、わずかなきっかけで身を翻してしまうだろうことは想像に難くなかった。
俺は相手をなるべく刺激しないようにと呼吸を押し殺す。
ようやく目の前に立った太宰は、こちらを見ないまま表情の薄い顔を俯かせている。
「眠れないのか」
どこか途方に暮れたような様子に問えば、ゆるく首が振られた。
「……それを苦に思ったことはないよ。ただ……今日は夜が長くて……」
「お前はいろいろと考えすぎるんだ」
眉をひそめる。
頭がいいのは佳いことだが、こいつの場合はよすぎてときおり空回りしてしまうらしい。
余計なことにまで思考を割いた挙句、どうしようもなくなることがあるようだ。
「太宰」
柔らかく呼んで、俺は扉を支えていない方の手を差し出す。
わずかに迷うような間があり、ぎこちなく細い手が重ねられた。
その、夜風に冷えた手を温めるようにそっと握り込む。
「……朝まで話をするか。それとも眠りたいのか」
「うん。どうしようかなぁ」
軽く引いて部屋の中に招き入れる。
太宰は、ふふ、とようやく小さく笑ったのだった。
了
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ときどきいつもより少しだけ距離が近くなる、幻みたいな夜を繰り返してる二人。
こういう、お互いになにも言えずに一緒にいる感じの話も好きです。
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